オープンオファーはお断り その1
数日後。
サンズ教皇国 国立大学考古学研究室
それは出勤して早々、フェンディ・ノーウィックがうっとりとした様子で新聞を眺めていた時であった。
「聞いたか? 軍人時代の同期からだが、近々魔導経典がどこかへ移送されるらしい」
「らしいな。邪竜ヴァルムドーレが滅んだって、まだナルムーンとの戦争が終わった訳じゃないんだ。何考えてんだか、一体……」
例え新聞に写っているのが、フェンディ好みの美しい古代彫像であっても、今の会話を聞き逃すわけにはいかなかった。
「それって、どこからの情報? 軍の知人には最近会ったけど教えてくれなかったな」
「意外だな。ノーウィック家当主のお前がか? 元軍人の間でも、知ってるヤツはそこそこいるぞ」
それを聞くとフェンディは黒縁眼鏡を拭き、とても面白くなさそうな顔をした。
「なるほどね……それなら出所は教皇の側近で決まりだよ。彼らは僕が大っ嫌いだからね! でも……そうする意図の見当はつくよ」
「ほ、本当か!? 頼む、教えてくれ、フェンディ!」
彼の同僚達は一斉に、机に身を乗り出して彼に詰め寄った。
彼はつんとした様子で眼鏡を駆けると、別の机上の模型を指さして、
「あれでしょ」
「あれって……最近発見された、海上遺跡デネブのことか?」
「そう。あれは発見されたのは最近なだけで、ずっとあそこにあった。あの海域は沢山の船が行方を晦ませる、魔の海峡って言われてたけど……蓋を開けたら、デネブの結界に消滅してただけなんだよね」
尊い命の犠牲――と言うよりは、死亡者をただの数字でしか捉えない口調は、さすが学者とも言えようか。
「そうか。魔導経典を手に入れた今、お偉い方は軍を動かしてまで、あの遺跡の調査に乗り出すつもりか」
「結界なんて、魔導経典があれば問題ないからな」
「それに……ヴァルムドーレの前例もある。何万年、何千年って、ずっと人目を拒んできたんだ……少なくても銀水晶の一つや二つ、あるいは遺跡全体が強力な魔法要塞である可能性も高いよね」
フェンディの言葉に皆唸り声を上げた。
「調査する価値は高いな……今のうちに有利になる材料を入手しておきたいし」
「そう言えば……ラスティーラってどうなったんだ?」
コーヒーを口にしようとしたフェンディが、ギクリと肩を動かす。
仲間達も思い出したように、
「ああっ、そうだ! 何で本国に連れてこなかったんだ!?」
「それはその……本人の意思の尊重ってヤツ? 僕もヴァルムドーレと一体化してたし、何とも、ねぇ?」
「妹が説得したんじゃないのか?」
「説得はしてたよ? 高い給料と安定生活をチラつかせたけど、男はロマンを見つけちゃうと話聞きやしないから」
彼はケラケラ笑い飛ばすが、仲間達にとってこれほど残念な話もなかった。
「何だよ……ついに、サンズに 亡霊なる機兵が仲間になったかと思ったのに……!」
「まあ……彼はエステルの友達には違いないから、また接触しようと思えばいつでもできるよ」
「何を能天気に! 色仕掛けで、何とか仲間にしちまえよ!」
「エステルが? 無理無理! あんなツルペタじゃ上も下も奮起できないって!」
「……お前、そんな爽やかな童顔で、言うこと下衆いよな」
首をかしげる三十路の変態に、仲間達は若干引いた。
「まあいいや。でも、もし必要になったら、ぜひ俺達にも会わせてくれよ。元軍人のよしみだしさ!」
「……そうだね。近々にシリウスに行く用事もあるし、やってみるかな」
フェンディが再び視線を新聞に 戻すと、仲間達もお喋りを切り上げて、各々の仕事に戻った。
邪竜ヴァルムドーレが滅んだとは言え、ナルムーンにはまだ数多の亡霊なる機兵がいる。なぜここまで戦力に格差が着いたのかは他でもない、教皇の取り巻きが亡霊なる機兵の戦線投入に後ろ向きなのである。
その理由は単純だ。彼らは再び亡霊なる機兵の世の到来を恐れているからだ。
レガランスの暴走が良い教訓であった。
現世での性格が緩和剤になるとは言え、元々彼らは好戦的な性格。何らかのスイッチがきっかけで、人間を排除しようとする可能性は無きにしも非ず。
現に、ナルムーンの将軍達は恐ろしい速度で、亡霊なる機兵の素質がある人間を搾取し、強制的にその記憶を掘り起こしている。
前線に投入される人形は多くなる一方で、やはり彼らは勝つこと以前に、鋼鉄の身体でない人間をこの世から消し去ろうしようとしているとしか思えない。
「……」
ふと、彼は新聞を閉じ、デスクの電話を手に取った。
◆ ◆ ◆
アルデバラン ステファン家付近 森林地帯
独りぼっちの朝を迎えるのも、今日で何日目か。
もはや慣れてしまったが、いい加減、母と祖母の作った手料理が恋しく思うばかりである。
出勤前、ケントは家の近くの森に来ていた。
ここは思い出の地だ。ここでケントはビッグベアタンに襲われているところをユーゼスに助けてもらった。
その彼の墓が、この先にある。
駐屯兵隊の力を借りで、彼の遺体を人気のない静かな場所へと埋葬したのも記憶に新しい。その時も、だいぶ前に亡くなっている人とわかっていながらも涙が止まらなかった。
「……ん?」
剣術を習った洞窟が見えた。この崖の上に、湖に面した見晴らしの良い美しい場所がある。
だが、どうしたことか。いつもと何かが違う。
人が通った形跡があるのだ。
ケントは花束を片手に、崖の斜面を駆け上がった。
「あれ?」
ユーゼスの墓を確認すると、案の定、いつもと違っていた。
草むしりされ、綺麗に磨かれた墓標。
やろうと思って今日ここに来たが、どうやら気の利いた先客がより丁寧に手入れをしてくれたらしい。
嬉しい反面、ケントは周囲を警戒していた。
「やっぱり……人気者なんだな、あんたは」
彼の墓石の上には、大きな花束が二つと酒瓶が一つ備えられていた。
墓標には荒らされぬように名前を彫っていない。ここがユーゼスの墓であると知っているのは自分と駐屯兵隊の人間くらいだ。
しかも、酒瓶とは――彼を良く知っている人間ではないのか。
「……」
辺りの気配を窺うが、自分以外には誰もいないようだ。
とにかく、ケントは花を供えるとその場を後にし、軍部へと急いだ。