扉はいつでも開いてる その2
アルデバラン 城外 上空
ふとラスティーラは、地上の魔法陣の中心に異様な光が一つ、新たに現れたことに気づく。急降下してその正体を確かめると、彼は驚愕のあまり、天装状態を解いてしまった。
まだ着陸していないというのに、フランチェスは慌てて、
「ちょ、待って、待って!」
何とか風魔法で緩和するものの、案の定、勢いのまま二人は地面を転がった。だが、ケントはすぐに飛び起きて、黒く燃え上がるその物体に近づく。
そして歓喜した。
なぜなら、そこにいたのは――
「……フェンディ? フェンディ!?」
「うっ……」
紅いショートヘアと黒縁メガネ。シリウスで連れ去れたままの姿で彼が倒れていた。ユーゼスに刺された傷口はヴァルムドーレの魔力のせいか、綺麗に閉じている。意識が少し戻りかけているようで、彼はケントの呼びかけに、
「僕はいい……彼を……」
「え?」
「別れを……」
その時、エステルがニューバニーから降り、こちらに走ってきた。
フェンディに言われるまま、顔を上げるとケントの両目には涙が溢れた。
「……ザック?」
あれだけひどい仕打ちをしてきた神に、ケントは生まれて初めて感謝した。フェンディをエステルに託し、彼は一心不乱に彼の元に駆けつける。
「ザック! おい、ザックッ!」
涙に滲んで、彼の顔がよく見えない。
それでもケントは呼び掛けた。
――まだだ、まだ間に合う!
彼の左胸の傷から、優しい山吹色の光が宙に舞う。まだ魔導経典が、彼の身体に血を送っている証だ。
何度も、何度も、彼は揺さぶるように彼の名を呼んだ。
そして、ついにあの懐かしい海の色の瞳がケントを見つめた。
「ザック! 俺……こんなことになるなんて……!」
「……酷ぇツラ……わかってるよ……だから、泣くんじゃねぇって……」
胸が張り裂けそうだった。昔のままの優しい笑顔を向けて、彼は言った。
「ごめん……ごめん、ザック! 全部俺のせいだ……俺が街の人に見つかったから……つけられなかったら、こんなことにはならなかったッ!!」
「バカか……そんなことでウジウジしてたのか……お前は」
最期の力で、ザックはケントの腕を掴んだ。
「悪いのは俺だ……あの日な……もう俺は……エリツィンの野郎に見つかってたんだ」
「何だって……!?」
「出てこなきゃ……アルデバランを焼くって……お前に伝えられなかったことが……一番の後悔だった……」
傷口から出てくる魔力光の量が減った。非情なまでに過ぎ行く時間に、ケントは首を横に振った。
「ダメだ……ダメだよ、ザック! 死ぬなんてやめろよッ!」
「ごめんな、ケント……俺のせいで苦しかっただろう……こんなことに巻き込んで悪かった……」
「違う! ザックは悪くない、悪くない……だからッ!」
「最期にもう一つだけ……お前に謝らなきゃいけないことがある……フェンディの妹が言ってただろ……影火の意味を……」
濁り行く、青い瞳を凝らして彼は空を仰いだ。
「あれな……実は……お前をラスティーラにさせないために……かけた魔法なんだ……」
「どうしてそれで謝るのさ!」
「魔導師としての才能を奪った……魔導騎士団になりたかったのに……お前から夢を奪った……!」
ついにユーゼスは顔を歪めて、左胸を掴む。
「過去なんか……知らなくていい……ただ平和に生きて欲しかった……」
「ザック! ザックッ!! 神様……お願いだ……まだ……まだァッ!」
「ありがてぇや……神様……時間をくれて……お前に会えた……」
彼はケントの手を握り、永久にその顔を忘れぬため、じっと見つめた。
そして、
「ケント……夢は捨てるな」
「……」
「だから男は……泣くんじゃ……ないぜ……」
するりと、彼の手が抜け落ちた。
その言葉を最期に、ユーゼスは完全に思い出の中の人となった。永遠に閉ざされた海の色の瞳、まだ輝きを失わないプラチナブロンド。あまりにも短い時間であったが、お互いは救われた――
「ザック、ザック! くっ……うああぁぁぁぁぁぁッ!!」
彼の亡骸を抱きしめ、ケントは泣いた。体中の悲しみを吐き出した。
ユーゼスに泣くなと言われても、泣かずにはいられなかった。
切ない彼の背中を見て、エステルは問う。
「フェンディ……あれが男泣きと言うものですか?」
「そうだよ……それがどうしたんだい……?」
フェンディを介抱したまま彼女は、
「こんなに悲しい気持ちになるものですか……?」
涙を零さぬよう、空を仰いだ。
そんな彼女の姿に、フェンディは微笑んで、
「それは……エステルが、ちゃんと彼らの悲しみを理解してる証だと思う……」
彼女もまた、兄のその言葉に救われたのであった。