扉はいつでも開いてる その1
アルデバラン 城外
魔導騎士団を一掃したはいいが、ナルムーンとの敵対関係が解消されたわけではない。故に、スターダスト・バニーは城壁の外で通常軍との睨み合いを続けていた。
だが度々、ベルローズ方面から上がる強烈な魔法光に、双方は全ての行動を停止させた。何が起きているのかわからない――その不安から、レーダーや魔導師を用いて遺跡の動きに目を光らせた。
ニューバニーの甲板で、キエルは一人双眼鏡を覗き、
「ベルローズの戦闘が落ち着いたのか……? 最後に白い光が上がって以降、大きな変動は見えない……ショコラ、エステル達の反応はまだ出ないか!」
『バニーがいないせいで、正確なデータが取れません。ですが、相当強い魔力がぶつかっているのか、計測器がイカれちまってます。防戦一方ってわけではなさそうです』
「……何とかなってるってことか。だが、あんな威力の魔法……どちらが撃ったにせよ、ひとたまりも――」
――カッ、カッ、カッ、カッ。
銀線細工が再び震えていることに、キエルは胸騒ぎを覚えた。咄嗟に双眼鏡でベルローズ方面の上空を見る。すると、次第に大きくなる黒い点――何らかの飛行物体が、こちらに近づいていた。
「おいおい! まさかな……!」
自分の勘の良さに嫌気がさす。
第六感は正しかった。その物体を視認した直後、船内から大音量のサイレンが鳴り響く。
『副長! 強力な魔力反応を確認! 一分後、警戒領域に入ります!』
「ちっ……! 俺は船外攻撃を仕掛ける! 他の銀線細工師は、艦隊攻撃準備!」
城壁からも警報が聞こえて来た。おそらく向こうも同じものを捉えたのであろう。あれが何か、次に双眼鏡を覗きこんだ時には考える必要はなかった。
晴天を切り裂く漆黒の両翼、アメジスト・バイオレットの装甲――遺跡で見た時よりも、その凶悪さを増した形態にキエルは言葉を失った。
『気をつけろ、キエルッ! ヴァルムドーレじゃ!』
「――わかってんよ、司教ッ!」
彼は込み上げる怒りのまま答えた。
あれほと恐れて来た事態が現実となった。大空を舞う亡霊なる機兵のドラゴンに、彼は仲間達の結末を悟った。
衝動に駆られるまま、彼はガトリング砲を装填し、来るべき戦闘に備える。
「来いよ……! ただじゃ済まねぇからなッ!!」
しかし、ヴァルムドーレは突如速度を緩め、空中に留まる。地平線の彼方までも一望すると、大地から魔力を吸い上げ、己の体に紫の閃光を纏った。
竜の口で成長する青い炎の球体を見て、
『キエルッ! 船内に戻れッ!』
奥義魔法の発動――その気配にキエルが館内への扉に手をかけた途端、ヴァルムドーレの必殺の一撃が放たれ、地平線を真っ直ぐなぞった。
炎というよりは光線だった。その光線を浴びた大地は、マグマとなった地表を大爆発させて灼熱の海と化した。
数秒後、爆風にニューバニーが傾く。
「マ、マジか……!? これがヴァルムドーレだってのか!」
荒れ狂う気流の中で、キエルは絶望を見た。
勝てる気がしない。
ものの一瞬で怖いもの知らずの心を圧し折った邪竜は、まだまだ破壊欲が満ち足りないのか、第二波を撃つべく急降下した。
神速の低空飛行に、ニューバニーは全面激突を覚悟した。
『やるしかないッ! 総員、砲撃――』
だが、マドレーヌの指揮よりも早く、ヴァルムドーレに猛烈な落雷が被弾する。その衝撃にヴァルムドーレは歩みを止め、旋回した。
何が起こったのか理解する間もなく、レーダーに映る機影に彼らは歓喜する。
絶望に射した一筋の光に、誰もが感極まった――
『司教、副長ッ! ラスティーラです! お頭もバニーもいますッ!』
『ほ、本当か……!?』
『はい! 新たな魔導経典を手にしたのか、エネルギー量が膨大です!』
「っしゃああぁぁぁッ!」
起死回生の知らせにキエルは天高く吠え、狼煙を上げた。
遠目でそれを確認したラスティーラとエステルは、満を持して最後の決戦に挑む。
「チャンスは一度っ切りです。しくじれば、アルデバランは火の海……ニューバニーも撃沈です」
――心臓じゃ、心臓を狙え!
『わかってるよ、ジジイ! エステル、影火でヴァルムドーレのそばを突っ切る!』
「承知ッ! 上手くニューバニーの上に降ろさないと怒りますからね!」
そう言ってバトンを振る。ユーゼスの残した影火の威力は健在であった。おそらくレガランスの技である限り、熱がラスティーラ達に届くことはない。
最大の強みを盾に、ラスティーラはヴァルムドーレに真っ向勝負を仕掛ける。放たれる白い炎の弾丸――彼は雷神風神の演舞の効果を生かし、華麗なる身のこなしで攻撃をさけた。そして、ヴァルムドーレの真横を通過し、
『よし、ここだ!』
「え、ちょ――ええぇぇぇ!?」
合流地点に着くなり、上空でエステルを放り投げた。
――この勇者、あとで覚えていろッ!
バニーとともに歯をむき出しにして、エステルは風魔法を用いて、ニューバニーの甲板に降り立った。
ブーツから伝う、母艦の感触に心が震える。
「ただいま……」
「おかえりィィィィエステルゥゥゥゥゥッ!?」
「ヒィッ!?」
感慨に浸る間もなく、視界に飛び込んだキエルは感動のあまりエステルに抱き付き、埃まみれの顔を一層クシャクシャにした。
『ああっ! 副長、ずるいっす!』
『セクハラだッ! 厳重なる抗議を要求する!』
副長のフライングにブーイングが巻き起こるが、そんなことをやっている場合ではない。エステルはキエルの両ほっぺを強靭な握力で掴み返し、
「暑苦しいッ……! どかないと燃やしますよ?」
『しゅ、しゅみまへん……!』
激戦から生還した彼女は、百獣の王の眼力を以ってキエルを震撼させる。その光景をモニターで見ていたクルー達もあまりの怖さに沈黙した。
空ではラスティーラとヴァルムドーレの戦いが始まっている――
「砲座じゃ、小回りが利かない……キエル、ラスティーラの援護に入ってください」
「承知ッ!」
『エステル、レガランスはどうした!?』
「ヴァルムドーレと一体化しました。でも大丈夫、最後の魔導経典が力を貸してくれました――」
甲板に七芒星の魔法陣が浮かび上がる。ここを指揮台に、彼女は一世一代の難曲に挑む。
「ケント、キエル……光の輪からヴァルムドーレを逃がさないでください! 我らの魂の化身、太陽よ! 偉大なる慈悲を以て、あの邪悪の化身たる亡霊なる機兵の魂を浄化せん!」
空に再び純白の光輪が輝く。ヴァルムドーレの学習知能にはその魔法の威力がしかと刻まれていた。単独での防御は危険――そう悟った邪竜は、光輪の外へと逃げようとするが、
『逃がすかァァァッ!!』
電撃の如く、ラスティーラはヴァルムドーレの正面を捉える。展開される対物防御壁、しかし先程までのエンペラーとは訳が違う。魔導経典の力を得た斬艦刀は、あの強靭なヴァルムドーレの防御壁を破り、その深紫色の装甲に大きな傷をつける。
空に響く、機械竜の悲鳴。
劣勢にヴァルムドーレは両翼を大きく羽ばたかせる。ラスティーラよりも高度を取ろうと画策するが、その一瞬の隙が、甲板で息をひそめていたキエルに狙い撃たれる。
たった一撃の銃弾が、ヴァルムドーレの翼にヒット。だが、その小さな一発には恐ろしい威力の魔力が詰め込まれていた。銃弾は爆散し、ヴァルムドーらレの翼が石へと変わる。
「《堅物ちゃんとの別れ》――氷じゃねぇんだ、10秒持てば十分だ!」
通常の銀線細工師の攻撃ならヴァルムドーレには取るに足らないものであったが、彼は違った。銀線細工の核である銀水晶はラスティーラのもの、その本体が近くにいるため、キエルの銀のマグナムは、倍を遥かに超える力を発揮していた。
さらに、魔導経典とコンダクトの影響、エステル達の狙い以上の相乗効果に追い風は強まる。もはや誰にも彼らを止められない――
『もらったァァァッ!』
キエルの援護に、ラスティーラの斬艦刀が雄叫びを上げる。ついに無傷の片翼を切断、石の翼のみとなったヴァルムドーレはバランスを維持できずに落下。
これこそ、最後で最大のチャンス。
時は、来た。
「ニューバニー、全速離脱ッ! 今です、ケント!!」
『お前の負けだ、レガランス! 協奏奥義魔法――太陽の王冠ァァァッ!!』
純白のプラズマが、再び収束しヴァルムドーレを捕えた。その魔力に迷いなどなかった。
光輪の最大範囲が爆散し、白き光の墓標が上がる。超高温に揺らめく大気の中心に、流れ出す鉄の痛みと葛藤するヴァルムドーレがいた。しぶとくも原型を保ち続ける怨念の化身に、ラスティーラは止めの一撃を喰らわす――
『うおぉぉぉぉぉぉッ!!』
影火を纏い、彼は斬艦刀を手に光の中を駆け抜けた。
そして、斬艦刀の切っ先を勢いのままヴァルムドーレの左胸に突き刺し、
『――ザック、さようなら』
邪竜の胸を切り裂いた。
――ギャァァァァオォォォォォンッ!!
邪竜の断末魔が世界に響き渡る。ヴァルムドーレの体は見る見るうちに崩壊し、太陽の王冠の光とともに、最後は呆気なく消えていった。
「――ああっ……!」
「や、やった……やったんだ、俺達……!」
魔力の残光が、青い雪となって一帯に降り注ぐ。長きに間、戦の元凶となり人々を恐怖のどん底に陥れたヴァルムドーレはこの世から消えた。
偉業を遂げたというのに――彼らの心は虚しさばかりが不思議と募るのであった。