兎は寂しくても死なない その4
アルデバラン場外 母艦ニューバニー ブリッジ
「たっだいまぁ~!」
「副長ォォォォォッ!?」
救いの神とも言えるキエルの帰還に野郎共は感動のあまり飛びだした。ありがとう――その一心で、彼らの盛り盛りした大きな腕が一斉に花開くが――
「うるァァァァァッ!!」
――気持ち悪い。
大人のキエルは、さすがにそれは口にしなかったが、容赦ない鉄拳制裁により、そのまま持ち場へとお帰り願う。全員、シートまで吹っ飛ばすと彼は、
「戦闘中に持ち場を離れんな。それと置いていかれた恨みは後で晴らすからな……!」
「…………」
このガンの飛ばし方は凶器だった。全員、身を縮こまらせて、ブリッジは瞬く間に葬式モードへと陥った。
ただ一人、マドレーヌを覗いて――
「礼を言うぞキエル……だが、彼を連れて来たのはいただけんな」
「連れて来た訳じゃない。自分から行くって、戻ってきたんだよ」
「何――」
激しい剣撃の音に、マドレーヌは咄嗟にモニターを見た。
そして、息を呑んだ。あれだけレガランスに再起不能にまで心身を痛めつけられたにも拘らず、この勇猛たる戦いぶりに感極まらないバカがいるだろうか。
――いや、いるはずない!
『うぉぉぉぉッ!』
エンペラーが敵亡霊なる機兵の胸を切り裂いた。一撃必殺の切れ味に、仲間の2体は自ずと足元がすくむ。
格闘戦か魔法か――迷っている間が敗北への伏線。即座に次の得物を視界に入れたラスティーラは、マジックバーニアを全開に、1体の敵に襲い掛かった。
『ひっ、ひっぃぃぃ!?』
顔面を掴まれ、悲鳴を上げる亡霊なる機兵。だがリベンジに燃えるラスティーラに、腰の抜けた声など火に油だった。
『情けない声を出すんじゃないッ!』
彼は敵の頭部を掴んだまま、残りの一体を振り向く。視線で殺される最後の亡霊なる機兵。彼が怯んだ瞬間、
『オラァァッ!!』
『ぎゃぁぁぁ!?』
歴然たる剛腕でラスティーラは一体を丸々投げ飛ばし、もう一体にクリティカルヒットさせる。よろめき、目を回す2機に、彼は止めの一撃を食らわす――
『我が魂の化身、太陽よッ! 脆弱なる同胞に試練の一撃を下さん――』
2体の頭上に魔方陣、七芒星の中央には稲妻の力が集約され、
『死にたくなければ耐えろよ――雷の鉄拳!!』
本人も予想していなかった特大の雷が二体の頭上に落ちる。激しい閃光に飲まれ、爆風に揺れるニューバニー。その中で司教とキエルはその光景に目をまん丸にしていた。
「ちょ――やりすぎじゃね!?」
それもそのはず。コンダクター不在の今、ラスティーラの魔力制御は振り出しに戻る。
ぽっかりと大地を抉り、2体をトラウマレベルにまで黒焦げにしてしまった自分の魔力に、ラスティーラは頭を悩ませた。
やはり、エステルの存在は大きかった。
2回の戦闘を通して実感するのは、魔法の操作と選択。戦闘の成り行きを見ながら、彼女はそれを計算しながらやってくれていたのだ。
無論、自分の生命力とも言える魔力を分け与えながら――
『……一人は時代遅れ、か』
恥ずかしながら、彼はコンダクトの苦労とありがたみを今、理解した。
つまり、一刻も早くエステルと合流しなければ、レガランスに勝つことはできない――そう踏んだラスティーラはニューバニーの通信回線に干渉した。
『マドレーヌ司教、エステルはどこだ!?』
亡霊なる機兵を全滅させた彼は、ギロリと魔導兵器部隊を見回した。
『先行して、ベルローズ遺跡に向った。今頃、教団幹部のエリツィンと戦っているはずだ』
『無茶だ……ベルローズ方面にはレガランスも気配がする!』
『そうだ。だが、我々が勝利するための、唯一の鍵がベルローズにある……エステルはそれを奪うつもりでバニーと共に最後のかけに出たのじゃ』
そこまで聞くとラスティーラははっとした。
『……そうか、魔導経典か。奴らが隠し持っている方の!』
ブリッジの司教は頷く。
『魔導経典同士は引かれ合う。バニーにはどうやら、どちらかの居場所がわかっているらしい……一か八かの賭けじゃ』
『ヴァルムドーレの復活が間近なら、それを守るために魔導経典を使う可能性は高い。大方、ベルローズに全て集まってると見て間違いないか……』
『それに加えて、もう一つ向こうの不安要素がある』
『何だと?』
戦車の砲撃から母艦を守るため、ラスティーラは防御壁を展開させた。
『エリツィン司教とユーゼス・マックイーンの関係性だ。髭ロールから、ユーゼスに関しての話は聞いている……それと、これはフェンディの話に基づくものでもある』
『あいつがどうかしたのか!?』
すると、司教は一層声を重くして、
『元々、ユーゼスの寝返りの原因はエリツィンだ。あの男は傲慢で、己の野心を満たすことしか考えていない。彼もかなり衝突していたらしい……ユーゼスが黒か白かはさておき、馬が合わないのは事実じゃ。おそらく、先程の強大な魔力にエリツインは――』
「脱走兵ケント・ステファン告ぐッ! 繰り返す、脱走兵ケント・ステファンに告ぐッ!」
突如、現世の名を呼ばれてラスティーラは城壁を見た。
すると、見張り台に拡声器を持った騎士が一人と、兵士が数人。彼らは黒い布をかけた等身大の何かを5つ用意し、その隣に控えていた。
ただならぬ空気に、ラスティーラは身構える。
「ケント・ステファン! いや……ラスティーラ! それ以上抵抗すれば、お前は大事な仲間を失うこととなるッ!」
『何だと?』
「これを見ろッ!!」
彼の視線の先で、一斉に等身大の物体から黒い布が外された。
明かされた彼らの切り札に、ラスティーラは言葉を失い、拳を握り締めた。
『卑怯な……!』
外道にも程がある。城壁に並べられたのは石にされた上司と仲間の姿であった。
「チートが何をほざく! 即座に泥棒兎を引き渡せッ! さもなければ、彼らは城壁の外に転がる石粒になるだけだ……返答はいかにッ!?」
仲間の命を何とも思わない――魔導騎士団のやり方に、ラスティーラの正義感は黙っていられなかった。
『ラスティーラ、あれは本物か!?』
『……本物だ。生命力を感じる』
『参ったな……風魔法で拾い上げるのも距離があり過ぎる!』
仲間達が救出方法に頭を悩ませている最中、ラスティーラはある賭けに出ようと画策していた。
雷魔法を彼らにぶち噛ますことだ。
生身の人間が気絶する程度のものなら、石像は壊れない。そう見込んだ彼であったが、問題は自分にある。
それだけの魔力制御ができるかと言う点だ――
「――!? お、おいッ! 貴様ら何をしている!?」
『!?』
「何をしているってのはこっちのセリフだ! どかないと――」
突如、拡声器から銃声が辺りに響き渡った。ラスティーラが見張り台へ目を凝らすと、あろうことか、味方同士で小競り合いをしている光景が飛び込んで来たのだ。
そして、内乱を仕掛けた側の兵士が騎士から拡声器を奪い取って、
「ケントッ! ケントだよなッ!?」
聞き覚えのある声に、ラスティーラの胸は熱くなった。
『お、お前ら!? 駐屯兵隊の同期が何で……!?』
「俺達……馬鹿だったッ! お前らがこんなことになってるのも知らないで、今まで通りに暮らそうとしていたッ! 最低野郎の集まりだ!!」
謀反組は魔導騎士団の拘束に成功し、素早く城壁からバートン達の石像を下ろす作業に取り掛かっていた。
「バートン隊長達は俺達が何とかするッ! お前はベルローズに行ってくれ!」
『し、しかし――』
「頼むよ! 首都の連中のようにぬくぬく生きるなんて御免だ! 俺達は何にもせずに自分達の故郷が壊されるのは耐えられないッ!」
彼らの気持ちは嬉しい。だが、ここで素直にベルローズに向えばどうなるか。勇気を振り絞り立ち上がってくれた彼らの身を危険に晒すことになる。
決断に躊躇する中、一本の通信が場を大きく変えた。
それは、ニューバニーの援護に戻ってきたホットケーキ達からであった。