兎は寂しくても死なない その3
アルデバラン 城壁外 戦闘区域
魔導師部隊の投入により、未確認兵器による攻撃は小型魔導陸上艦と識別され、手口が酷似していることから軍は、この陸上艦をスターダスト・バニーと断定した。
壁外には数多の魔導機動兵器が投入され、最新鋭の魔導砲を積んだ戦車による砲撃に、ニューバニーは窮地に落とされた。
「撃てェー! 何としても城壁に近寄らせるなッ!!」
兵士達でも耳を覆わずにいられない銃声が絶え間なく鳴り響く。砲撃と言う物騒な目覚めの一撃を受けたアルデバラン師団は、一般兵を従え、ナルムーン共和国の精鋭としての意地を見せ付けるのであった。
この猛攻に、ニューバニーのマドレーヌは舌を打つ。
「やはり、曲がりなりにも魔導騎士団か……!」
「バニーが不在で、推進力が低下してるっす! 魔法迷彩も使えないし、回避し続けるにもそろそろ限界が来ちまいますぜ!」
操舵手のマカロンはあわあわと舵を切った。
「ショコラ、エステル達はどうなっている!?」
「魔導経典バニーからの情報により、現在遺跡へ移動中。敵はレガランスの反応のみ、邪竜はまだ覚醒していない模様!」
「不幸中の幸いか……勝つのだぞ、エステル! それ以外に方法など――」
その時、船体が大きな衝撃に揺れた。サイレンの嵐が緊張に満ちたブリッジをより追い詰める。
「くっ……どこからの攻撃だ!?」
「正門より砲撃! 数、5――亡霊なる機兵です!」
モニターに映された、灰色の似通った5体の亡霊なる機兵。強敵レガランスではないとは言え、この戦力差での投入はスターダスト・バニーにとっては痛手にしかない。
「ノーネームに負けるわけにはいかん! 迎え撃つ――銀線細工師、一斉射撃じゃ!」
「承知ッ!」
ブリッジいる全ての銀線細工師は、ニューバニーに全魔力を送り込んだ。主砲と副砲の魔導エネルギーがMAXになった途端、銀線細工師達は一斉にトリガーを引いた。
「てェー!」
司教の号令に、膨大な威力の熱魔弾が、明け方の草原に隕石の如く降り注いだ。致命的な打撃を受ける戦車部隊――しかし、機動力で勝る亡霊なる機兵達は星々の怒りの鉄槌を寸前のところでかわし、ニューバニーへの猛進は止まるところを知らない。
「おのれ……こうなったら、私の魔力を攻撃に……!」
「無理っす! 司教様の魔力が攻撃に回ったら、推力は――」
船体に何かが衝突した。大きく揺れるブリッジの旋回窓には勝ち誇った灰色の機械の顔。万事休す、敵の亡霊なる機兵に船体を掴まれてしまったのだ。
「ええい! よってたかって!」
再び船内に衝撃。もう1体が船尾を捉えた。すると、旋回窓のシャンペントパーズの大きな目が細まった。
戦慄――というよりも、諦めに似た感情が全てのメンバーの心に宿った。
「俺がマカロンの似合う女子なら、ナイトが現れるはずなんすけど……」
「いや……よくやった、諸君。また会おう……!」
振り上げられる亡霊なる機兵のロングソード。死への旅路を前にして、あまりにも優しい司教の労いに、マカロン達はすすり泣いた。
――すみません、お頭。
その懺悔を最期に、ロングソードは旋回窓を貫いた――と、誰もが思ったが、
『はいッ! 今、目瞑ったヤツ、便所掃除一ヶ月なッ!!』
「え!?」
銃声と怒声。
全員が目を開けた瞬間、旋回窓の亡霊なる機兵が何者かに頭を撃ち抜かれ、視界から消えた。その直後、敵の視線がニューバニーから明後日の方向に向いていることに、死を悟ったはずの安らかな心は、生の緊張に引き戻されるのである。
そして、モニターに映し出された救世主の姿に、鳥肌が治まらなかった。
地平線から顔を出した太陽の中から、猛スピードで迫る二人――いや、一人と一体。
「マジで……!?」
思わず司教もそう口走る。
その機影は間違いなく、来るはずのないキエルとラスティーラの姿であったからだ。
◆ ◆ ◆
「俺はニューバニーに着艦する。あとの3体と諸々は任せた!」
『まったく人使いが荒い……! やれるけどな、5分で!』
「うひょー! 心強いぜ、ケント! ラスティーラの気概をもうちょっと人間のときに生かそうな! そうすりゃ、間違いなくモテるぜ……!」
『断る。交遊費がかさむ――』
命綱を外したキエルが左手に乗り込むと、ラスティーラは背中の愛刀〈エンペラー〉を右手に引き抜いた。
ドンピシャのポイントで、彼の登場に立往生していた戦車を踏みつけ、ニューバニーの真横着陸。即座にキエルを甲板の上に乗せ、自らは母艦を守るように剣を構えた。
『名無しの荒くれ者よ。我が剣の前に、己が姿を忘却の彼方に消し去ってやる……!』
エンペラーの反射する太陽の光が、ナルムーンの戦う意志を貫いた。
だが、その瞬間を城壁から眺めていたケントの同期達は、言葉にならない安堵と喜びに胸を震わせていた。