兎は寂しくても死なない その2
アルデバラン ベルローズ遺跡
もくもくと上る黒煙と舞い散る白い炎に、エステルは冷たい手でホバークラフトのブレーキをかけた。
「何が起こっているの……この炎はまさか……!」
すでに待ち構えている強敵の影に、スターダスト・バニーの面々は震撼する。
あの強気なバニーでさえも、うろたえている。
だが、ここで母艦に戻る選択など許されはしない。これ以上の戦力を望めるほど、戦況は甘くはないのだ。
意を決して、エステルは再びホバーのエンジンを吹かせた。その無謀とも言える行動にホットケーキ達は慌てて、
「お、お頭! 迂闊です! 相手の戦力がわからないのに何やってんすか!?」
「そんなことを言っている暇はないですよ、ホットケーキ! あそこにレガランスがいるのは間違いがありません! バニーちゃん……お願いッ!」
『ウキュ……!』
「ちょ、ちょっと待って! お頭――あ、あれ?」
バニーの身体が光った途端、ホットケーキ達のホバークラフトが動かなくなった。慌てて彼らはマシンを動かそうとするが、故障ではない――魔力による妨害だ。
「――まさか!?」
気づいても、もう遅い。
アクセルを吹かしながら彼女は、部下達を振り返り、
「みんな、ニューバニーの援護をお願い。ここから先……踏み込んでいいのは、魔導経典と因縁持つ人間のみのようです」
「お頭、無茶だッ! 一人でなんて!」
「一人じゃありません、バニーちゃんがいます。あそこにいる敵こそ……たった一人です。たった一人で、私を待ち構えている」
「だからって、相手は最強の亡霊なる機兵――」
「まぁ、何とかなるでしょう! ねっ……バニーちゃん」
バニーは野郎どもの方へ顔を向け、頷いた。
悲しいかな。その時、彼らは自分の非力に気づいてしまったのだ。
自分達が足手纏いになっては、彼女が全力で戦うことは叶わない。犠牲者が最も少なく、最大限の攻撃を可能にする唯一の方法なのだ。
選択の余地はない――彼らは断腸の思いで黙認した。
沈む彼らに、ズギズギと痛む胸を庇いながら彼女は笑った。
「じゃあ、頼みましたよ、みんな! 絶対に……絶対に死んじゃダメですからね!」
エステルの帽子が風に飛んだ。
轟々と鳴り響くエンジン音。唖然とする彼らを置き去りに、ついにエステルとバニーはフルスロットルでベルローズ遺跡へ飛び出した。
いくら魔導経典があるとは言え、不安は拭いきれない。エステルを信じていない訳ではないが、あのシリウスでの悪夢が、彼らから前向きな思考を否定するのだ。
だが、ホットケーキはそんな自分に喝を入れる。激しく、自分の顔を叩き、
「てめぇらッ! 聞いての通りだ……お頭の帰る場所を守るため、ニューバニーに合流する! 文句があるヤツは後で聞く! ただし……一週間三食スイーツの刑にしてやるから覚えておけッ!!」
「うすッ!」
情けなさに泣きそうだった。男のプライドにかけてそんな弱みは見せまいと、ホットケーキは自由になったホバーのアクセルを全開にし、ニューバニーへ向けて進軍させた。
誰一人、エステルの言いつけに背く者はいなかった。