身の丈に合った人生 その6
シリウス 裁判所 地下格納庫
深夜の事だ。
エステルはサンズより送られてきた銀色の陸上艦の前に、スターダスト・バニーの全メンバーを招集させた。
他ならぬ、ナルムーンとの戦争に赴くためである。
「――以上のことより、スターダスト・バニーは一時的に解散をせざるを得ません。志願者のみ、私と共に国境付近で待機している皇国軍と合流します。合流の後、バニーと共に先陣を切りアルデバランに仕掛けることとなるのは……承知の上、判断してください」
「お頭はそれでいいんですか? あなたの命が真っ先に危険に晒されるのですよ!?」
「元より、私は魔導経典の恩恵を授けられた身。戦の切り札となるのは心得ています。何よりも申し訳ないのは……こんな中途半端な形でスターダスト・バニーの活動を停止させなくてはならないことです。皆さんには本当に……感謝しています。ありがとうございました」
メジャーバトンをぎゅっと握りしめ、彼女は深々と頭を下げた。
重くしみったれた空気が格納庫に充満していた。メンバーは突然のエステルの発表に互いに顔を見合わせることしかできなかった。
誰もが解散したくない、その気持ちを心に秘めていた。
だが、エステルの気持ちを考えると、誰一人異議申し立てをすることができずに、黙って話を聞くしかなかった。
そんな雰囲気をヒシヒシと肌で感じながら、エステルは言葉を続ける。
「なお、負傷しているキエルに関しては、ここで安静にしてもらうよりありません。それ以外のメンバーにつきましては、今から10分後に乗船準備を始めます。残留希望者のみこの船の前に集ま――」
「お頭、少々お待ちください」
沈黙を破ったのはこの場の最年長、ショコラだった。
冷静沈着な彼が珍しく不快感を露わにして、
「ずいぶんと、素っ気ない。まるで我々に故郷のために戦う意思がないかのような言い様は、非常に遺憾です」
「ショコラさん……」
「お忘れですか? 我々は何のためにあなたの元に集まったのかを。どん底の暮らしを強いられていた我々に、手を差し伸べてくれたあなた方への恩を忘れたものなど、ここにはおりませんよ!」
熱弁に仲間達は互いに頷いた。辛気臭い顔はもう終わりだ。自分達が何のために魔導経典と亡霊なる機兵を探してここまできたのか、初心こそ全てだと彼らの迷いは消えた。
「ここで降りるヘタレなら、本国で盗賊を続けていればいい。でも、我々は違う。自分の故郷を、残された家族を守るために命を懸ける覚悟がある無法者です」
「そうです、お頭! 戦いましょう!」
「皆、お頭と志は変わりません! 余計な心配は不要です。ただ、ついて来いとおっしゃってください!」
格納庫は勇ましき喝采に沸いた。
エステルは自分を恥じた。ここにいる全員が恐ろしく頼もしい戦友であることを忘れていたのだ。
じわりと涙腺が緩むと、彼女の凛とした顔が一瞬にしてクシャリと崩れた。
「み、皆ぁ……!」
「――やばい、お頭が泣く」
「お、お頭!? だ、ダメ! 泣いちゃダメ!」
「ごめんなさい……私……!」
メンバーは大慌てで彼女をなだめにかかる。
最高の仲間との出会いを神に感謝し、エステルは咽び泣きそうなところをぐっとこらえて、表情をキリリと正した。
そして、泰然自若として宣言する――
「では野郎ども、全てに命じます! これよりスターダスト・バニーは、皇国軍と共謀し、ナルムーンに奇襲を仕掛けます! 進路はアルデバラン、目標は邪竜ヴァルムドーレ!」
「おうッ!」
兎のバニーが突如現れ、エステルの肩の上に乗った。彼女も呼応するように、キッとした表情で鳴き声を上げる。
「皇国軍と敵軍が全面衝突に入る前に、何としてでも攻略します! 誰一人、死ぬことは許しませんよ! 絶対、ハッピーエンドで帰りましょう……では、乗船開始!」
団員達は鬨の声と共に、新しき母艦に一斉に乗り込んだ。
輝く銀色の船体は、勝利への兆し。
そう自己暗示をし、彼女は自身の士気を最大限に高めて、
「バニーちゃん、女の底力を見せてやりますよ……!」
『ウッキュッ!』
「ついでにフェンディも助けてやるんです……だから、この〈ニューバニー〉に今まで以上の力を貸してください!」
『キューッ!』
――ったりめぇよ、小娘!
そう、バニーは長いピンクの耳をピンと張った。
10分後、マドレーヌ司教達を乗せて、母艦〈ニューバニー〉は満天の星空に出迎えられて、シリウスの街を出港した。