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ブレイブ・ギャンガー ―星屑の盗賊団と機械の巨兵―  作者: 藤白あさひ
第1章 蘇る伝説と邪竜
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身の丈に合った人生 その2

シリウス 高等裁判所 秘密の地下講義堂


 高等裁判所の地下深くで、傷だらけのエステルは思わぬ人物との再会に、枯れ果てた心が喜びと言う恵みの雨に潤う。


 エステルは思わず駆け出して、


「司教様ァァァァ!?」

「おお!? エステル! 無事か!? 無事であったか!」


 彼女を出迎えたのは、育ての父とも言えるマドレーヌ司教であった。なぜかベアタンの着ぐるみを着ているのはさて置き、傷心の彼女にはこの上ないサプライズだった。


 すがりつくようにエステルは、マドレーヌのぽよよ~んとした、ふくよかな腹に全力でダイブするが当然至極、


「――ぶほッ」


 その弾力に弾き飛ばされる。


 放物線を描いて床に転がるエステルを見て、警官達は慌てて駆け寄った。ショックのあまり固まるマドレーヌ。そこへ髭ロールの辛辣な一言が、


「――これだから、着るものがベアタンの着ぐるみしかないのだよ」

「聞こえているぞ……! 髭ロール! 貴様も時代錯誤もいいところだ!」

「エコノミークラスに乗れないデブが何をほざく!」

「座席2つで行けるわい! 貴様も大人しくどっかのテーマパークに――」

「まあまあ! 長老達がヒートアップしてどうすんの! とりあえず、皆の生還を喜びましょう? ね? お頭!」


 ホットケーキの仲裁に、親父達はバチバチと火花を散らしながら、一旦は身を引いた。


 エステルは頭を摩りながら立ち上がり、


「そうです……もうドンパチは、こりごりです」


 ショコラからキャプテンの証である制帽を受取り、彼女はそれを徐に眺めた。


「……エステル、恥じる必要はない。お前は良くやった。レガランスを相手に魔導経典の半ページを死守し、生き残った。奴らの計画も狂うことになろう」

「でも……フェンディが連れて行かれました」

「フェンディは……己のケジメゆえの結果だ。誰にも止められなかった」

「それだけじゃない、船も捕られました。みんなも危ない目に遭わせた……キエルも起きてこない……ラスティーラにも私の指揮は届かなかった……」


 感情を掘り返すと、止めようのない悲しみが沸き出して来る。彼女がそれに必死に耐えようとしているのは誰の眼に見ても明らかだった。


「背負い過ぎだ。小娘一人にしては十分過ぎるほど働いた」

「そうじゃ! エステル、頼むから泣いてはならんぞ? 泣くのはまだじゃぞ?」

「泣きませんよ! ただ……惨敗過ぎて、悔しいだけです!」


 思い出すように、エステルはメジャーバトンを握り締めた。


「あの青い炎に勝てない限り……私達はレガランスの掌で踊るだけッ! もっと強くならなきゃ、サンズの民も、国の誇りも守れないッ! だけど策がないんです……!」

「落ち着きなさい、エステル。とにかく今は、来るべき時へ備えよう」


 そう言って、彼は講義堂の奥にある扉を見た。そこではキエルとケントが医学魔導師によって、治療を受けている最中であった。


「キエルはまだいい……だが、彼の方は深刻だ。全身の火傷のこともあるが……それよりも、心がな。精神状態が……あまり思わしくない」


 それを聞いて、無意識にエステルは制帽を深く被った。


「……ダメだったんです」

「え?」

「全然……言うことを聞いてくれなかったんです。私が非力な魔導師だから……ラスティーラの期待には答えられなかった」

「……エステル。それはちょっと違――」


 その時、治療室から荒々しい物音が聞こえた。


 一同の注意がそちらに向くと、


「お、おい、君! まだ安静にしてなきゃならんッ!」


 医者の叫びが聞こえてから間もなくのことだった。扉が蹴破られ、中からまだ顔色の優れないケントが険しい表情で彼女達の前に現れた。


 全身に走る痛みに、身体を引きずりながら――


「どこへ行く気だ? 傷は深い、今動いたら死んでしまうぞ!」


 マドレーヌはそう言った。


 しかし、彼は誰とも目を合わせようともせず、


「……いいんですよ。どこに行ったって、もう同じなんだ……もう戦う理由もない。いや、元々なかったのに、俺何やってんだろ……」

「何を言ってるのです! レガランスにあそこまで言われて悔しくないのですか? 何があったかは知りませんが、あそこまで心を踏み躙られて黙って――」

「あんたに何がわかるッ!! 何で俺が戦わなきゃいけないんだよ……!」


 敵意に似た瞳に、エステルは黙らされた。


「ラスティーラ、ラスティーラって……うるさいんだよ。俺はケントだ。人並みに暮らしたいだけの経理係なんだよ……戦争なんかやりたいヤツがやってくれ」


 人を小馬鹿にしたような笑みに、エステルはかっとなった。


「言いたいことはそれだけですか……!」

「エステルやめな――ぐほッ!」

「後方部隊とは言え、軍人の口からそんな言葉が出るとはお笑いです。あなたが欲しがってる安定、人並み、平穏は一体誰のおかげだと思っているのですか!?」


 困ったことに、エステルも導火線が長いほうではない。


 そんな彼女のエルボーはふくよかなマドレーヌの腹を以ってしても、効力が弱まることはなかった。呼吸困難を起すマドレーヌを髭ロール達は優しくさするが、そんな騒ぎにもヒートアップする彼女達は気づいていない。


「知ってるよ……死んでいった英雄だ」

「そうですよ! わかっているならどうして――」

「わかっていたさッ! その死の上に今の俺があったってわかっていたよ! ずっと苦しかった……一生罪悪感を抱えて生きていくしかないと思っていたのに――」


 顔を伏せ、彼は左胸に爪を立てた。


「死んだと思っていた人が生きていたんだッ!! 俺の事、恨んでないって言ってくれたんだ……! だったら……邪魔したくないじゃないか。敵になんか……なりたくないじゃないかッ!!」


 希望を失った彼の顔に、一筋だけ涙が伝った。


 そして、彼はそれ以上の悲しみを飲み込んで言い放つ。


「俺はザックの……ユーゼス・マックイーンの敵になりたくない」


 苦悶する彼にエステルは何か言いかけたが、マドレーヌに止められる。


 自分達は大切なこと見落としていた――手前の落ち度を認めて、マドレーヌは裁断を下した。


「……すまなかったな、君の気持ちを考えていなかった。我々の戦に、君を巻き込んでしまったことを大いに申し訳なかったと思っている」

「……」


 するとマドレーヌは従者から小包を受取り、自らケントの手に握らせた。


 ここまで戦ってくれた彼への、この上ない感謝を込めて――


「持って行きなさい。これでサンズの国境から遥か北に位置する、リゲルと言う街まで行けるだろう。君の両親はすでにそこに逃げた。お祖母様も現在、サンズを北上している最中だ……じきに家族みんな、再会できるだろう」


 その知らせに、ケントの荒んだ瞳が揺れた。脱走後初めて、家族の安否がわかった瞬間であった。


 感触でわかる、小包の中には大量の金貨が入っていた。


 家族で暮らせる額の大金――薄々、この司教はこうなることをわかっていたのかもしれない――


「……すみません。ここまでしてくださって……」


 ケントはマドレーヌに深々と頭を下げた。


「礼を言わなくてはならないのは、ワシらだ。君のおかげでエステル達はここまで生き延びられた……ありがとう。大事な仲間を守ってくれて」

「……いえ、俺は何もしてませんから」


 バツの悪さから、ケントはそれ以上語ろうとはしなかった。警官達に導かれるがまま、講義堂を後にした。


 ドアが閉まった途端、沈黙していたエステルは溜まっていた感情を爆発させるように、


「この――いくじなしッ!」


 ドアに向って、被っていた制帽を投げつけた。


 あまりの悔しさに、彼女は死んでも泣くかと固く誓った。


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