ろくでなしと意気地なし その4
シリウス 劇場広場
新たな敵の出現にも、ユーゼスが思うことは何もなかった。
ただ、まだ足掻こうとする最愛の弟子、最凶の宿敵に彼は淡々と現実を説くのだ。
「奴らはヴァルムドーレに次ぐ傑作。俺の銀水晶を与えてやった部下だ。フェンディとその妹が揃えば、魔導経典も不要だ……この意味がわかるか?」
「……ザック、一つだけ教えてくれ」
額当てを手の甲に巻きつけ、ケントは剣を構えた。
「6年前……あんたは俺が亡霊なる機兵と気づいていたのか?」
「……」
「ラスティーラだとわかったから……あんたは俺に夢を見せた。俺に剣を、魔導騎士団になる夢を……お前は俺に与えた! 答えてくれ……!」
「そうだ」
俊足が、一瞬にしてユーゼスの剣に斬撃の火花を上げた。
体の底から沸き立つ恨みと憎しみをその目に写し、ケントは剣越しに彼の青い瞳に無言で叫ぶ。
それ以外の答えを期待していたわけではない、だが、悔しくて仕方なかった。
無垢なる愛情が、野心よって裏切られた事実は――
「何を期待していた? お前と俺の繋がりなどそれだけだ」
「――ッ! エステルッ!!」
ケントの声に、3体を待ち構えるキエルが無言で頷くと、彼女も腹を括った。
急上昇する魔力。ケントはユーゼスの剣を払い、距離を取る。
右手に光る七芒星、その閃光の激しさは彼の憤怒そのものであった。
「天装――ラスティィィラァァァァッ!!」
山吹色の太陽の光と灼熱の炎がケントの身を包み、輝く白金と金の装甲の亡霊なる機兵がその中から飛び出し、咆哮がシリウスの街に木霊する。
そして蒼穹から雷が一撃、ラスティーラの手元に落ちる。絹のように滑らかな光を映す愛刀〈エンペラー〉が威風堂々と剣帝の手元を飾った。
天装を見届けたユーゼスは、自らもまた決戦のコロッセオに立つ――
「天装、レガランス!」
黒い炎が彼を取り巻き、すかさず炎の巨人が大地を踏み鳴らす。漆黒の焔が紫紺の色を帯びると花吹雪に似た火の粉が飛び散り、怪しげなアメジスト・バイオレットの装甲とルビーレッドの瞳がエステル達の目の前に再来した。
前回の戦闘とは比較にならない闘気と魔力に、エステルは物怖じしながらも、高らかに決戦のファンファーレを奏でる。
「魔力指揮ッ! 協奏魔法《雷神風神の祝杯》!!」
雷の破壊力と速度、そして風の力を駆使した複合魔法。しかし、彼と魔力を共有した途端、先の戦闘ではなかった違和感にエステルは気づいた。
――魔力の流れが速過ぎる。
血流の如く、見えない道を駆け巡る二人の魔力が、先程とは比にならない激流と化していた。そのことにラスティーラは気づいていない。それもそのはずだ、主な原因は彼の感情により爆発的に増長した魔力にあるのだから――
『仕留める!』
エレキテルを発し、ラスティーラは底上げされた脚力で瞬時にレガランスの背後を回る。敵の攻撃魔法は発動前。その隙を逃すまいとエンペラーで叩き斬ろうとするが、カウンター魔法の影火が発動し、エンペラーの切っ先は届かない――
『クソッ!』
「来ますよ!」
すぐさま、反転したレガランスのグレートソードがラスティーラの装甲を掠める。間合いを確保するため、竜巻の力でそのままラスティーラは空へと舞い上がった。
ギルタイガーの疾風怒涛を参考にした立体的な攻撃だか、速度は段違いだ。風に加え、稲妻の力をも使えるラスティーラは接近戦のみに限らず、上空からレガランスの攻撃も可能――
『雷の鉄槌!!』
輝く青天の魔方陣、その中央から突如強力な雷がレガランスに落とされる。爆砕される劇場広場。あまりの暴走ぶりにエステルは肝を冷やした。
だが、告げ口をする暇はなかった。閃光の中から、黒い炎を見に纏ったレガランスが健在な姿で飛翔し、上空のラスティーラの間合いに飛び込んだ。
『その程度かッ!』
振り切られたレガランスの剣から黒い炎の鞭が空に放たれ、ラスティーラの白金の足に絡みつく。鎖よりも確かな感触に、悪い予感は的中する。
『しまっ――』
『白蛇の執念』
黒い炎は一瞬にして白く転ずる。星の熱さを伴った白炎はラスティーラの足元から、全身に燃え移り、白金の装甲を見る見るうちに焼き尽くしていく。
『うわぁぁぁぁ!?』
「ラスティーラ!」
灼熱を超えた熱さに悶絶する彼を、レガランスは炎の鞭を以って広場に叩きつけた。一切の情けのない攻撃に広場は抉られ、半壊した石の破片が追い討ちをかけて人間達に降り注ぐ。
「まずい――天体防衛!」
咄嗟にメジャーバトンを振り、エステルは防御壁を自分とラスティーラにかける。だが、彼女に降りかかる石の雨は防げても、何度も叩きつけられ、白炎の蛇に噛まれたままのラスティーラを救う手立ては一向に思いつかない。
その時、天体防衛にひびが入る――
「無効化できる魔力じゃない……! ならば氷魔法で――」
『半端なことをするな! 水星型でもこの炎は防げない!』
「でも……!」
『貴様は黙って、俺の指示に従えッ!!』
ラスティーラは苦し紛れに炎の鞭を引っ張り、エンペラーを地に突き刺した。天体防衛が弱まるごとにじわじわと復活する灼熱地獄、だが彼は鞭の打撃から逃れることで精一杯であった。
『必要なのは攻撃だ! 俺にもっと魔力を寄越せッ!』
「無茶です! 今、防御力を低下させれば、あなたは――」
『くどいッ! やれと言っているのがわからないのかッ!!』
再び鳴る、天体防衛とエステルの心の亀裂。
まるで指揮を見ていないオーケストラ――彼女達の協奏魔法はまったくの纏まりもなく、見せ所もない。ただ単に音を垂れ流しているだけの宝の持ち腐れ。
そんな哀れな楽団の演奏を聞き、レガランスは笑い声を上げた。
『……お前に魔力指揮は無理な話だ』
『何だと……!?』
『お前は強さに貪欲過ぎた。故に、そこのコンダクターを貯蔵庫程度にしか思っていない哀れなソリストだ。お前の激情はその内、魔導師を殺す』
『――ッ!』
かっとなったラスティーラは、無意識にエンペラーを引き抜き、白炎の鞭を断ち切った。しかし、足首に絡みつく白い炎は消滅せず、むしろ、勢いを増した。
レガランスはゆっくりと地上に降り立ち、
『お前に一つだけ良いことを教えてやる』
不自然なほど静まり返った一帯で、青い炎がレガランスを取り囲む。
その色彩を目の当たりにしたエステルは、焔の色に劣らない蒼顔をラスティーラに向ける。精神感応を通じてエステルが感じ取った危機的状況、次に起こりうる悪夢の気配に彼はやっと現実を見ることができた。
『この炎こそ、俺の出せる最大温度だ。先の白炎の倍以上はくだらない』
『それがどうした……!?』
『まだわからんか? 周囲の気配を探ってみろ……そこの小娘以外、コンダクターになり得る魔導師などどこにもいない』
『――!』
レガランスのこの余裕――それはかつての宿敵との間に生まれた底知れぬ深い実力の溝。根拠はレガランスが保持している魔力に留まらなかった。
彼はまだ、決定的な戦術を取らずに君臨している――
「圧倒的です……勝てるわけがない! 馬鹿な……彼はコンダクターなしで、これほどの力を操っているというの……!?」
レガランスの高笑いに、青い炎は揺れた。
『今更気づいたか! 俺のコンダクターはここにはいない。要らずに事は片付くと確信していたからだよ、ケント!』
その名で呼ばれるとラスティーラの中で、嘔吐感に近い何かが起こった。
レガランスはますます愉快そうに笑って、
『ほら見ろ! 今のお前は完全に前世と現世が反発している……現世が今のお前を拒絶しているからだ。そうだろ? ケント!』
『――その名で呼ぶなァァ!!』
ラスティーラは突発的にレガランスに斬りかかった。しかし、感情に駆られた単調な攻撃など歴戦の武人には意味を成さない。レガランスは青い炎を消し去って、余裕の身のこなしで、その太刀を受け止めた。
『無理はするなよ……本当は俺と戦いたくないんだろ?』
『殺してやる! 殺してやるッ!!』
『もう、十分だ。お前は休め――』
発動する、青い炎――それを目にしたエステルは無我夢中で全魔力を天体防衛に注いだ。だが、ラスティーラは自分を守ることよりも、目の前の亡者を追い払うかのように乱れた太刀筋で、何度も何度もレガランスを追い続ける。
そして、
『我が魂の化身、火星よ。我が宿敵に安静なる眠りと旅立ちを約束せん』
『クッソォォォォッ!?』
『サヨナラだ――《青き鎮魂の灯火》!』
足に纏わりついていた白炎が青い炎に変わり、地に描かれた巨大な七芒星がラスティーラの動きを一瞬にして制止する。
「ケン――」
名前を呼ぶことも叶わず、エステルの目の前で、地響きとともに魔方陣から凄まじい規模の青い炎の柱が天へと突き抜けた。
『がぁぁぁぁぁッ!?』
悲痛な雄叫びの後、青き炎の中で最後の頼みである天体防衛は限界を超えた。エステルのメジャーバトンに大きな衝撃が走り、ステンドグラスの如く、ラスティーラへの攻撃を軽減させていた光のシールドは無残にも四散した。
これにより――青き鎮魂の灯火の直撃は避けられない。
ラスティーラの苦しみは一層増す。溶ける装甲を目の当たりにして、エステルは動転しそうな自分を殺し、血眼で精神世界へ意識をダイブさせた。
脳裏を駆け巡る数々の呪文、それは全て二人の潜在能力の証。
その時一つだけ、彼女は異質な魔法を見つけた。
それはケントの精神世界の深層に――しかし、手を出したら彼の自我に何らかの支障を来たらすかもしれない。
だが、もはやそれに賭けるしかなかった――
「――お願いッ! 守って!」
咄嗟の判断は功を奏す。青い炎の中で、黒い炎がラスティーラを覆いつくした。
レガランスの様子が、初めて余裕以外の何かへと変わった。
影火を纏ったラスティーラの装甲融解は止まり、ギリギリのところで命を繋いだ。だが、当の本人は青き炎の威力の前に意識を失っている。加えてこの状況下でレガランスに対して逃げる以外為す術はない。
エステルが次の対応に思考を凝らしている最中、事態は急変する。
何とレガランスは突如、青い炎を消し去り、あろうことかラスティーラを放棄した。
影火に守られた彼の身体は浮かんでいた。エステルは青い炎で生まれた溶岩池彼が落ちないよう、風魔法で溶けていない路面の上へと運んだ。
その時、彼女は生まれて初めて自分の魔力を使い切った。朦朧とする意識の中で、彼女はラスティーラの姿を最後まで懸念していた。
もしかして彼は――そこまで思うと、頭は働かなくなった。悲しい敗北の重圧から精神は逃れるように、彼女の意識は途絶えた。