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ブレイブ・ギャンガー ―星屑の盗賊団と機械の巨兵―  作者: 藤白あさひ
第1章 蘇る伝説と邪竜
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ろくでなしと意気地なし その3

シリウス 劇場広場


 手袋で剣の血を拭うと、ユーゼスは何事もなかったかのように、


「捕獲する。ヴァルムドーレの餌にしては上等だ」


 彼は黒い炎でフェンディの身体を燃やし、傷口から溢れ出る血液を凝固させた。氷よりも冷たい炎は僅かに残る命の鼓動を眠りにつかせ、仮死状態に仕上げたのであった。


「こいつの潜在魔力は、魔導経典の切れ端にも相当する。エリツィンからの狼煙が上がらない以上、保険策としては懸命だろう」


 ユーゼスは部下から血止め用の布を受取った。


「閣下、そのことでございますが……司教殿が奪取できたのは魔導経典の半ページのみとの連絡を受けています」

「やはりな。街中に盗賊どもの気配がある。そいつらを捕らえれば済む話だろう。あとは、そうだな……」


 さて、一人の対応は終わった。残るはあと一人と――血止めの布を石造りの舞台に投げ捨てた直後だった。


 誰かの剣が、石に掠った。


「――閣下ッ!!」

「うああぁぁぁぁッ!!」


 憎悪にも似た殺気に、ユーゼスの体は瞬間的に防御体勢を取った。刃と刃が火花を散らす。鬼の形相のケントが、こともあろうにユーゼスに斬りかかったのだ。


 フェンディが落とした剣を握り締めて――


「驚いた……! まだ噛み付く力が残っていたか!」

「ああぁぁッ!!」

「閣下! 我々も助太刀に――」

「不要だッ! 神聖なる過去の因縁の邪魔をするな!」


 ユーゼスは均衡する剣を押し払う。


 力負けであるが、ケントはますます激昂した。微塵も怯む様子もなく、猛烈な勢いで何度も何度も太刀を浴びせ続ける。


 荒いが――重く、鋭い斬撃。一流の騎士顔負けの殺意の眼だ。


 この我武者羅な攻撃をユーゼスは見事にかわしている。


 もはや自分を倒すこと以外考えていないケントの豹変に、彼は歓喜した。


「そうだッ、ケント(、、、)! 俺の見込んだ通り――お前の強さに底はないッ!!」


 防御から攻撃へ、ユーゼスの動きが変わる。間合いを計り下がったケント、その隙を彼は突いた。懐に入り込まれたケントは咄嗟に攻撃に出るが、切っ先は空しくもユーゼスのマントを撫でるだけ。


 フェイント。ユーゼスは背後に立つ。


 無心の極み、ケントの本能は額からバンダナを毟り取り、身体を反時計回りに動かした。


 振り下ろされた鋼の刃に突き出したのは右手の剣ではなく、無防備な左手。ケントはバンダナが握られた掌を、斬り裂いてくれと言わんばかりにかざした。


 刹那、ユーゼスの剣は何か硬いものに弾かれる。


 骨ではない。ケントの掌は健在だ。


 問題は彼の左手を覆うバンダナであった――


「うおあぁッ!!」


 重みに震える掌にあるのはただのバンダナではなく、額当て――名刀すら斬鉄し難い強度を誇る鋼鉄板が中に仕組まれていたのだ。


 すでにケントの思考は常軌を逸していた。ユーゼスの動きを止めた今こそ、針の穴を突くチャンス。さらに体を捻り、右手の剣が胴体を切り裂かんと振り切られた。


 しかし、甘い。この男もまた化物なのだ。


 察するより早く彼はケントの足を払い、最大の勝機を悉く砕いた。スピンするようにケントは体勢を崩し、地に転がる。そこを串刺しにすべく、彼の血を欲したロングソードが噛み付くが、倒れた反動を最大限に生かし、ケントはこれをすれすれでかわす。


 即座に体勢を立て直すと青い髪が数本、パラりと落ち、額から鮮やかな血が一筋伝った。


 息もつけぬ攻防に、待機命令中の魔導騎士団も額を冷や汗で濡らした。


 肩で息をし始めるケント。それでも剣を握り締める敢然たる姿に、ついにユーゼスは満足したように笑い声を上げるのであった。


「俺のやった額当てがお前を救った。お前には運が味方についている。それも、宿命ゆえだ! どちらかが滅ぶまで逃れられないよ、ケント……俺達は過去の因縁からァッ!」


 魔法発動、ユーゼスの足元に七芒星が出現。彼の剣が白い炎に包まれると、ケントの動物的本能は逃げろと警鐘を鳴らす。


「《白蛇の執念(アルビノ・ブレイズ)》」


 純白の炎が剣を這いずる。その秘められた威力に、ビリビリと刺激されるケントの皮膚。燃え盛る炎を掲げ、ユーゼスは一片の情けのない一太刀を振り下ろした。


 極めて音速に近い速度。背びれが水を切る如く、炎の太刀筋が石造りの舞台すら真っ二つにし、白い炎壁を跡に成す。


 勘が彼を救った。もしも技の発動を視認してからであったら、この炎に胴体を二つに裂かれていただろう。ケントの冷たい汗が、ドロドロに煮え立つ石ブロックに蒸発する。


 ユーゼスは真剣勝負を捨てた。彼自身が不利になったからではない、絶対的に有利なためだ。ケントにその優位性を見せ付けることで、彼はある展開を強く望んでいた。


「もうお遊びは終わりだ……ラスティーラ。殺し合いの時間だ」


 その狙いに気づきながらも、追い詰められたケントは、歯を食いしばって右手を掲げるしかなかった――

 

                 ◆ ◆ ◆


 火傷の痛みに近い感触が全身を駆け抜けた。突如発動した強過ぎる魔力に、エステルは自身の潜在能力の高さ故の感応を起した。劇場広場の最上段観客席から臨むのは、緊迫の一騎打ち。


 白い炎が繋ぐケントと銀髪の男――この広場で何が起こっていたのか、説明など不要であった。この白い炎の威力は、先のエリツィンをも凌駕する魔力の証。その魔導師の存在に、彼女の顔から血色が消える。


「戦っているのは……ケント? あんな人相手に一人で勝てるわけ――」


 ふと、彼女は石舞台の大量の血の痕に気づく。それを追いかけると、視線の先には無残な姿に晒された、肉親の姿があった。


 彼女はついに、取り乱して、


「――フェンディィ!?」


 この声に、ユーゼスとケントの視線が同時に反応する。戦慄のあまり、エステルは自分の足が動かないことに気づく。気迫で殺された彼女に出来ることなど、黒い炎に包まれた兄が、馬に乗せられ連れ去られるのを見過ごすだけであった。


 そして、殺意の方向が彼女へとシフトする。


「……あれもノーウィックか」

「――エステルッ! 逃げろッ!!」


 憤怒に囚われたケントは、そこで初めて我に返った。


 しかし、彼の声が届くのは遅過ぎた。


 迂闊にも、彼女は自分が敵の魔方陣の上にいることに気づくのが遅れた。咄嗟に防御壁を展開するが、足元から猛烈な爆炎が上がる――


「きゃぁあぁッ!?」


 両足は吹っ飛ばずに済んだが、熱に手足の皮膚を焼かれ、爆破の破片が彼女の腿を切り裂いた。たった一撃で深手を負わされたエステルは屈辱ながらも、地に跪き持ち堪えた。


 激痛に涙ぐむ瞳をこじ開け、彼女は顔の切り傷から流れる血を拭う。言葉にならない情炎を瞳の奥で燃やし、ユーゼスを見下ろした。


 その視線は、ユーゼスにとって不快なものでしかなかった。


「あれも上等な邪竜の餌だ。捕らえろ」

「はっ!」

「やらせるかよッ!」


 ケントはエステルの危機に撹乱しようと飛び出したが、またも上がる、白い炎の太刀筋に逃げの体勢を取らざるを得なくなる。


「クソォォォ!!」


 ユーゼスに命じられた3人の騎士は、同時に各々の利き手を掲げ、


「――天装」


 甲に七芒星を輝かせ、彼らは本来の姿に戻る。唸る炎の渦とスパーク、暴風の中でエステルが目を開けられた時にはアメジスト・バイオレットの亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)が3体、最上段の彼女を見上げ無機質な足音を響かせた。


 エステルはその気迫に負けじと立ち上がる。


「姿がレガランスに似ている……分体ですね」


 傷だらけの体を引きずり、彼女はメジャーバトンを回した。


 ――しかし、3体相手にやれるのか?


 心の弱さを振り切るように彼女は首を振った。その様子にユーゼスは嘲笑する。


「小娘、ギルタイガーとは訳が違うぞ……やれ」

『イエス、マイスター!』


 3体は一斉に劇場の階段を駆け上る。激震する大地、弱音を吐く重症の足に鞭を打って、


「舐めんじゃないですッ――天駆ける不死鳥(ラッシュ・ザ・フェニックス)!!」


 アルデバランの闇夜を照らした、巨大な炎の不死鳥が再び彼女を守らんと飛翔する。太陽光に力を増幅させた不死鳥は、真っ先に3体の亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)〈レゾット〉に特攻を仕掛けた。


 だが、レゾットはフォーメーションを取った。防御魔法の姿勢にエステルは魔力を追加生産するが、不死鳥が防御壁に突入した途端、あまりの反動の強さに顔を歪める。


 見れば、不死鳥は白い炎の前で羽をバタつかせるばかり。爪も嘴もその炎壁を破るどころか、白い炎の勢いに焼かれているようであった。


 その光景を目にして、彼女は唇を噛んだ。


「温度が違う……! フェニックス、踏ん張って!」


 白い星は赤い星より表面温度が高い。


 この理屈は宇宙の原則に基づく、七大魔法体系にも通ずるものがあった。赤い炎よりも白い炎。魔導経典にはそう記されているが、後者が具現化できる魔導師など伝説上でも片手の指で足りる。そう言った次元の話であったはずが、このレガランスの(しもべ)たちは易々と超高等魔法を発動しているのだ。。


 蘇る、最上位に君臨する伝説――それは時を越え、この少女に悪夢を見せるのだ。


 しかし、エステルにもまだツキはあった。


 突如上がった銃声に、レゾットに銀色の弾丸の雨が振り注ぐ。レゾットは散開し、相次いで破裂し、冷気を上げる弾丸から距離を計った。


 この戦法、一目で誰が来たのか悟った――


「キエル!?」

「助太刀に上がりましたぜ、お頭。フェンディはどうした!?」


 エステルは声を押し殺して、


「遅かったです……連れて行かれました」


 先に戦場を離脱していく、騎馬隊に目をくれた。傷だらけのエステル、連れ去られるフェンディと血の痕。全てを目の当たりにすると、キエルは堪忍袋の緒が切れる音を聞いた。


「……あいつはどうした」

「ケントはダメです。相手が強過ぎる……1歩でも動けば、白い炎に焼き尽くされます」

「あのロンゲ野郎が黒幕か……!」

「おそらく、あの人がレガランスです。でも、ケントのあの表情……おそらく、心の一部がすでにラスティーラに転化しています。勝機はそれ以外あり得ない……!」


 エステルは魔法杖を握り締め、キッと魔弾を跳ね除けた3体の亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)を睨んだ。


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