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ブレイブ・ギャンガー ―星屑の盗賊団と機械の巨兵―  作者: 藤白あさひ
第1章 蘇る伝説と邪竜
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太陽は沈む その5

シリウス カヤブ教会 談話室


「こ、こんなはず――」


 広がる光景に司祭は完全に戦意を喪失していた。多勢に無勢、最新鋭の武装を駆使しても、たった二人の人間を抹殺できずにいる。


 だが、話はそれで終わらない。


 足元に転がる味方の数の多さ。もう自分以外、この部屋に立っている人間はいないであろう。皆、雷の茨(ライトニング・ゾーンズ)に身体の自由を奪われ、今頃は夢の中だ。


「……俺の出番はなしか」

「節約です。キエルの弾薬代はバカになりませんから~」


 準備体操は済んだとばかりに二人は体をゴキゴキ動かし、同時に一歩踏み出した。


 恐怖のあまり、司祭は尻餅をついた。


 ――これが魔導師の力!


 同じ人間であり、同じ人間にあらず。魔導の神に仕えながら、それに気付かず、彼らの力量を甘んじた司祭の完全なる敗北であった。


「――私達を潰すなら、魔導騎士団の団長クラスを持ってきなさいよ」


 去り際にエステルはそう吐き捨てた。


 彼らは戦う気のない司祭をスルーし、彼の背後にあった、大きな観音扉の前に立つ。


「……いますね。キエル!」

「ラジャーッ!」


 腰のガンホルダーからリボルバーを選び、左手の銀線細工(フリグリー)に装着。トリガーを引くと、1発の弾丸が木の扉を貫いた。


 次の瞬間、破裂音と男どもの声が上がる。伏兵だった。


「行きますよ!」

「おう!」


 二人は布で鼻と口を覆い、観音扉を蹴破った。


 扉の外には教団の信者ではなく、見覚えのある銀色の鎧を来た兵士が、催眠ガスにやられ眠り込んでいた。この事実にキエルはマスク越しに舌を打つ。


「ちっ……魔導騎士団の連中が紛れ込んでやがる!」

「敵の動きが早いです! すぐにバニーを出航させますよ!」


 そう言いながらエステルはぐしゃりと制帽を潰す。すると、中に隠れている兎のバニーが苦しそうにもぞもぞと動いた。


「フェンディとケントはどうするつもりだ!?」

「心配無用。あの二人なら、多少放置しても大丈夫でしょう!」

「あっ……まあね」

「格納庫に直行です!」


 キエルは眉を大きく下げ、マスクにしていたハンカチを投げ捨てた。


 催眠ガスの霧は晴れた。エステルとキエルは廊下を走りぬけ、地下へと続く大きな螺旋階段を、風魔法を駆使して飛び降りる。最下層についた途端、警戒しながらも正面にそびえ立つ鋼鉄の観音扉を開け放った。


「……え?」


 待ち構えていたのは、彼女達の予想とは大きく違う展開。仲間達が交戦していることも想定していたが、現実は真逆であった。


 誰一人、格納庫にはいない。あるのは母艦バニーのみ。


「皆どこ!? どうして誰も……」


 するとキエルは足元に揺れ動く異様な影に気づいた。ふと天井を見上げ、血の気を失う。


「エステル!? 上だ! 上を見ろ!」


 キエルの呼びかけに彼女が天井を見上げると、同じく言葉を失った。


 天井の柱に吊るされる人影。それは紛れもなく、身動きを封じられ、見せしめとして宙吊にされた仲間達。彼らは二人の姿を見つけるなり、口を封じられたまま、何かを訴えかけている。


 ――しまった。遅かった!


「今、助けます! キエル、ロープを狙ってください! 風力で彼らの着地を――」

「そこまでだ、盗賊の頭領よ」


 誰かの声に急激に視界が歪み、溶け始めた。自分の目がおかしくなったわけではない、空間に張り巡らされていた光の偽装が剥がされているのだ。


 二人は身構えるが、魔法迷彩の下に隠されていたのは、想像を絶する危機的状況――


「……おいおい、冗談はよそうぜ。胃がキリキリしやがる……!」

「冗談であって欲しいですよ……これほどの勢力が一体いつ!?」


 彼らを囲む、銀色の鎧と黒いマントの集団。腕にはナルムーンの象徴である、竜を描いた青い腕章がつけられていた。


 間違いない――魔導騎士団だ。


「大人しく投降し、魔導経典を渡せ。そうすれば命だけは救ってやる」

「どちらさまですか? こんな趣味の悪いことをするのは……!」


 エステルの直線上に立つ、紺色のミトラ(=司教冠)を被った男は嘲笑を浮かべた。


「おっと、自己紹介が必要か。私は魔導正教新派の司教、エリツィンと申す。魔導騎士団上がりのならず者だがな」


 白髪の混じった灰色の髪、歳は40歳ぐらいか。エリツィンと名乗った男は他の司教とは違い、半分鎧のような司祭服を纏っていた。顔つきも彼の話を裏づけるように、武人としての面影があった。


 手練れの気配に、エステルは顔をしかめた。


「……今のはあなたの魔法ですね?」

「ほんの子供騙しに過ぎないがな。ノーウィック卿の末裔とこんなところでお会いできるとは思っていなかったよ。品位の欠片もない、こんな連中を引き連れて……な」


 満足そうに吊るされた盗賊を眺め、彼は二人を煽った。挑発とわかっていても、彼らの腹の虫は治まらない。だが、決死の想いで二人は踏みとどまった。


「さて、こちらもスケジュールがある。お頭殿、先程の質問への回答はいかがかな?」

「……エステル、俺が時間を稼ぐ。その間に奥義魔法でヤツら――」

「余計なことをするなよ、銀線細工師(フリグリスト)。動けば彼らを焼き殺す」


 エリツィンが指を鳴らす。途端、渦巻く炎に、修理用のクレーンが一瞬にしてどろどろの鉄の水溜りと化した。


 圧倒的な魔力に、エステルは冷たい汗を流した。


「何も難しいことを言っていない。仲間か紙切れかの問題だろう?」

「……用件は魔導経典だけでいいんですね?」

「エステル!」

「さあ、答えるのだ! ノーウィックの末裔!」


 人生で初めて味わった――屈辱的な敗北。


 信念を曲げてでも、選択を間違えてはならなかった――


「……わかりました」

「ほう……!」

「わざわざ差し上げなくても……もう、あなた達の掌中にあります」

「何だと?」


 拳を握り締め、エステルは震える指先で母艦バニーを指差した。


「あれです。あの船こそ……あなた方が欲しがっていた力そのもの。デネボラで奪取した、魔導経典そのものですッ!」


 滲み出る涙に食いしばって、彼女は耐えた。


 ついに明らかにされた魔導経典の在り処に、エリツィンは高く笑った。


「なるほど! これだけ堂々と姿を晒されれば、見落とすのも当然だ!」


 エリツィンは足早に母艦バニーへと進み、船体に触れた。


 そして、


魔術開錠(リリース・ザ・マジック)!」

 

 強大な魔力は、魔導経典の変形魔法でさえもいとも容易く解除してしまった。明らかに、エリツィンの魔導師としてのスペックは、エステルを軽く越えている。その証拠に、魔導経典が放つ魔法の反動に、彼はびくともしていない。


 閃光に包まれた船体は見る見るうちに小さくなり、あるべき姿に戻らんとする。

船が紙に戻れば全ては終わる。


 悲壮感に満ちる仲間達の顔。だが、エステルだけは違った――


「……バニーちゃん」

『……キュ!』


 このまま、やられっ放し黙っているトンデモガールと面食い兎ではなかった。


「これで、あとはサンズのバインダーごと奪えば、完全な魔導経典が我らの手の中に!」


 船体が完全に消え、古びた一ページとなりかけた刹那――彼女達は賭けに出る。


「――バニーちゃんッ! 転送魔法〈惑星旅行(ワープ・ザ・プラネット)〉!」

『ウッキュゥゥゥゥゥッ!!』


 巻き起こる旋風と磁場の乱れに、エリツィンははっとした。


 だが、時すでに遅し。


 あろうことか、光の速さでスターダスト・バニーのメンバーが全て消えていた。風も磁場の乱れもパタリと止み、魔術開錠(リリース・ザ・マジック)を空間全体に仕掛けても隠れている形跡がない。


「き、消えた!? あれだけの人数がいっぺんに……!」

「うろたえるなッ! 単なる転送魔法だ。遠くには行って――!?」


 エリツィンはやっと手にした紙切れに、言葉なくして激昂した。肩を震わす彼の姿に魔導騎士団の兵士達は動揺する。


 敵を甘く見ていたのは、彼も同じであった――


「おのれぇぇぇぇぇッ!! 小娘、やりおったなぁッ!?」


 手にしていたのは正真正銘、魔導経典であった。ただ、彼の予測から大きく外れていたのは、取り返した魔導経典が半分に裂かれていたことであった。


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