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ブレイブ・ギャンガー ―星屑の盗賊団と機械の巨兵―  作者: 藤白あさひ
第1章 蘇る伝説と邪竜
20/111

太陽は沈む その1

遺跡都市シリウス 街中


 前略、故郷の両親と祖母へ。


 お元気でしょうか?


 平凡な人生を望んできました僕ですが、ここまで来ると神様も気前が良過ぎると苦笑いをせずにはいられません。


 僕のようなヒラ兵士の最期を飾るために、わざわざシリアルキラーを送り込むユーモアセンスは、さすが神様です――


「イヤァァァァァァァァァ!?」

「ちょっと、待って! 何で逃げるの!?」

「じ、自分の胸に聞いてみろッ! 俺はまだ死にたくないんだァァァァ!!」

「そんな……僕が何をしたって言うんだ!?」


 ケントは古代都市シリウスの街中を疾走していた。


 シリウスはアルデバランと大きく違い、サンズとナルムーンの国境に位置しているため、大陸では数少ない中立都市だ。それ古代都市と言われるだけあり、歴史的に価値の高い遺跡が数多く存在する故、極力戦闘回避という両国の意向が一致されるという奇跡を起した。


 城内にて警察権以外での紛争は一切禁ずる――これがシリウスの鉄の掟だ。


 このご時勢において、亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)関連の遺跡価値は絶対。


 そのため、サンズとナルムーンの間にぽつりと独立国ができているような図式に地図上ではなっている。都市の自治もシリウス市民に委ねられ、この混乱した大陸情勢からすれば異例の優遇である。


 だがその反面、水面下ではサンズとナルムーンの巧妙な駆け引きが繰り広げられている。スターダスト・バニーが易々と入港できたのも、そう言った裏事情があってのことだった。


 そんなことも知らずに、ケントは朝の城壁沿いを無我夢中で駆け抜ける。


 それもこれも、未だバールとペンチを握ったままのフェンディから逃れるためで、


「ぜーはー……もうダメ……! もう走れないッ!」


 人生で最高速度を記録したと思われる。もうすでに限界を突破し、足はクタクタだ。


 突き当りを曲がると、古代遺跡が空間を成す遺跡広場に二人は出た。正面に亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)をモチーフに作られた純白の石像が列を成す。


「――!?」


 チラリとフェンディを見る。すると恐ろしいことに彼の顔つきが豹変し、小鹿を捉えたチーターの如く、フェンディは速度を上げた。


 その鬼気迫る表情に、ケントは3分後に人生の幕引きを悟る――


「んぎゃアァァァァァァッ!? 悪霊退散! 悪霊退散!」

「うひょォォォォォ!?」


 全身の毛穴から汗が吹き出る奇声に、ケントはついに立ち止まり、バールとペンチが自分の頭に振り下ろされるのを覚悟した、その時を待ったのである。


 しかし、鬼はペンチとバールを捨て去り、彼の真横を猛スピードでスルー。


 ――奇跡が起こった!? 


 と、ケントが背後を見ると、あろうことかフェンディはそのままの速度を伴って宙を駆け上がり、


「うっほっほほッ!? ここにいたのか、カワイコちゃァァァァァんッ!!」


 爽快感抜群の速度で純白の亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)の石像に飛びつき、熱いキッス。さらにやらしい手つきで石像を撫で始める。


 まったく以って意味不明。しかし、本人は至福の時間らしい。


 その証拠に、彼はとろけそうな声を出して、


「ねぇ、ケント君、見てごらんよ! このすべすべの白い手……1万年越しの美しさなんだよ? 人間の女性の肌が錆びついた鉄板に見えるほど、滑らかなこの曲面にムラムラせずにはいられないよねぇ?」

「――いや、わかんないっす」


 求愛行動に走る変態考古学者を遠目に、ケントはドン引きを通り越し、無の境地へと辿り着いた。


 些か、フェンディはその反応に不服そうに、


「ええ!? このカワイコちゃんのよさがわからないのかい!? 君と僕とは同じ匂いを感じたのに!」

「やめて、一緒にしないで」

「だって、これちょうどラスティーラの時代に作られたものなんだよ? 芸術的感性のある亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)がいた証拠なのに~」


 フェンディは口を尖らせて石像を撫でると、視線を下へ向けた。するとケントは何か思いついたのか、しばらく考えるような素振りを見せて、


「……何か聞きたげだね?」

「……あの俺達を追いかけてきた亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)は何なんだ? レガランスとか言う……」


 ケントは用心深く辺りを見回した。まだ朝早いせいか、人影は見えない。


「いい質問だね。僕も話しておきたかったんだ」


 フェンディは石像から軽やかに降り立った。


「一万年前、究極の強さを求め亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)の戦いは頂点に達した。その中でレガランスは魔法においては最強と謳われる一方、強さへの欲を持たない異例の亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)であった」

「人と争うのを好まなかったってこと?」

「そう。彼を駆り立てていたのは知識欲、自分の手で亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)を生み出すことに夢中だった」


 フェンディはぺちぺちと亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)の石像を叩いた。 


 その話に、ケントは驚きの表情を浮かべる。


「機械が機械を作るって言うのか? そりゃ、また何で……」

「彼は錬金術師と呼ばれていた。おそらく、人間で言う工学者に値する知識人だったんだと思う。彼は炎を媒体に様々な操作系の魔術が扱える。それを応用して、初めは炎で金属を操り、等身大のマリオネットを作っていたんだ。そいつらが、戦闘で使えるようになると、レガランスの知識欲はもっと強大な作品を作らなければという、学者精神に火をつけたんだ……それが、こいつだよ」


 石像の台座に彫られた壁画。そこにある巨大なドラゴンの姿をフェンディは示した。


「ヴァルムドーレ、通称ベルローズの邪竜さ。この壁画は後に人間によって彫られたものだけど、こいつを滅ぼすために亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)は滅亡した。レガランスの知識欲が、支配欲を暴走させた亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)の争いの歴史に終止符を打ったんだ……何とも皮肉な結果だけれど」

「学校ではレガランスの名前すら聞いたことなかったな……」

「ナルムーンの学校なら当然だよ。レガランスは邪竜復活のキーパーソンだ。一般人がそのことを知れば、邪竜による大陸制圧に支障が生じるからね」


 歴史から消された亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)。その存在を知っているのは、フェンディやエステルのような一部の関係者だけ。知らないはずの自分の口からその名が出てきたことに、やはりケントは要らぬ因果関係を感じざるを得なかった。


 翻弄されているのだ。悔しい、ほどに――


「今度は僕が聞いていい?」

「何を――!?」


 不意打ちにも、土の手が地面から飛び出し、ケントに襲い掛かろうとする。だが突如、黒い炎が彼の全身を包み、土の手を粉々に消し飛ばした。


 自分は何もしていない――それなのにこの結果。ケントの顔色が一転する。


 対照的にフェンディは落ち着いた様子で、


「やっぱり……これが生身の君に魔法が効かない本当の原因だよ。みんな前世の魔力が復活したせいだと思ってるけど、それだったら、さっきのタイミングで天装できてるはずだし、今も魔法が使えるのはセオリーだ」


 そう言われて、ケントは慌てて自分の体に神経を巡らせた。しかし、だからと言って魔法らしき事象は何も起こらない。


「この黒い炎は〈影火(かげび)〉と言って、火星型の超高等魔法だよ。影のように人体に潜み、条件が満ちれば発動する、トラップタイプの魔法だ。火星型って七大魔法体系の中では最も多い属性なんだけど、これが使える魔導師は大陸でも一桁しかいないと思う」

「これ、炎なのに全然熱くないんだけど……一体何で?」


 ケントは初めて意識的に黒い炎に触れたが、文字通り、影のなかにいるように熱さも冷たさも感じない。


「炎魔法は大きく二つに分類される。一つが君とエステルが使った『熱』を攻撃源とした熱型魔法、もう一つがレガランスのように炎を媒介して、熱以外の効力を生み出す創造型魔法。影火は後者だから、熱を排除した、別の魔法式が組まれているんだ……今みたいなカウンター魔法とかね」

「そんな高度のことができるなんて……」


 ブーツのリフトが石畳に鳴く。ブラウンのジャケットに手を突っ込んで、フェンディは3歩ほど噴水に近づいた。


「そう。火星型は曲者なんだ。太陽型は前者一択だけど、火星型は熱と創造の両方イケる。でも、後者に辿り着くのは超難関とされていて、挫折する魔導師が後を絶たないよ。熱の破壊力だけなら、太陽型の方が潜在的に有利だからね」


 彼はそっと眼鏡をかけなおした。


「でも問題は……その一握りにしか出来ない高等魔法が、君にかけられていたという事実にある。これは過去に君が火星型の魔導師と接触したことがある証拠だ。それもここ1、2ヶ月のことじゃない、もっと前のできことになる」

「ハイレベルな魔導師なんて……ロベルト・シューインとお宅のトンデモガール以外に接触した記憶なんか……」

「じゃあ、質問を変える。最も古い記憶で、魔道騎士団を名乗る人間に出会ったことは?」

「――!」


 一瞬、ケントの方面に現れた動揺を彼は見逃さなかった。


「……心当たりがあるみたいだね?」

「……でも、魔導師じゃない」

「みんなそう言うよ。能力を隠している人間は多い。おそらくそれは、君が就職する前の話になるんじゃないのか? 例えばそう……10歳くらいの時とか――」

「何でわかるんだよ!? あっ……」


 彼ははっとした。フェンディの冷静な表情にカマをかけられたのだと、後悔したのだ。


 広場の噴水が高く上がる。少し見え出した人の気配に、フェンディは風景に馴染むよう噴水の淵に腰を下ろした。


「ちょっと誘導尋問になってしまったね、悪かった」

「……」

「今度は僕の話をしよう。君が大事にしている、その紅いバンダナを見て、話したいことがあったんだ」


 ケントは無意識に、バンダナに手を触れた。


「僕の友達に一流騎士のクセに、金勘定までこなすヤツがいたんだ。彼とは初め敵同士で、軍人時代に戦ったライバルでもあった。一度目は18歳の時、二度目は20歳で、最後が24歳の時……ちょうど6年前ぐらいだな」

「――ん?」


 ふとケントはそろばんを取り出し弾いた。


 暗算がおかしい。いや、数字が得意じゃなくても彼の発言がおかしいことに気づく。


 だって、この青年(、、)は――


「……ちょっと待って、あんた今いくつ?」


 するとフェンディはとてもいいところに気づいたと言わんばかりの笑顔で、


「三十路ですけど、何か?」


 ケロリと言い放った。


 ケントの中で何かがピキーンッと壊れた。壊れたと同時に、世の中にはこんな犯罪的な奇跡が存在するのかと、無常観に居たたまれなくなった。


 だって、フェンディはどう見ても自分より2、3歳上ぐらいにしか見えないのに。


「よく言われるんだよ~二十歳ですかって! エステルには気持ち悪がられるけど……」

「――申し訳ございません。偉そうな口を叩きまして、はい」

「気にしないで。オッサン扱いされると……さすがの僕でも地味に傷つくから、忘れておくれ。ね?」


 少しばかり悲壮感の漂った面持ちだった。妹にどんな扱いをされているのか、想像は安易であった。


 フェンディは軽く咳払いをして、


「まあ、おっさんの自虐的な昔話に戻るとね、僕は彼の才能と思想が惜しくて、何とか味方にできないかって画策してたんだ。現に彼もナルムーンの方針に懐疑的だったからね」

「その友達も……火星型?」

「そう。僕らは何度も寝返るように説得した。そのうち彼も信頼してくれて、話は順調に進んだんだけど……ナルムーンも一枚岩じゃなくてね、敵に気づかれてしまったんだ。彼は何とか暗殺者から逃れて、僕達と合流する予定だったんだけど……」

「……だけど(、、、)何?」


 重い間が流れた。それに耐え切れなかったのか、足元をウロウロしていた鳩が一斉に大空に羽ばたく。


 フェンディは静かに、その青空を見上げて零した。


「間に合わなかったんだ。僕が駆けつけたときには、彼の亡骸が魔道騎士団によって運び込まれていた……」

「それは……暗殺者に殺されたってことなんだよな(、、、、、、、)?」


 ケントの様子がおかしくなった。


「……違うよ。処刑されたんだ。潜伏しているところを、街の人に通報されてね」

「…………」


 また噴水が、天高く上がる。


 フェンディの横目に映るケントは蒼顔であった。手足が震え、それを必死に隠そうと彼の隣に腰掛けた。


「彼が処刑されたのは、アルデバランだった」

「……」

「それが6年前の話だ。当時、魔道騎士団は今ほど大きい組織じゃなかった。その中で影火を使えたのは、彼だけだった」


 人通りが増えてきた。これ以上、ここに居続けるのもリスクが生じるだけであった。


「まあ、こんなところだ。だからもしも君が――」

「名前は?」

「え?」

「……そいつの名前」


 ケントは鋭い目つきを彼に向けた。


 フェンディはゆっくりと立ち上がって、


「ユーゼス。ユーゼス・マックイーン」


 すると、ケントは口元だけの笑いを浮かべた。


「……違うわ。俺の知ってる魔道騎士はそんな名前じゃないし、退職してバカンスに行くとかほざいてました。まったくの別人です」

「……そう。ならいいんだ。もしかしたら、同じ人物じゃないかと思っただけだから」


 フェンディはまったく埃のついていないジャケットを払った。


「戻ろうか。何でこんなところまで来ちゃったのか、覚えてな――」


 だが、彼らは物々しい気配に言葉を止めた。


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