盗賊団スターダスト・バニー その6
アルデバラン 市街地
興奮冷めやらぬ彼女達を満天の星空が祝福してくれていた――
『どこに向えばいい!?』
「このまま西へ! あなたになら、行くべき場所がわかるはずです!」
『本当だ……異様に強い魔力を感じる……!』
「はい! そこに私達の母艦があります!」
こんなに気持ちいい夜風を浴びたことがあろうか。
アルデバラン市内を疾走する亡霊なる機兵と盗賊団は、しゃしゃり出てくる魔導騎士団の雑魚にも目を暮れず、ただ前だけを見て疾走した。
その時、エステルは凄まじい速さで接近する一台の車に気づく。
修道服のベールを押さえて振り向くと、運転席には良く知る顔があった――
「キエルッ! と……フェンディ……!」
なぜかフェンディの名前を呼ぶトーンが2オクターブ低いことを、あえて聞こうとする猛者はどこにもいなかった。
車窓から見えるキエルとフェンディの顔は予想通りだ。二人とも彼女達を助けた思いもよらぬ亡霊なる機兵の存在に、目玉が零れそうな表情だ。
「フェンディ……! 俺の気が違っていなかったら、あれは確かか!? あれはラスティーラじゃねぇのか!?」
「キチガイの僕にそんなことを聞くのはナンセンスと思うけど……あれ、ラスティーラであってると思う」
「――何だ、自分がおかしいのわかってんじゃん」
「あ、ヒドい」
ともかく、自分達の目は正常らしい。
それでも抜群のドライビングテクニックでハンドルを裁くキエル。めでたく全員生還かつ伝説の亡霊なる機兵が仲間となった訳だが、窓ガラスの向こうのエステルの表情とは対照的に彼はなぜか胸騒ぎに似た感覚に見舞われた。
それを裏づけるようにフェンディが、
「これで終わるとは思えないな……」
たまに出る、考察的な面持ちで彼は呟いたのであった。
それから間もなくして、スターダスト・バニーはアルデバランを脱出した。
◆ ◆ ◆
ラスティーラ出現の知らせに、ついにユーゼス・マックイーンは星空の下に赴いた。無様にも、炎にのた打ち回るギルタイガーの体たらくに、頭巾から覗く彼の瞳は嘲笑と殺意に似た色を映す。
自分達ではどうしようもなく、茫然と立ちすくんでいた魔導騎士団は、ユーゼスの姿に気づくなり、彼に助けを求めた。
「お、おおっ!? じ、自由騎士殿だ!」
「マックイーン閣下、お助けを! ラスティーラが現れたのです。ヤツの魔法の炎は、私どもの力では消せませぬ!」
「どけ」
ユーゼスは彼らの言葉を聞いた訳でもなく、ただ己の考えの元に戸惑う群衆の中を進んだ。そして業火に絶命寸前の絶叫を上げるギルタイガーの傍に立つ。
『あ、ああぁぁぁ!? 熱い! 熱いぃぃッ!?』
「……」
溶解するギルタイガーの装甲、それはナルムーン魔導騎士団の敗北を決定づける事態であった。しかし、自国の威信を揺るがす失態を目にしてもユーゼスは眉ひとつ動かさずに、静かに片手を上げ、
「火星よ――この小賢しき炎を浄化せん」
七芒星魔法陣がギルタイガーの真上で光る。次の瞬間、彼の体は黒い炎に包まれ、不死鳥の紅い炎を一気に飲み、吸収した不死鳥の魔力をユーゼスへと送り込む。完全に同化すると炎は消え失せ、辺りは再び闇へと還った。
圧倒的な技量を目にして、誰もが言葉を失ったままユーゼスを見た。
彼は静寂を保ったまま、
「銀水晶はどうした? ギルタイガー」
『ユーゼス様……それが……まさかの――』
「盗られたのかと聞いている」
まるで自分の以上の機械に話かけているような衝撃だった。
彼から発せられる底知れない妖気に、ギルタイガーは全ての弁明を捨てた。殺されたくない一心で、ユーゼスの問いに正しく答えることに徹した。
焼けただれた痛みを忘れて、彼は、
『……う、奪われました。奴らの力を侮り、この様です』
「そうか。帰化した亡霊なる機兵はラスティーラで間違いないな?」
『左様で……ございます』
「誰だ? 我が軍の兵士と聞いているが」
『名は確かステファンとかいう……そこの石像と化した後方部隊団長、バートン・エルザの部下です』
「ほう……」
あれだけの激闘にかかわらず、石化した経理部の兵士達は無傷で済んでいた。頭に血が上っていながら、器用にもラスティーラが彼らを守った証だ。帰化したばかりにしてはなかなか要領の良さだとユーゼスも感心した。
しかし、当然ながら完全に助け出す余裕はなかったようだ。
「彼らはまだ使える。丁重に保護しろ」
「はっ」
ユーゼスに命令された魔導騎士団はすぐに数人がかりで、バートン達の移動作業に取り掛かった。
さて、まだユーゼスは彼に本題を告げていなかった――
「話はわかった。諸君、これより体勢を立て直し、ラスティーラ追撃に向かう。今後のアルデバラン師団の指揮は全て私が行うこととなった」
「し、しかし! それではシューイン団長は――」
「彼はすでに魔導騎士団団長ではない。空席分はこの自由騎士ユーゼス・マックイーンが兼任することとなる。これは大元帥もお許しのことだ」
突然の宣告に周囲はどよめくが、意見を申し立てる度胸が彼らにあるはずない。
「機動力のある連中を集めろ。数人で構わん。揃い次第、西のシリウスに向かう」
「は、はっ! み、皆の者、動け! 追撃任務だ!!」
群衆は一斉に散り、慌ててそれぞれの持ち場に戻る。
喧噪の中で、虫の息のギルタイガーはユーゼスに手を伸ばし、
『か、閣下……私は用済みですか……!?』
「その様で何ができる?」
『チャンスを……私にもう一度チャンスをッ! この失態、必ずこの手で――』
「敗者は不要だ。どの道、その傷ではもはや天装も叶うまい」
『そんな……!』
「じきに亡霊なる機兵であったことも忘れるだろう。教団にお前の居場所はない」
『……』
「さらばだ。ギルタイガー」
漆黒のマントを翻し、ユーゼスは自らもスターダスト・バニー追撃に向かった。
ギルタイガーこと、ロベルト・シューインは3日に渡り死線を彷徨った後、二度と自力で亡霊なる機兵へ天装することはできなかった。見限られた彼は教団によって再び記憶をいじられ、亡霊なる機兵であったことを忘れた。
自分が誰であるのかわからなくなったロベルトは、無気力にアルデバランを後にし、永延と続く草原を放浪したのであった。




