盗賊団スターダスト・バニー その5
アルデバラン ナルムーン国立博物館前
激烈な体当たりが、ゴーレム並みの重量を持つギルタイガーを吹っ飛ばす。揺らいだところに容赦ない左ストレート、仕上げに回し蹴り。ラスティーラの猛攻は留まる勢いを知らず、耳を貫く金属音と火花を上げて、人間達のど胆を抜いた。
獅子奮迅。
帰化したばかりとは思えない、ラスティーラの天性の戦闘センスがギルタイガーを圧倒する。地に這い蹲る、『最強』に酔いしれた亡霊なる機兵は、悪夢の再来により辛酸を舐める羽目になったのだ――
『おのれぇ……ラスティィィィラッ! またしても俺の邪魔をするのか!!』
『我が魂の化身、太陽よ。ヤツに裁きの鉄槌を下せッ!』
天に真っ直ぐ伸びた白金の腕から光の弾丸が放たれ、闇夜に巨大な七芒星魔方陣が描かれる。それは、明らかにギルタイガーの上空――
『脳天をかち割れ――《雷の鉄拳》!』
夜空に走る稲光、照準はギルタイガー。魔方陣の中央から強大な雷の塊が、一直線に落とされた。
――ドォォンッ!!
光に遅れて、強烈な雷鳴が辺りを飲み込んだ。魔力で防御するエステル達の目の前で、直撃を食らったギルタイガーが真っ黒に焼け焦げる。
前代未聞の破壊力。魔力の面だけで判断すれば、すでにラスティーラはギルタイガーを軽く凌駕している。
それを見て、エステルの胸は高鳴った。
「ただの一兵卒が……魔導騎士団団長を! 人生って奥が深いです」
「お頭、そんな暢気なこと言ってる場合っすか!? いくら何でもラスティーラのヤツ、無茶くちゃっすよ! ほら!」
今の高等雷魔法が残したのは、ギルタイガーへのダメージだけではなかった。中央通にぽっかりと奈落の底を思わせる穴、国立博物館入口の彫刻は粉々に粉砕され、面影もない。敵のナルムーン兵に負傷者が現れ、被害が拡大するのは時間の問題であった。
「これじゃ、俺らの身も危ないっす……!」
「無理もありません。帰化したばかりで魔力操作がド素人なんです。彼は元々魔力の『ま』の字も使えない人間。前世の記憶に頼り過ぎて、動きがあまりにもぎこちない」
「ぎこちない? あんだけ敵意むき出しで、虎野郎をフルボッコにしてるのに?」
「よく御覧なさい、ホットケーキ。技は派手でも、それが効果的な攻撃かは別の話――」
エステルの予言の通り、ギルタイガーが立ち上がった。
『……!』
なぜかその様子に狼狽えるラスティーラ。
ギルタイガーは傷を庇いながらも、愉快そうに笑い声を上げた。
『ククッ……その面、仕留めたつもりだったようだな。もどかしい攻撃だよ。稲妻の力が拡散してキツいのは最初だけだ』
これ見よがしにギルタイガーはボディから炭化部分を消し去った。驚くほどに装甲は滑らかで、致命傷などどこにも見当たらない。
『補助魔法……魔導師達か!』
足元でギルタイガーをサポートする魔導師の存在に、ラスティーラのサファイヤの両眼が僅かに角度を上げた。
『さすがに覚醒したばかりでは魔力操作もままならんか。時代遅れの戦法じゃ、この場を突破することなど不可能よ!』
『煩わしいシステムだ。他人に魔力を補助してもらって何になる!』
『笑止! 時代は変わった。もはや魔力を垂れ流して、暴れてりゃあいい時代じゃないんだよ――魔導指揮!』
突風。ギルタイガーと彼の魔導師達の魔力が調和する。嵐の到来に似た天候と殺気に、ラスティーラとエステル達は気圧される。
「魔導指揮! 我が主の魂の化身、土星よ。我らの力を主へ捧げんッ!」
魔導師の呪文斉唱に、ギルタイガーは肢体を地に着き、今にも飛び掛らんとする虎の構えを取った。
そして、
『協奏魔法《疾風怒涛》……!!』
ギルタイガーの琥珀の瞳が怪しく光る。刹那、彼は風音だけ残して視界から消えた。
『!?』
「消えた!?」
止まった暴風。彼の姿を闇に探したその時、ラスティーラ背中に激烈な衝撃が走る――
『うおぉぉおぉ!?』
『ッシャァァァァ!!』
砕け散るラスティーラの装甲の一部。背中に残る凄惨な爪跡。
ギルタイガーの斬撃は、数分前の彼の能力から想像し難い威力と速さを伴っていた。
変化は一目瞭然。
魔導師により風の力を得て、ギルタイガーは旋風を舞う。息もつけない連続攻撃にラスティーラは成す術もなく、ただガードに徹するのみ。
負荷の軽減こそ形勢逆転の鍵。ギルタイガーは体内に漲る余計な魔力をセーブし、魔導師によって効率的に魔力操作されている状態なのだ。言わば、魔導師とギルタイガーは魔力の共有関係を結んだ。
故に自身で好きに魔法を使うことは出来ない。しかし、彼は大きな負担であった魔力消費調整に気を使うことなく、攻撃一点に集中できる。このメリットは大きい。
鬼に金棒。いや、まさに虎に翼だ。
風の加速力を得た、ギルタイガーの猛攻にラスティーラの装甲の装甲が次々に街中に散る。まるで、血飛沫のように――
「これが魔導指揮……! このままじゃ、ラスティーラは勝てません!」
「お、お頭、どうしましょう!?」
「何としてもラスティーラには打開してもらわないと……でも今のラスティーラは、養成ギプスをつけたまま9回裏のマウンドで投球を続けるピッチャーです。私達でギプスを外したところで、延長戦でホームランを打てる力がない! 防いでも攻撃できなきゃ、いずれ魔力切れでゲームセットは目に見えてます」
まさに野球実況並の熱い解説だった。握りしめた拳の行き場に詰まり、彼女はじれったい想いで、戦闘の行く末を見守っていた。
そんな時、ホットケーキはとあることをひらめく。
「――ホームランを打つ? じゃあ、金属バットを使っちまえばいいじゃないですか!」
「そんな反則技、あったらとっくに――」
視線を正面に向けた途端、エステルの脳からネガティブなワードが消滅した。暴風の中でリーゼントを押さえながら、ホットケーキが必死に指示していたのは――移動を始めた敵の宝物車だった。
「あ……」
――あるじゃないか、金属バット!
「そうだ……何をぼけっとしていたのでしょう!? 私達!」
ホットケーキが思い出させてくれたのは盗むべきお宝、銀水晶のこと。
誰を探すために、これを奪おうとしていたのか。他でもない、今も虎の猛攻に耐え抜こうとする古の勇者――
『俺を甘く見るなッ! 我の怒りに応えろ、太陽よ――《憤怒の太陽》!!』
「殲滅魔法!? うわわわッ!? 皆、伏せて、伏せて! 《天体防衛》!!」
完全にラスティーラは頭に血が上っていた。太陽型の超高等魔法《憤怒の太陽》は、一瞬にして熱と電磁波で辺りの建物を溶解し、半径25mを灼熱地獄と化した。
射程範囲から逃げ遅れたギルタイガーとエステル達。しかし、エステルは賢い。同じく太陽型の彼女は、この魔法への対応策を熟知していた。白金のメジャーバトンに全身全霊の魔力を込め、オゾン層に似た防御シールドを展開させた。
まさに危機一髪。
さすがのエステルも、汗だくで仲間の無事に安堵した。
そしてギルタイガーはと言うと、こちらもギリギリのところで、追い風に機体を加速させて掠り傷で済んだが、自慢のオレンジと黒の装甲が一部マグマのように溶けてしまった。
魔力が安定しないのが不幸中の幸いか、人的被害はない。
だが、見境のない攻撃と未だに煮立っている傷口を見て、ギルタイガーはラスティーラへの考えを改めた。
『……貴様があの小僧だったことは忘れてやる。やっと理解した。やはり、お前は俺を殺したラスティーラなのだとッ!!』
再び吹き荒れる風とむき出しになった土が生き物のように動く。
今の殲滅魔法でラスティーラは疲弊していた。地に跪く彼を、ギルタイガーの土の刃が次々と包囲し、その装甲を貫こうと彼に襲い掛かる――
『クソッ!』
『終わりだ、忌まわしき同胞よッ!!』
土の針は執拗にラスティーラを付け狙う。雷魔法でラスティーラは針を粉砕するが、粉砕した土は風に紛れて刃となり、彼の装甲を痛めつける。
『うわぁぁぁぁ!?』
その雄叫びにエステルは焦った。
もはや、時間はない――
「皆、言いたいことはあるでしょうが……ここままじゃ、本能に取り憑かれたラスティーラとゴートゥーヘルです。合理性、第一です!」
「っす!」
「狙いは銀水晶! 魔導師部隊を蹴散らせますッ!」
かつてない闘魂がエステルを滾らせた。その可憐な少女はいつの間にか、一級の戦士の顔でナルムーン魔導騎士団に臨む。
白金のメジャーバトンをくるくる回し、彼女は奏でる――
「遥かなる我が守護星、太陽よ! 我に万物を焼き尽くす、炎の翼を授けよッ!!」
魔力の太陽光に満ちたエステルの魔法陣から、千人の兵士を飲み込んでしまうほどの巨大な炎の鳥が飛翔した。
そして、
「焼き尽くしちゃってくださいね――《天駆ける不死鳥》!!」
――見境なしはあんたもね!
というツッコミを心に秘め、ホットケーキ達は炎の鳥に続いて突撃開始。逃げ惑う魔導騎士団を一蹴して、真っ直ぐ銀水晶のある装甲車に向った。
「逃がすなッ! 追え――んな゛ぁぁぁっちっちっちッ!?」
魔導騎士団も銀水晶死守に奮闘するが、上空を旋回する不死鳥の灼熱の羽ばたきに、防御魔法を駆使しても物陰に逃れずにいられない。
さすがにギルタイガーも、この事態を無視できなかった――
『泥棒兎が姑息な真似を……!』
彼がエステルに気を取られた一瞬、その油断がラスティーラの接近を許した。
隙をついたラスティーラは、溶けた岩石を手にして、
『うおぉぉぉぉ!!』
『なんッ――がぁぁぁ!?』
顔面に投げつけた。直撃したギルタイガーがよろめいた途端、
「――! 今です、フェニックス!!」
エステルはハイエナの如くそのチャンスに喰らいつく。即座に不死鳥を呼び戻し、目標をギルタイガーの魔導指揮者へ照準を合わせ、突撃。不死鳥の炎の前に調律された魔法はあれよあれよと息を乱し、ギルタイガーの動きを鈍くさせた。
この瞬間、ギルタイガーは自分の機体の重さを2倍にも感じるのであった。
『ぐおぉ!? これが機体疲労の反動か……!? おのれぇ……手足が動かん!』
まさに魔導指揮と言うシステムの裏をかいた戦術だった。偶然の連携がギルタイガーと魔導指揮者の協奏関係を乱し、魔導師から亡霊なる機兵に送られるはずだった魔力が途絶える。彼らが軽減させてくれていた魔力消費による疲労が、一気にギルタイガーの体に反動となって現れてしまう。
諸刃の剣。歴戦の猛者でもこの反動による機能低下からは逃れられなかった。
「お頭ァァァ! 見つけましたぜ、銀水晶ッ!!」
不死鳥の炎の光を受けて、ホットケーキの両手に掲げられた野球ボールほどの銀水晶は、彼らの希望を叶えるべく闇夜に輝いた。
この吉兆、エステルをさらなる熱血にさせる。
「投げなさい、ホットケーキッ!!」
メジャーバトンを逆さに持ち、バットのように構えて投球を急かす。
これはつまり――そのやる気満々の顔に、これ以上何を聞く必要があろうか。
「ピッチャー振りかぶって、1球――」
その時、ラスティーラがエステルを振り向いた。そのドンピシャのタイミングを逃すまいと、彼は全精力を銀水晶に込め、
「――投げましたァァァァァッ!!」
一球闘魂!
彼の魂は流星となった。プロ野球選手も卒倒モンの速度で、銀水晶はバッターボックスへ。そしてバッター、エステルの超人的な動体視力は、大記録を生み出した――
「おらァァッ!!」
カキーンッ! という爽快な音が、聞こえてはいけない熱過ぎる雄叫びを掻き消した。豪快で完璧なスウィングが銀水晶をさらに加速させる。
(届け……私達の想い!)
彼女の渾身の願いに呼応し、銀水晶は飛距離を伸ばし、伸ばして――ついにラスティーラの手元――
『んぎゃッ!?』
ではなく、顔面にクリティカルヒットした。
「…………」
白ける会場。ラスティーラに睨まれるエステル。彼女はこの空気に「えへへ」と強靭なハートで笑ってみせる。
だが、材料は揃った。顔面へのダメージは地味に辛いものだが、ラスティーラのかつての一部は彼の掌に――
『どいつもこいつも勝手しやがって……! 許さん――起きろ、エンペラァァァッ!!』
握り締めた銀水晶は、一万年ぶりの魂との再会に歓喜した。激しく発光し、ラスティーラの頭上に飛翔する。次の瞬間、銀水晶は夜の太陽となり、闇夜を山吹色に染め上げた。
そして、天の光から現れたのは巨大な剣。
『剣帝』の名に相応しい、金と白金の華美な装飾を帯びた一振りのグレートソード。魔導経典にも記述がある、ラスティーラの半身〈エンペラー〉の復活であった。
魔力の流れが潤滑になった、とそこにいた魔導師達は、ラスティーラの変化に息を呑んだ。
かつての相方を手にした剣帝ラスティーラは、少し離れたところでハラハラと成り行きを垣間見ているエステル達を睨みつけて、
『おい、そこの潜りシスター! お前、太陽型だな!?』
「は、はい!?」
『ここから逃げたいのなら、俺の魔力を操作しろ!』
「え!? 魔導指揮を私が!? え、で、でもそれって、一応、け、結――」
『ずべこべ言わずに早くしろッ! やらなきゃ、今度こそは間違いなく死人が出るだけだがな……!』
聖剣〈エンペラー〉を手にした以上、ラスティーラは無駄に放出していた魔力を剣一点に集中させ、魔法の質を上げられる。ホースの先を潰すと水圧が高くなるのと同じ原理で、彼の魔法は一層力を増すであろう。
つまり、我武者羅にやられると、今度こそ被害は甚大だ。それどころか、魔導騎士団もろとも自分達も壊滅しかねない。
だがエステルは内心、この申し出には前向きだった。
何を隠そう、これこそ彼女の理想であり目標。自信に満ちた面構えで、メジャーバトンを掲げる――
「……私はこの瞬間を夢見ていました。その申し出受けましょう!」
『……!』
「太陽に愛されし我が友よ。その血脈の如く流るる魔導の源を我と共にせん。我が命と彼の命、ここに永劫なる契りを結ばん――」
エステルとラスティーラ、二人の体が太陽の熱を帯びた魔力の渦に包まれる。
いざ、その時は来たる。
「魔導指揮ッ――協奏魔法《電光石火の不死鳥》!」
山吹色の魔力光が空高く上がる。力に呼び寄せられたエステルの炎の不死鳥が、ラスティーラのエンペラーの元に降り立ち、剣と一体化を成す。
シンクロする二人の動き。エステルはラスティーラと同じく、魔法杖で上段の構えを取る。途端、巨大な七芒星の魔方陣が二人の足元に広がり、落雷を伴った乱気流を起す。
奥義級の魔法の発動気配に、ギルタイガーは現世で初めて戦くことを自覚した。
『バカなッ……こんな力が出せるはずないッ! ヤツは魔導指揮の意味すら知らなかったんだぞ……!?』
認めたくなかった。だが、直感が相手の力量を察知した。虎の本能はすでにこの場から逃走を図ろうと足腰を動かそうとしている。
『ふざけるな。今更出てきて、何様のつもりだ!? 最強は俺だ……誰が何と言おうと!』
しかし、プライドはそれを断固拒否する。故にギルタイガーは、轟々しく燃え盛る炎の竜巻の前から一歩として動かなかった。
どうなるか、わかっていても――
『終わりだッ! ギルタイガァァッ!!』
『渡さねぇッ! 最強の称号はァッ!!』
二人の亡霊なる機兵の咆哮が重なった瞬間、勝負は決した。
振り下ろされたエンペラー。その太刀の勢いに乗り、宿りし不死鳥は再び炎の刃となって、ギルタイガーとの最短距離を直進する。
2本のダガーで防御の姿勢を取るギルタイガー。しかし、電光石火の不死鳥の力は圧倒的であった。稲妻の速度で猛進する不死鳥。炎の嘴と爪はギルタイガーの防御魔法を貫通し、腹部に致命傷を残す――
『うがぁぁぁぁぁぁッ!?』
地獄の業火が彼の体を蝕む。あの強靭な装甲を溶かすほどの炎、それは紛れもなくラスティーラとエステルが成した奇跡。協奏魔法の炎は二人の性格を反映するかのように、しつこく、ネチっこく、ギルタイガーを火炎地獄から放さなかった。
火達磨になったギルタイガーは、ついに地面を転げ回りもがき苦しみ出す。
ここが頃合であった――
『今だ。逃げるぞ!』
「――へ?」
鮮やかな行動だった。ラスティーラはひょいっとエステルを肩に乗せ、残りの4人の野郎共を両手で掴み、フルスロットルで背中のマジックバーニアを噴かせる。
猛烈なスタートダッシュに、スターダスト・バニーの面々はラスティーラから振り落とされないよう必死でしがみついた。
その逃亡劇に茫然としていた魔導騎士団はやっと我に返って追撃を始めるが、それも空しく振り切られることになる。
彼らは業火を消し去ることも出来ず、盗賊を追うことも叶わず、途方に暮れた。




