盗賊団スターダスト・バニー その4
ベルローズ遺跡 地下牢
突如、スターダスト・バニーの襲撃により、運良く処刑中止を余儀なくされた遺跡調査隊の面々は、暗く埃っぽい地下深くにある独房に無理やりぶち込まれたのであった。
唯一の光源である篝火がやや激しく揺れる。岩と砂でできた壁の隙間から吹き抜ける追い風に、彼らはじっと時を待っていた。
「どうだい、何か聞こえる?」
「兵士の怒号が飛び交って、たくさんの足音がバッタバッタって感じ……でも、ちゃんと〈泥棒兎〉って言葉は聞こえる。具体的な情報は不明」
「それで十分だ。妨害魔法の力が半端じゃない。下手に出ようものなら――この通り!」
フェンディの魔法によって作られた土の手が、鉄格子をへし曲げようと力む。しかし、瞬く間に手は氷漬けにされ、四方に砕け散った。
「頼みの綱は情報収集だけ」
「――シッ。皆静かに!」
「どうしたの?」
「誰か来る……足音が近づいてる。鎧を着てるわ……上級の騎士よ」
音魔法で動物並みとなった聴覚は、階段を下りる足音をしっかりと捉えていた。
彼女の言葉に一同は顔を見合わせ、独房の奥に息を殺して身を潜めた。
しばらくして、だった。
ついに足音ははっきりと聞こえ、触覚が部屋に流れ込む空気を捉えた。奥の扉が開かれたのだと、早鐘を打つ心臓を静まらせて、彼らはその不気味な足音の正体を待ち構えていた。
そして、揺れる篝火が独房の前に立った人物を照らした。
「――馬鹿な」
フェンディは世にも奇妙な邂逅に、驚嘆した。
◆ ◆ ◆
ベルローズ広場 邪竜〈ヴァルムドーレ〉付近
「急げッ、市民の避難が優先だ! 部隊の配置が遅れてるじゃないかッ!」
「焦るでない、貴様ら! こちらには人質もいる。下手に盗賊どもも手出しは出来まい」
「し、しかし、ポンチョム副団――」
強烈な爆音が彼らの鼓膜を殴りつけた。次の瞬間、爆風が魔道騎士団に襲い掛かる。あまりの熱さにポンチョム達は砂地を転げまわりながら、
「熱ぁーチチチチチ――み、み、水水水水!? ま、魔導師部隊、何ぼさっとしている!!」
「はっ!」
水魔法を得意とする魔導師達は慌てて雨を降らせた。冷える大地にチリチリのチョビ髭を庇うポンチョムの表情が、湯気をたてて和らぐ。
――はて、くつろいでいる場合ではない。
「おのれぇッ……誰の仕業だ!? あの戦車が一体いくらしたと思っている!」
プルプルと震える指先には、燃え盛る戦車が一台。爆発したのはこれだった。だが、ただの爆破にしてはあまりにもその規模が大き過ぎた。
「――?」
彼は目を細めた。轟々と雄叫びを上げる炎の中に、不自然な影を見つけたのだ。すぐさまそれに警戒するが、彼らは影がいよいよ人の形であるとわかると飛び上がって、
「そ、総員、戦闘態勢に着けぇッ!」
「――だが、遅ぇッ!」
影はそう言い放った。途端、夜空に一発の弾丸が撃ち上がる。弾丸が夜空の星と化し、闇夜に弾け飛ぶと、
『ウッキャアァァァァァァァゲロゲロゲロンガァァァァァ!!』
「んぎゃぁぁぁぁぁぁ!? 何じゃこりゃァァァァ!?」
人間の声じゃない、言語でもない――不協和音。
全身の毛穴を全開にする、おぞましくも強烈な絶叫が広場一体に響き渡り、兵士達は視界をぐるんぐるん回転させてのた打ち回る。
魔法の使えるポンチョム達は防御魔法にて、その効果を半減させることに成功していた。酷い船酔いの感覚の中、彼はこの不気味な悲鳴の正体に勘付いていた――
「うっぷッ……この声……シャウト草の断末魔か!」
「副団長……そ、それは一体……?」
「聴いた瞬間、人間の三半規管をイカレさせる、地味だが最強の攻撃薬草だ。ええい! 魔導師部隊、音魔法だ! 聖なる歌声!!」
指揮者の如くポンチョムが手を振り下ろすと、魔導師達の喉を借りた精霊の歌声がシャウト草の断末魔を中和し、ポンチョム達を船酔い地獄から解放した。
しかし、肝心の敵がいない。辺りにはシャウト草の断末魔にダウンしてしまった兵士のみ。
「くっそ! どこだ!? どこに行ったのだ!?」
「副団長、こちらをご覧ください!」
「何――」
部下に肩を叩かれ、ポンチョムは振り返った――だが、彼を待っていたのは自慢の髭に突きつけられた銀線細工のガトリングガン、見たことない金髪のドレッドヘアの若者。
すると、彼は極めて悪人的な笑顔で、
「こんばんは~、泥棒兎が仲間を奪い返しに参りました」
「銀線細工師か、貴様……!」
「おっと。抵抗しても無駄だぜ、副団長殿。あんたらがゲロ吐きそうになってる間に、魔術妨害機を地面に打ち込ませてもらった。見てみなよ、お仲間の姿を」
キエルが示した先には地に埋め込まれた、クリスタル型の魔術妨害機に魔力を封じられ、身動きが取れなくなっている味方の姿があった。
もはや、戦える人間はいない――
「馬鹿な……たった一人で魔導騎士団を!?」
「戦力を割き過ぎたな。頼みのロベルト・シューインも、戻ってこれめぇよ」
「…………」
「さあ、吐いちまいな! ゲロじゃねぇぞ? ノーウィック遺跡調査団のメンバーはどこだ。あいつらをどこに隠した!?」
「ふ、ふははははははは!」
「な、何がおかし――」
ポンチョムの突然の嘲笑――その理由は尋ねることなく知れた。遠くから響く僅かな振動。それが何を意味しているのか、キエルにはすぐにわかった。
その表情に、ポンチョムは勝ち誇った顔で、
「間に合った……! 戦力を割き過ぎたのは貴様の方だ! 自惚れが過ぎた結果だ」
――ガシャン、ガシャン、ガシャン!
間違いない。亡霊なる機兵が3体も、猛烈な勢いでこちらに向って来ている。それも全員、重火器を装備された要塞攻略型の武装だ。
誤算にキエルは舌を打った。
「おい、ガリガリ……! やってくれたな!」
「亡霊なる機兵が団長だけだと思ったら大間違いだ!」
「だからって何が出来る。あんたは人質も同然なんだそ!」
ガトリングを彼の顔に食い込ませて圧するが、ポンチョムは不気味な笑みを返し、3体の亡霊なる機兵から目を逸らさなかった。
「何も攻撃するのは貴様でない。この遺跡の地下に幽閉されているお前の仲間……!」
「まさか――」
振り返る。亡霊なる機兵の一人が背中に背負った大砲の砲身を岩壁の下に向けた。吸い込む大気と魔力の光。計算外にも、キエルの魔術妨害機は亡霊なる機兵に効かない。
――しくった!
「ご愁傷様だ。ぺッ!」
彼は唾を吐き捨てた。
その刹那、亡霊なる機兵のショルダーキャノンが火を噴いた。魔導火炎弾は岩壁要塞に直撃し、轟音と粉塵をあげて、要塞を次々と爆砕していく。
地下のフェンディ達は――今頃生き埋めだ。
「んなははははは! 皆殺しよ! わざわざこんなところに一人で乗り込んでご苦労なことだったな」
凄惨な光景を眺めて、ポンチョムは高く笑った。この上なく愉快で、哀れな盗賊の面を拝んでやるために、改めてキエルを振り向いた――が、キエルの表情は何か違った。
「……どうした。何故黙っている? つか、どこ見てんの?」
「…………」
「もしもーしッ、おい! 壊れてんだよ、要塞が! と、友達も生き埋めだってわかってんの!? 死ぬんだぞ!?」
だが、キエルは崩れ落ちる要塞に目も暮れず、ただじっと自分の銀線細工に視線を落としたまま。
どうしたことだ。何か、魔力以外のどす黒いオーラが彼から発せられている。
その理由は極めて明解だった。
あろうことか、ポンチョムは唾を吐いた。それもキエルの大事な、大事な、大事な、大ぃ事な、ガトリングガンに――
「……おい、てめぇ。やってくれたな」
「へ? おわわわわわわ!?」
ダイナマイトにガソリン――顔の影を濃くしたキエルは、ゴリラもびっくりの力でポンチョムの胸倉を掴み、そのまま彼の体を宙に浮かせた。
じたばた苦しむポンチョムを、猛獣の眼光が刺し殺した。
「今朝磨いたばかりの相棒に何てこと……!」
「ひぃ、ひぃぃぃぃぃぃ!?」
「俺はなぁ、汚れた部屋と詰まった水周りと、その辺に唾を吐くクソ野郎が……大っキライなんだよォォォォォ!!」
潔癖症はぶち切れた。ポンチョムを虫取り網の如くブンブン振り回した末、亡霊なる機兵に向って思いっきり、ぶん投げた。
『!?』
弾丸の如く飛んでくる上官に、亡霊なる機兵達は慌てて受け止めの体勢を取るが、
「させるかアァァァァァ!!」
完全に我を忘れたキエルはガトリングの照準を彼らに合わせ、すかさずファイア!
1分間に6百発の弾丸が、容赦なくポンチョム達に襲い掛かる。
「ひえぇぇぇぇ!?」
唸るガトリング。生身のポンチョムを守るように、亡霊なる機兵の一人が盾になり防御魔法で弾丸をガード。彼の怒りと対照的に、キエルの弾丸は亡霊なる機兵の鉄壁の守りの前に悉く弾かれて、地に落ちてしまう。
『所詮、魔導師になれない人間の魔力なんぞ、この程度よ!』
「油断するな! ヤツは銀線細工師だ――」
「その通りぃッ!!」
銃撃停止。指でクイッと魔力操作――途端、地面に落ちたはずのキエルの弾丸が、発射当時の速度を伴って亡霊なる機兵の股間から脳天をぶち抜いた。崩れ落ちる一体の巨人。ポンチョムを守る2人の亡霊なる機兵にも死んだはずの弾丸か、まるで生き物のように四方八方から襲い掛かる。
『な、何だぁ――これは!?』
「魔力の時間差操作、その名も〈キスで目覚めるお姫様〉! あらかじめ魔法式を刻んでおいたノーマル弾丸を、一定の時間自由に操作できる高等技術だぜ」
『くっそぉぉ! 何てダサい名前の魔法だ!』
『防御壁が!? こんなのに負けたら末代までの恥だぜ!』
冗談抜きでぞわりとするキエルのネーミングセンスに、彼らもプライドを賭けて全力で封じに掛かる。
しかし、名前に反して数多の魔弾は、亡霊なる機兵とポンチョムを覆う球体の魔法防御壁に凄まじい勢いでアタックを仕掛ける。
弾かれても、弾かれても、続く魔弾の攻撃。最高速度で連打する破壊力に、防御壁に限界が訪れるのも遅くはなかった。
即座にキエルは銃身をガトリングからマグナムに変え、腰のカートリッジから1発の魔弾を込めた。
「銀線細工の1発目はただの実弾、しかし2発目からは何が起こるかわからない。どんな魔弾をつくり、どのタイミングで使うのか。お宅らにとっちゃ、何が起こるかわからない攻撃は恐怖――!」
ついに防御壁にヒビが入る。
ダンッ! と、マグナムが火を噴いた。1発の魔弾は真っ直ぐ標的を狙って防御壁を貫通。
『しまっ――』
刹那、魔弾は弾け、真っ白な煙が彼らを飲み込んだ。煙に触れた亡霊なる機兵の装甲はみるみるうちに凍りつき、その機能を奪っていく。
「その名も〈冷たい可愛娘ちゃん〉。気化冷凍弾だ。魔法以外で解けないよう、氷魔法に細工をしてある。食らったら自力での復活は不可能だぜ!」
――何だろう。凍るより寒い何かが背筋をかけた。
それについてのコメントを残す間もなかった。
煙が晴れると、氷付けにされた機械の巨人が2人、まるで遺跡の一部のように姿を現したのであった。
生身でも、戦える――このキエルの圧倒的勝利は、銀線細工師という人間の底力をナルムーンに見せつけてやったのである。
「……けっ、精々観光資源にもなってろっての!」
だが、本人はそんなこと気にせず、青筋を浮かべて入念にガトリングを拭く。
背後に人の気配。おそらく、フェンディ救出に向っていた仲間だ。要塞がぶっ壊されることも、彼らが幽閉されていそうな場所も全て想定済み。
そう、全て完璧なのだ――
「終わったか。さっさと、とんずらするぞ! お前ら――」
しかし、キエルはそのまま停止する。それもそうだ。そこにいたのはフェンディでもマカロン達ではなく、凍りついたチョビ髭を触る、どこかで見たガリガリのオッサンと、どこかで見た魔導師の方々9人。
「……観光資源になるのはお前だ。盛大に縛り首にしてやるぞ、この盗賊がッ!」
紛れもなく、冷凍弾にやられたはずのポンチョムと、魔力を封じられたはずの敵魔導師達であった。
立場の逆転にキエルはボソッと、
「――いや、10対1はさすがに卑怯じゃね?」
「盗賊が何を抜かす! 危なかった……たった一人とは言え、貴様はデネボラ師団から魔道経典を奪った盗賊の幹部……今度は油断しない、全力でいかせてもらうッ!」
「初めからそうしろっての! てめぇらの魔法なんざ、ジャミングで――」
「これがどうしたのか?」
ポンチョムの手に光る銀色のクリスタルに、キエルは眉を顰めた。その表情に、彼は鼻息を荒くした。
「我ら魔道騎士団が、戦闘中に指を咥えて見ているだけと思ったか? 貴様が頭に血を上らせている間に、彼らはよくやってくれた!」
杖を構える魔導師達。彼らの足元に七芒星の魔方陣が広がり輝く。
万事休す――それでもキエルの闘志が揺らぐことはなかった。
そんな真っ直ぐな瞳にポンチョムは苛立って、
「まだ楯突く気か。この魔導師のなり損ないがッ! 食らうがいい……我らアルデバラン師団、究極合体魔法! その名も――」
ドォンッ!
突如、大地が突きあがり、彼らの魔方陣が消え失せる。
地震か――いや、そんなものではなかった。何せ、今の衝撃でポンチョムの体は再び宙に投げ出された――
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!?」
地上から10mの逆バンジー。落ちたら今度こそ、顔面大破。そんなのは御免とポンチョムは空中で夢中に杖を振るが、どこからか現れた土の巨大な手が、彼の軍服をつまみ上げ、彼の体をギュッと握り締めた。
「な、なん、なん――!?」
理解が追いつかぬまま、足下では底なし沼と化した大地に足を取られた魔導師達の姿が映る。助けと求めて、次々に沼の底から手が伸びるが誰一人何もできやしない。
こんなポンチョムも、一応はベテランの騎士だ。
その経験から、これが銀線細工師の攻撃ではないことは一目瞭然だった。つまり、やったのはキエルではない。もっと別の――
「いやぁ~、やっぱり外の空気はおいしいや! いくら僕が変態でも、あんな誇りっぽい部屋にかわいい化石も無しに閉じ込められるのは御免被るよ」
「間に合ったか、フェンディ!?」
真紅のショートヘアに黒縁眼鏡。その童顔の魔導師は間違いなく、捕まっていたはずのフェンディ・ノーウィック本人であった。
呆気にとられるナルムーン勢を置き去りに、フェンディは実に愛おしそうに遺跡の土を触る。
「僕は土が大好きさ。太古の遺産を大事に保存してくれるし、作物も実らす。僕みたいに土星型は地味だけど、実は戦場だと最も厄介な存在なんだよ?」
健在過ぎるフェンディを、ポンチョムは幽霊にでも出くわしたような顔で出迎えた。
「き、貴様! なぜ生きている!? どうやって瓦礫の中から抜け出した……!?」
「オジサン、警備と言うものはザルじゃだめなんだよ? 僕を閉じ込めて置きたいんなら、全裸にして化石と一緒に鎖で縛るなりしなきゃ――」
「フェンディ、聞きたくないからやめて」
「はーい」
キエルの言葉にフェンディは大人しく、ポンチョムを掴んだ土の手を降下させる。だが、お互いの顔がはっきり見えると、敵将であるポンチョムはフェンディの放つ、腹黒いオーラに息を呑んだ。
その表情に、彼はご満悦で、
「あははは! 何で今までこれだけの力を隠してたのかって言いたそうだね? 恥ずかしながら、僕は大砲だから繊細な魔法が大の苦手なんだ。だから、周りに人がいたら大変大変! みんな巻き添えになるから、戦争に行った時だって僕は一人ぼっち。でも、ありがたいことに今は――」
パチンッと、フェンディは指を鳴らすと、七芒星の魔方陣が、彼らの命を奪わんとした生贄の祭壇の元に現れ、悪夢が消え去るが如く粉砕したのであった。
血生臭い歴史が大地に浄化されたのを見て、フェンディはニコっと笑う。
「オジサン達がみーんなやってくれたおかげで、気兼ねなく戦えるよ!」
「――え? それやったの俺――」
潔癖症を軽くスルーして、変態はチョビ髭の前で腕を組んだ。
「さぁて、名残惜しいけど邪竜ちゃんとおさらばしなきゃ。車のキーをおくれよ、オジサン。持ってるんだろう?」
「ふん! 我輩が持つわけないだろ? 下っ端と一緒にするな!」
「ふーん。そうなんだ……!」
――あ、やばい。
爽やかな笑顔の下で息を潜める魔王の気配――キエルはぞっとするあまり、フェンディから10歩も離れた。
案の定、
「もう一回、言うよ? 車の鍵はどこ?」
「知ーらーんッ! このポンチョムとて、魔導騎士団の副団長! そう易々と命乞いなどせんぞ!」
「わかった。じゃあ、自分達でなんとかするよ」
フェンディいかにも悲しそうな顔をして、手に持っていた砂の塊をぐっと握り潰した。
しかし、それが恐怖の始まりだった。
砂を握り潰した途端、肋骨を折らんとばかりに土の手がポンチョムを締め上げて、
「――んぎゃぁぁぁ!? あだあだあだあだあだあだ!? な、なんじゃ、こりゃぁ!? ぐるしいだけ……じゃない! 体が……体から力が抜けて……!?」
「養分が土に吸収されてるんだよ。この辺の土はカラッカラだから、吸収力が段違いだ!」
「お、おま……! まさか、我輩を!?」
「知ってる? 土星型は光の当たらない職業に就く人間が多い。例えばそう――墓守として遺体を分解したりとか――」
「言う言う言う言う!? このベルトのポーチの中! 金色のヤツ! あげるから! あげるからオジサンをいじめないでッ!! お願いッ!」
「わあ、さすが副団長殿! 話が早いや」
命乞いをしない――たった1分ほどでプライドも誇りも捨て去ったポンチョム。その脅えるチワワの所持品を、草食動物の皮を被った肉食獣が物色し、お目当ての鍵を見つけて嬉しそうにキエルに見せびらかしていた。
――フェンディの方が盗賊だった。
彼は自分よりも盗賊らしい変態考古学者を白い目で見た。
そんなことはいざ知らず、フェンディは強奪した車の鍵を指でくるくると回し、
「やあ、キエル! これで改めてただいまと言えるよ」
「……ああ、そう。お帰んなさい」
「いや~楽しかったぁ。ベルローズ遺跡でこんなプレイが出来るなんて、さぞや愛しのヴァルムドーレは僕に抱かれたくなったに違いないよね!」
「……」
帰ってきたら一発殴る気でいたが、キエルは腹黒さが滲むこの笑顔の前に戦々恐々とその野心を捨て去った。
「……ともかく! 仲間が上手くやってくれたみたいだな」
「へ? 何が?」
「会っただろ!? マカロン達と――」
「副長ォォォォォ!? マジやべぇっす! 他の奴ら見つかったってのに、フェンディ様だけ地下牢におりやせんッ! まさか生き埋めになっちま……って、あれ?」
まるでタイミングを計ったかのように出てきたマカロン達。別働隊はいるはずのないフェンディの姿を見るなり愕然として足を止めた。
双方の反応に、キエルもあんぐりと口を開けて、フェンディをまじまじと見た。
「お前、一体どうやって出てきたんだよ!?」
「それがまた、話すと長くなりまして……」
「?」
「ま、とにかく逃げようよ。先に逃がした僕の仲間は、今頃バニーに着いてるはずだ。エステル達がシューイン隊と戦ってるんだろう?」
「お、おう。だが、とにかく俺らはバニーに帰還する。エステル達のことは大丈夫だ。おそらく、見切りをつけて撤退――」
そう言いかけて、キエルは黙り込んだ。何やら左腕の銀線細工を気にしている。
「どうしたの? キエル」
不審に思ったフェンディ彼に問いかけた。
するとキエルは、額に汗を浮かばせてこう答えたのであった。
「銀線細工が……震えてやがる。それも何かに引っ張られるみてぇに、体が言うことを利かねぇ……!」
「何だって……!?」
それはフェンディやマカロン達が見ても明らかだった。銀色の鱗のような手甲が、一枚一枚生きているかのように共振している。それも魔力を伴い、強力な力を持ってキエルをどこかに連れて行こうとしている。
「こんなの初めてだ……しかもこの方角、エステル達のいる市内の方だ!」
その瞬間、示された方角の空に光の柱が上がった。山吹色の光の渦。考える間もなく走り抜ける突風と魔法の余波に、彼らはただならぬ事態を察知した。
「行こう、皆!」
彼らは盗んだ車を走らせた。