盗賊団スターダスト・バニー その3
アルデバラン ナルムーン国立博物館前
「ケント……! 待ってろ……今助ける!」
異常な動悸に浮かぶ脂汗。ケントの状態が危険と判断したバートンは体に鞭を打って彼の元へと駆けつけた。少し時間が経過したためか、先程よりは動きがいくぶんかマシにはなっていた。
他の経理部の仲間は完全に寝入ったまま目覚める様子もない。この状況で戦闘が始まれば、巻き込まれるのは必至。全員を戦闘区域から離脱させるためには、催眠に掛かっていないケントの自由を取り戻す他になかった。
バートンはケントに手をかざし、呪文を唱える。
「遥かなる我が守護星、金星よ。無垢なる自由の鍵を我に授けん――《魔術開錠》!」
途端、錠が解かれた如くケントの体に絡み付いていた電流の茨が消え、彼の顔色は見る見るうちに赤みを取り戻していった。
試みは成功したが、バートンは慣れない魔法の連続使用にすっかり体力を疲弊していた。
「やることは……やった……か……」
貧血を起したのか、彼は焦点の定まらなくなった視界を必死に正そうとするが、体は意に反して大きく揺れる。
その様子をギルタイガーは高みから見下ろしていた。
『おっと……忘れていた!』
琥珀の眼が対象をエステルからバートンへと移した。鋼の指先が彼へと向けられると、エステルは次に起こり得る悲劇に顔を青くして叫んだ。
「まさか――やめなさいッ!」
刹那の躊躇いすらなかった。暴虐なる支配欲は彼から人間にあるべき良心を全て灰塵とする。指先に七芒星の魔方陣が出現、その中心に集約された魔力はスパークし、無数の光の流星がバートンの元へ降り注いだ。
逃げる間もなく――光が止んだ跡には灰色の石像が数体、その場に出来上がっていた。
それは裏切りの悪夢。
味方によって石に変えられた、哀れなバートンと彼の部下の成れの果てであった。
吐き気を催す外道に、エステルは顔を険しくして吠えた。
「味方を巻き添えに……どこまで性根が腐り果てていると言うのでしょう!」
『余計なことに手を出すのが悪いんだよ。弱者は強者に従っていればこんなことにならずに済んだんだ。無論、貴様らもな!』
「あなたみたいな腐れ外道に、魔道経典と銀水晶は渡さないッ!!」
『ふん! そのうち誰のものでもなくなる。サンズもナルムーンもない! 最後はただ、もっとも強い一人の手の中に――この俺の手の中にな!』
ギルタイガーの両手の爪が拡張し、装甲から橙色の魔力光が火の粉の如く舞い散る。
彼の野心の強さにエステルは全て理解した。
もはや話すことなど、ない――
「強情さも伝説のままですね……その欲が己の身を滅ぼしたと、もう一度教えてあげ――」
「待てよ……!」
誰の声か。そのまさに強大魔法を使わんとするエステルと制止し、ギルタイガーの視線までも引きつけた声の主を、そこにいた全員は振り返った。
信じがたい光景に、彼らは息を呑んだ。
なぜなら、石化魔法にかかったはずのケント・ステファンが、どういうことか無傷の状態で立ち上がっていたのだ。
煮えくり返る腸に耐えて、彼は口を開いた。
「団長、どうしてですか? 初めから……このつもりだったんですか?」
『貴様……なぜ魔法が解けているッ!?』
「汚い行いを隠すために……証拠を消すために……隊長と俺達を呼び出して……!」
『だとしたら何だというのだ? 俺の質問に答えろ、貴様は誰だッ!』
「――ああぁぁぁぁぁぁッ!!」
彼の雄叫びに、大気が激震した。
魔力ゼロ――それでは説明が着かない事態となった。エステルの知る限り、攻撃的な魔法を防ぐ手段は防御魔法にしかない。それを使えない以上、彼が石化から復活するのは不可能なのが論理だ。
しかし、ゆっくりと前に進む彼の体には、煙のような山吹色の光が見える。その光は僅かに混じる黒い光を掻き消さんとばかりに増長していた。
ふと、エステルは、指揮棒が震えていることに気づく。
「何なの? こんなのまるで……まるで……あるとしたら彼は……! いや、まさかそんなはず――」
エステルは自分が彼に対して口にした言葉を思い出す。彼女の勘を裏づけるかのように、ケントの顔つきは別人と化していた。
鋭い顔つき、溢れる気迫、無常の哀しみを知る瞳。
この事態にギルタイガーも動揺を隠せず、
『うざってぇ……! 俺の前から失せろッ!!』
指から一本の爪をケントの心臓目掛け弾丸の如く発射したのである。
だが、動物の勘は正しい。瞬時にケントの前にギルタイガーと同じ七芒星の魔方陣が現れ、彼の音速の爪を跳ね除けた――
『馬鹿な、防御魔法だと!? お前、一体……!』
その奇跡にエステルは身震いした。
取り憑かれたかのように、ケントは右手を顔の前に掲げる。彼の手の甲にも七芒星の怪しい光が、新たなる運命の指標を描いた。
「何故だ……何故あんなに戦ってわからない……!」
その呟きを掻き消す、彼を中心に吹き荒れる嵐と雷。心に秘めし灼熱の怒りに呼応して、彼の潜在能力が歴史を動かす――
「魂の輪廻よ、我が身に宿りし鋼の記憶を目覚めさせん。我が名に応えよ。我の血肉を時の彼方に捧げる――」
七芒星、強大なる魔力を解放し、彼の魂を時の彼方にある彼の体と結びつけた。
「天装――ラスティィラァァァッ!!」
咆哮に爆風が突き抜ける。
防御魔法で皆を守りながら、エステルは目の前で起こった奇跡から一秒足りとも目を逸らすことはなかった。
これは〈帰化〉現象。
かつて亡霊なる機兵であった人間の魂が肉体になされた封印を解除し、鋼の姿に戻る魔法儀式。数多くの事例がサンズにも報告されていた。
だから、彼はまったくの無意識だった。
魔力を見せない亡霊なる機兵ほど、帰化した時の力は底を知れない。
見よ。太陽の光から生まれ出た、あの白金と黄金の装甲を。ギルタイガーが虎なら、彼は皇帝だ。機械と言う鋼を通して現れた、武勇の達人――
「ラスティーラ……?」
新たに現れた白金と黄金の亡霊なる機兵は、エステルが夢にまで見た最強の戦士、〈剣帝ラスティーラ〉。魔道経典に名を連ねる亡霊なる機兵の筆頭であった。
この瞬間、エステルは自分の運命に感謝した。