愛しき人は記憶の中に その2
《オークションホール》
「――おシノさんッ!?」
倶利伽羅が悲しい音を立てて床に落ちる。倒れ落ちようとしたシノをホットケーキが咄嗟に支えるが、背後から鳴り響く不愉快な笑い声に彼らは業を煮やす。
2階席を見上げると、やはりそこにいたのは変わり果てた奇人――パウロ・セルヴィーの姿があった。
『なぁ~にがお涙頂戴ダ! 馬鹿馬鹿しイ! おかげで倶利伽羅は汚いゴキブリどもの手の中ニ……あぁ~ヤダヤダ、触りたくなイ』
スピーカーから流れて来たのは悪魔の声――いや、血に飢えた狂人の冷やかしであった。
だが、十数分前とはあまりにも違い過ぎるパウロの姿に一同は絶句した。
「エステル……何なんだ、あいつは!? あのピエロ野郎か!?」
まるで墓から蘇った骸骨。人間らしさも、人形らしさも失った、鋼鉄の骨組みと木の根の筋肉が像を成すターミネイターに、これから始まる惨劇を予期するのは容易かった。
「……キエルの姿が見えない……まさか何かあったんじゃ――」
キエルの姿を探すエステルに、パウロは激しく真赤なカメラアイを点滅させ、鋼の顎関節をカタカタと動かした。
『エステルた~ん、付き合う友達は選ばなきャ! あのチンピラなら、今頃外で魔導騎士に串刺しにされてるヨ!』
真赤な双眸を点滅させ、パウロは機械と木の根の横隔膜から嘲笑を吐き出した。
これ以上、この耳障りな笑い声は聞くに堪えない。ここで勝負をつけなくては――その憤怒がケントの魔力を解放する。
「――ぶっ殺す! 行くぞ、エステル!」
「承知ッ!」
ろくに動きやしない体に鞭を打ち、ケントは黄金の魔法陣が輝く右手を、丸見えとなった夜空にかざす。
「天装――ラスティィィラァァァッ!!」
咆哮は憤怒を形に変える。吹き荒れる気流と立ち昇る炎の渦、その中心から現れた白金の装甲を持つ機兵。気高き一角の下でサファイヤの瞳が凛々しく、激しく闘志を燃やす。
その華麗なる復活にエステルのアドレナリンは最高潮だ。亡霊なる機兵、ラスティーラは惨敗の屈辱を乗り越えて、再び剣帝たる威厳をこの場にいる者達に知らしめた。
そのド派手な登場に、パウロは疎ましげに奇声を発した。
『己ェ……死にぞこないがァァァァ!』
嫉妬心むき出しでカサカサと指を動かし、彼も売られた喧嘩は買う所存だ。
熱源センサーを最大にし、悪魔の眼光は長らく伸びているカナトを見下ろした。
『カァ~ナァ~トォ~! 寝てる暇じゃないんだヨ――起きェェェェェッ!!』
パウロはトラウマ級の身体を大きく屈折させ、ホールの天井へと大ジャンプ。そして、気絶中のカナトの顔面横10㎝の地点に、超サディスティックな寝起きドッキリをかましてやったのだ。
ドッカーンッ! と爆発に似た音と振動に、カナトは飛び起きた。
「――んぎゃァァァッ!?」
顔を切るような風圧と瓦礫の破片に嫌でも脳みそはシャキッと正される。さらに彼を覗き込むターミネイターの眼光に、何やら大事件勃発の知らせだとカナトは顔を真っ青にした。
「だ、団長!? な、何でその恰好――」
何が起こったのか聞く暇も与えられず、彼は容赦なくパウロに胸倉を掴まれ、
「カナトォ! 天装ダ、コンダクトだヨ! さっさと魔力を寄越セッ!」
「ゲフッ!」
軋む機械の両腕に、その場に叩き落とされた。
もはや彼が脳みそまで全身機械なのか、改造人間なのか、エステル達にとってどうでもいい問題となった。
肝心なのは亡霊なる機兵同士の戦いでどちらが勝ち残るのかということ――
「天装――ネルマイヤァァァァッ!!」
パウロは鋭くその右手を天にかざし、かつての名を叫んだ。
無機質な機械の身体が、突如、生命力漲るレモンイエローの閃光を発し、凄まじい乱気流が巻き起こす。
「噂に聞く、最強のノーネームですか! ガラクタ市場にプレミア付きで出展してやりますよ、ラスティーラ!」
『望むところだ!』
――絶対勝つ、死んでも勝つ。
互いの弱さをフォローしてこそ、魔導指揮の意味がある。弱さを無価値と切り捨てる、あの性悪ピエロに見せつけてやること二人は心に誓う。
光の中から現れた亡霊なる機兵〈ネルマイヤ〉は、ターミネイター化していたパウロのイメージとは一転して、まさに木星型のフォルムだった。レモンイエローのメイン装甲に、カーキのフレームとグレーの可動部。鋼の装甲に血管の如く樹木の根が張り巡り、頭部はピエロ帽のようにツインのデザインで、右肩に花のモチーフをした大型レーザー砲を備えていた。
ずいぶんかわいいじゃないかと、エステルとラスティーラは、若干の失笑を心の中に仕舞い込むが、よくよく見ると元の装甲と木の根が張り巡らされた部分は、なぜかちぐはぐな感じが否めなかった。
その表情を読みよったのか、魔導指揮に臨むカナトが、
「ミス・ノーウィック、バカにするのは良くないね。団長は前世、ノーネームの機兵であったが、今はナルムーンの誇るべき技術の結晶だよ」
キリリと彼は眼鏡の位置を整えた。
エステルは大層バカにしたような表情で、それを笑い飛ばした。
「お宅のソリストは装甲が湿ってるんですか? 樹木が私達の炎に勝てると思っているんですか?」
「思ってるさ。団長は木星型を極める余りに、生身の肉体を失った。その代償に、彼は現世において歴史に名を刻む存在と化したのだ……そうですよね、団ちょ――」
『ギェェェェェ――ッ!!』
お馴染の奇声が、さらにパワーアップしている。
前置きが長いと、細い木の根が伸長し、カナトの頬を思いっきり殴った。「あんッ」っと言う気色悪い声に、エステルとラスティーラの足は自然と後ろへ下がるが、ネルマイヤの力を甘んじているわけではなった。
『カナト! さっさと魔導指揮しロッ! 全員串刺しにして養分を吸い取ってやル!』
「エ、エステルたんはだめですからね!」
途端、カナトとネルマイヤの魔力が同調。一本一本、木の根がネルマイヤの装甲から宙に伸び、血塗られた千手観音のような体を成していた。
「ケント――先手必勝ですッ!」
『おおッ!』
売られた喧嘩は倍の値で落札。巻き起こる炎と雷の旋風に、ホットケーキ達は生死を彷徨うおシノを担ぎ、頑丈な入口の扉の陰に身を潜めた。
右手の拳に猛烈な電流を纏い、ラスティーラは飛翔。一気に勝負をつけようと、敏捷性を駆使した身のこなしで、間合いを詰めた。
格闘戦の気配に、ネルマイヤも黙ってはいない。
『容易く近づけると思うなヨッ、カナト!』
「木星よ、あの者に天誅を下さん――《千樹千眼抹殺の極意》!」
カナトの手指揮に、草木の生命は力を彼らに捧げる。七芒星魔法陣がネルマイヤの足下に出現し、樹木系攻撃魔法魔法《千樹千眼抹殺の極意》が発動。背中から生え出ていた木の根の千手が、凄まじい勢いで飛び出し、一斉にラスティーラに襲い掛かる。
「お触り厳禁です! 《電撃感応》!!」
エステルが指揮棒を振ると、拳の電流が増長し、ラスティーラの全身を覆う。超好感度センサーとなったそれは、ネルマイヤの木の根の動きを機敏に察知し、反応速度を通常の倍以上にも向上。紙一重のタイミングで、ラスティーラは次々と串刺し攻撃をすり抜ける。
その華麗さにネルマイヤは舌を打ち、
『小賢しい害虫メッ! ならバ――』
木の根が数本単位で収束される。敵の間合いと取った瞬間、ラスティーラの足元を払うように、木の束が猛烈なアタックを仕掛けてきた。
『ちいッ!』
すかさずバク天でラスティーラはそれから逃れるが、着地後、背後から迫る殺気に肝を冷やす。後ろに回った木の束は一瞬のうちに散開、制空権を取られてしまったのだ。
まさに死の鳥籠――打開策は一つだけだ。
『焼き尽くすぞ、エステルッ!』
「はい! 《宙を裂く太陽の咆哮》!」
黄金の光が七芒星の魔法陣を描く。その中央をラスティーラは雷の籠った拳で殴りつけると、炎の槍が出現。瞬く間に襲い掛かる木の根を地獄の業火の餌食とした。
しかし――突如、鋭い痛みにラスティーラは膝を落とした。
『がはぁッ!?』
信じがたいことに、すでに敵の攻撃を受けていた。木の根が火炎をものともせず、ラスティーラの腕と足の関節部をピンポイントで貫いたのだ。
「ケント!? 炎が効かない……なぜ!?」
冷たい汗を振り落とし、エステルはラスティーラを見上げる。すると白金の装甲に付着する不自然な水滴――それこそ魔法のからくりだった。
「水蒸気――水魔法か!」
木星型の副属性に水星型を持つ人間は多い。生命の営みの中でこの両者は補填関係にあるため、比較的副属性の習得がしやすいのだ。それ故、カナトほどの腕になれば、複数属性型の魔法を繰り出すなど朝飯前の芸当である。
水魔法を併用している以上、炎一択での攻撃は困難。ならばと、エステルの脳裏には次なる魔法式が描かれた。
「ならば、その弱点を突くだけ!」
メジャーバトンにエレキを滾らせ、強烈な雷魔法を奏でるべく、それを振り上げるが、
「遅いよ、ミス・ノーウィック!」
雷魔法は想定内、そんな物言いでカナトはすでに次の手を打っていた。何とラスティーラの関節部に一斉にカビが生え始めたのだ。
『なっ――うがぁぁッ!?』
それは木の根に貫かれたままの傷口周辺。ラスティーラは必死に木の根を抜こうとするが、あろうことか、根は逆針を出し、その体内に留まろうとする。
もがいても、もがいても、関節を射抜かれたラスティーラはすでに木偶人形だった。
鼻につく錆臭さ。その臭いにエステルは彼の体で起こっている次なる悪夢に青ざめる。
「まさか、腐ってる!? 装甲が腐敗してるのですか!」
正解に、ネルマイヤの笑い声がホールに響く。
『その通りだヨ、エステルたん! 大抵みんナ、千樹千眼抹殺の極意をド派手な技で焼き切るカ、剣で切断しようとか考えるんでネ、その対抗策は当の昔に完成されてるんだヨ! だよなァー? カナト!』
「はい、団長。ラスティーラの装甲はもって5分です。そうすれば手足が腐り落ちる。ただのプラモデルとして、大広場にでも飾ってあげましょう」
『うム! 次のイベントはジオラマ大会じャッ! キエッヘッヘェ――ッ!!』
狂瀾怒濤の触手攻撃。串刺しにされたラスティーラは、ネルマイヤの思うがまま、床に壁に叩きつけられ、大ダメージを被ることとなった。
「陰湿オタクどもめ! これでも食らえ――」
エステルが音魔法用の笛を加えた時だった。どこからともなく湧き出たツルがその手を掴み、加勢を妨害した。
「これは、まさか!?」
見覚えのあるツルにエステルは自分の甘さを痛感した。おそらく、カナトが吹っ飛ばされた折、まき散らしたのだろう。
もう一度、炎で焼き払いたいところだが、ラスティーラへの援護で身動きが取れない。
「これが実戦経験ってヤツだよ、ミス・ノーウィック。 残念だけど、あと4分は黙っててくれないかなぁッ!?」
鞭のごとく新たなツルが彼女の体躯を打ち、首や足に絡みつく。
「くっそッ……!」
ここで殲滅魔法を使えば、逆境からの脱出は可能だが、あまりにもリスクが大きい。一旦、ラスティーラとの魔導指揮を打ち切ることは、身動きの取れない彼が丸裸同然となる。
それだけは避けなくては――だが!
「――金星よッ、あのクソ野郎をぶち破れ!」
「何だと!?」
「《女神の寵愛》!!」
乱入者の声、それは結界をなんとかして攻略したキエルの姿だった。カナトが振り向いた時には、黄金の流星が視界を駆け、散弾。巧みな弾道で金色の魔弾は降り注ぎ、ラスティーラを拘束する、ネルマイヤの千手を全て切り落としたのだ。
これで2発目。急激な疲労感に立つこともままならなくなったキエルは、すぐにホール外の通路へと飛び出し、ネルマイヤの敵意から逃れる。そして、次なるハプニングを想定し、彼はギリーから渡された、疑似天体防衛発生器を使い防御の態勢を作る。
彼の予想は的中。楔がなくなったエステルは、もはや誰にも止めようがなかった。ラスティーラがネルマイヤの魔の手から逃れたのを確認するなり怒りを爆発させた。
全身に業火を纏い、彼女は叫ぶ。
「全員身を伏せて――《憤怒の太陽》ァァァ!!」
『し、しまァァァ――』
灼熱の怒りが、体現される。鬼の形相でエステルは、ホール一帯を炎の海と化した。天井のないホールと越え、夜空に上がる火柱に、城外に締め出された魔導騎士は顎が外れる勢いで口を上げ、呆然と立ち尽くしていた。
ネルマイヤから解放されたラスティーラは間一髪、天体防衛でホットケーキとマカロンを猛烈な火炎から守り通した。
『大丈夫か!? マカロン、ホットケーキ!』
「すまねぇ、ケント! 危うく、焼マカロンになるところだったぜ!」
勇ましきサファイヤの瞳にマカロンが感動を覚える一方、シノを支えるホットケーキは複雑な心境だった。
「俺達が足手まといにならなければ、こんなことには……!」
誰にも聞こえない悔しさに、彼は拳を震わせた。
だが、それもつかの間。
「――《絶対天体防衛》!!」
猛火の中で聞こえた呪文、それは終わりの見えない戦闘を意味していた。
収まり行く炎の中で垣間見えた、強力な防御魔法が放つエレキ混じりの青白い半球光。その中心にいた、カナトとネルマイヤの健在な姿にエステルは愕然とした。
『惜しかったネェ~エステルたん! もうちょっと火力が強けりァ、君の想いで私達は真黒焦げにできたのにネ~!』
「バカな……そんなッ!」
カサカサ指を動かすネルマイヤの傍らで、カナトは涼しげに眼鏡を拭く。
エステルは気づいた。この場で一番先にやらなくてはならなったのは、ネルマイヤではない。このカナトというキザに夢見た隠れオタクなのだ。
絶対天体防衛はエステルとて、万全のコンディションでなければ上手く発動はできない。あの不意打ちで、それも亡霊なる機兵ごとごと、この超高等魔法を展開できる彼の力量は恐るべきものだ。
加えてこの余裕――隠れオタクどころか、隠れボス。天装できないとは言え、やはり魔導騎士団の名は伊達ではないらしい。
気に入らない現実に、エステルは唇を噛んだ。
毎度ながら絶体絶命。しかし、前回のシヴァ戦の時よりはマシだと、ラスティーラの闘志は全くぶれることはなかった。
『エステル! 怯んでる暇はない……行くぞッ!』
「……承知!」
体の芯から引き締まる機械の声に、彼女も顔つきを変えた。
だが、まさに彼女達が魔法を発動させんとした時――
『いいのかナ? それデ……!』
「なん――」
鋭い風に、エステルの体は自然と防御壁を張った。途端、強烈に防御壁が殴打される感覚が体を襲う。一瞬でも気を抜けば、踏ん張りが外れる荷重――今にも押し潰されてしまいそうな圧力に抗って、エステルはその攻撃者を見上げた。
そして、絶句した。
「ケント――どうして!?」
『俺が聞きたいよッ! ぐ、ガァァァァァ!!』
エステルの防御壁に拳を振り下ろしたのはあろうことか、ラスティーラであった。抵抗する彼の意志を完全に無視した鋼鉄の体躯は、無情にも第2撃を彼女の頭上に振り落とした。
ホットケーキ達が言葉を失う中、エステルはその原因に勘付いた。
カビだ。さっきよりも色の濃いカビが、ラスティーラ関節部を侵食していたのである。
味方同士の悲劇的な戦いに、ネルマイヤの陰湿な笑い声が反響する。
『傀儡魔法《賞味期限切れの肉体》! 腐食効果は目晦ましダ。カビ達の真の力はこれだヨ! 敵の体内に入り込み、神経を乗っ取ル……残念だけド、もはやラスティーラはエステルたんの味方じゃなイ!』
『――逃げろ、ホットケーキッ!!』
ラスティーラの声に、ホットケーキ達ははっとする。数秒後、ラスティーラの猛烈な拳が、彼らの真横の床を砕き、すかさず立ち往生していたマカロンを掴んだ。
「ギャァァァ!?」
「マカロン!?」
鶏冠頭がさらに逆毛立つ。突如味方に握り潰されんとする状況に陥ったマカロンは、悪戦苦闘し、何とかしてその手から逃れようとするが、ネルマイヤに操られたラスティーラの手はびくともしない。
まるで喜劇だと、その光景にカナトは笑い声を立てた。
「お笑いですね、団長!」
『キエッヘッヘェ! 戦場はコミケと一緒だよ? そんなお荷物背負ってくるかラ、強者の列から弾きだされるんダ! 身軽じゃなきャ、本当に欲しいものは得られなイ!』
「そう……本当に強い者以外は、魔導騎士団にはいらない」
カナトは怪しく眼鏡を光らせ、手を掲げる。
「代替品にしてやるから――そのゴミを捨てちまえってッ!!」
手指揮は暴虐な音色を奏でた。マカロンを握ったラスティーラの腕が高く上がる。
「お、お頭ァァァ!?」
自分に何をさせるつもりなのか、その残酷な仕打ちにラスティーラは焦った。悲痛な叫びをあげるマカロンを自分の掌から逃すべく、彼は必死にネルマイヤの傀儡魔法に足掻くが、腕に鉄のパイプでも入れられたかのようにビクともしない。
『ク、クッソォォォ!!』
起こり得る戦慄の瞬間に、盗賊達の血の気は失せた。最優先事項はマカロンの救出、それを考えればエステルが取るべき行動は明白だ。
サファイヤブルーの瞳を怒らせ、ラスティーラは、
『俺を燃やせ、エステル! じゃないと、マカロンがヤバい!』
「で、でも!」
『いいから! エ、エステル頼む……! 今の俺じゃ、何も――』
その時、己の手に力が籠っていることに、ラスティーラは震撼した。マカロンの悲鳴が上がる。肺を潰しかねない圧力で、彼の身体を握りしめ――直下に叩きつけようとその手を振り下ろしたのだ。
「いけないッ!」
夢中でエステルは指揮棒を振るが、もう遅い。
最悪だ。マカロンの命も、ケントの心も、壊れてしまう――そう、彼女の本能が未来を予期したが、
「――倶利伽羅ァッ!!」
その声に、目先の光景が真紅の焔に飲み込まれた。自分の魔法ではない。何者かの炎魔法がラスティーラの鋼の巨体を燃やし、傀儡魔法の効力を弱めていたのだ。
『ぐ、あぁぁぁぁぁッ!?』
「ケント、マカロンッ!?」
だが、エステルは違和感を覚えた。咄嗟にマカロンを見るが、彼は炎の中にいるにも関わらず、苦しみの表情一つ見せていない。むしろあるのは驚きである。
その隙を突き、緩んだラスティーラの掌からマカロンは脱出。すがりつくようにホットケーキの背後に隠れた。
そして、この奇跡を呼んだ功労者姿に、エステルは言葉にならない感銘を受けた――
「あなたは……!」
視線の先に立っていたのは、パウロに撃たれたはずのシノだった。




