オークションをぶち壊せ! その6
《オークションホール ロビー》
もう夢に出てきそうな光景だった。しばらく安眠できそうにないと、トラウマに弱いデリケートな心に鞭を打ち、疾走中のキエルは背後を振り返った。
すると、
「キェェ――!? 何で相手が貴様なんだよォォォォ!?」
ピエロの仮面は憤慨していた。凄まじい機械の足音を立て、怒りマークが浮き彫りの形相で、パウロは腹部機関銃を付き出し、吹き抜けた空間一杯に乱れ撃つ。
かつて極悪人と恐れられた、キエルでさえビビるこの狂気。浴びせられる怒涛の銃撃を奇跡的に切り抜け、キエルはただ生きることを考えて迷走した。
「もうヤダッ! こんなサイコ野郎!」
自慢の金髪ドレッドヘアを振り乱すし、かれこれ半円状のロビーを半分ほどダッシュした。これからモギリ地点を越えて、ヤツを彫像などの展示物が多いエントランス付近まで誘導するつもりであるが、
「チンピラは削除ダ、社会のゴミダ! 社会の清浄はホールの清掃かラッ!」
ウィーンと耳に届く嫌な音は、破壊神は更なる悪夢の始まり。
一体どれだけの引き出しがあるのか――激昂したパウロは、なんと機械の足の内蔵ローラースケートを展開。これまた尻のあたりに備え付けられたブーストを吹かし、レーシングカーもびっくりのスタートダッシュで追撃を始めたのである。
そのメカ過ぎる反則技にキエルは顔を彫像のように歪め、悲鳴を上げた。
「マジでェェェ!? クッソ!」
レース中のサーキットに飛び込んだ気分だ。
これ以上の逃亡は困難と判断したキエルは、咄嗟に側方のクロークカウンターを乗り越えた。1秒後、パウロが瞬時に通過。一つ違えればキエルは轢き殺されていただろうが、自分のツキを振り返る暇などない。
獲物を逃したパウロはすぐにブレーキを掛け、エントランスの大階段を大ジャンプ。踊場に降り立つと、すかさずUターンをかまし、悪夢のエンジン音を唸らせた。
――ここでやりあうしかない。
キエルは左手に装着された、銀線細工のガトリングガンに魔力を注ぎ込む。
だが、その時、「ヒュ~」と花火に似た音に、彼の動物的本能は赤信号を発す。
「ヤバッ!?」
ドレッドヘアが逆立つ。彼は無意識にクロークの奥へと逃げ込んだ。その直後――クロークのカウンターにロケット弾が着弾。カウンターを木端微塵に爆散させた。
間一髪、棚陰に隠れたキエルは無傷で済んだ。髪や洋服に付着した木屑と埃を払いのけると、炎の奥から「キエヘッヘッ!」という耳障りな笑い声がした。
「生きてるナ~生きてるだろウ? しぶといナァ――このゴキブリガァァッ!」
ピエロの眼球がレンズを伸縮し、熱源を補足。フィニッシュとならなかったことに苛立った彼は、掌を縦に開き、第一関節がパカッと開門させた。
まさに全身凶器――それは五本指内臓マシンガンの銃口であった。パウロの怒りの咆哮と共に、両手の五本指マシンガンを荒々しく発射。炎の向こうのキエルを掃討すべく、弾丸のシャワーで清めてやるのだ。
「キエッヘッヘェェェェッ!! 肉をそいで骨だけにしてやるヨォォォォッ!」
サーモグラフィーに映る人型の熱源はまだ消えない。
何かに身を隠しているのか。だが、彼を取り巻く物質は木製の物品のみ。マシンガンを乱射していれば、弾丸が肉に食い込みのは時間の問題だ。
5秒、10秒、15秒――
「……あレ?」
かれこれ30秒経過。銃口の温度上昇も気になるところだが、それ以前にまだキエルの生命反応は途絶えない。
――おかしイ。
ピエロの仮面の瞳が対象箇所へとピントを合わせる。その分析データによれば、当の昔に彼が身を潜めるクローク棚は貫通し、蜂の巣になった盗賊がいるはずなのだ。
何がどうなっているのだと、パウロは銃撃を止めた。自らクロークを覗き込もうとするが、背中に走る魔力反応に彼の首は180度回転する。
そのあり得ない首の向きが捉えたのは――何と、
「残念だったな――今日は粗大ごみの日だぜッ!」
いるはずのないキエルの勇姿だった。彼の銀線細工のランチャーから、グレネート弾が炸裂。見事な照準でパウロの背中に着弾したのだ。
「キ、貴様……! な、なぜそこにいルゥゥゥッ!?」
急所を得たのか、爆炎を上げたパウロの身体にエレキが走る。黒いローブとプラム色の帽子は燃焼し、パウロの真の姿が露わになろうとしていた。
だが、そこで攻撃を止めるキエルではない――
「てめぇをエステルの元には行かせないッ――遥かなる我が守護星、金星よッ!」
それは、銀線細工師の最終手段――魔法の発動。キエルが最もヤバいと踏んだ時以外使わない、奥の手中の奥の手である。
白銀のランチャーが、魔力を得て黄金に輝く。その形状もノーマル時と比べ、重量感と質量を増し、金星の加護に魔力が一層高まる。
スコープが展開。彼は勝負に出た。
「哀れな鉄屑を土に還せ――《女神の寵愛》!」
一回で立つのもままならない。生まれつきの極少魔力を振り絞って、キエルは渾身の一撃を繰り出す。ロックオン、すかさずトリガーを引く。発射の反動に体は芯から揺れるが、それに釣り合わないほどの強力なビーム砲が黄金のランチャーからぶっ放される。
「しまッ――キエァァァッ!?」
聖なる光が清々しい貫通音を奏で、邪悪の根源、パウロの背に風穴をあけた。 星々のような光がパウロの頭上に降りしきると、残りの力を吸い取られたのか、ガクンと彼は膝から崩れ落ちた。カウンター魔法防止の反魔法粒子である。
「やったか!」
スコープからキエルの晴れやかな顔が上げられた。だが、その表情に反して、彼の手元は激しく痙攣し、次弾を撃つことはままならなかった。
下手したら全身麻痺にまで陥りそうな気配である。とは言え、パウロは完全に沈黙した。これであとはケントとエステルを助けに行くだけなのだ。
「ギリー特製〈熱源晦まし玉〉が役に立ったぜ……ギャレットで戦ってなかったらどうなってたことやら……」
彼はサイドポーチからピンポン玉状の魔法アイテムを取り出し、深いため息をつく。ギリーが対パウロ用に持たせてくれた魔法道具の一つであるが、キエルが想定していたよりも、その効力は緻密で強力であった。
まさか、最新鋭のサーモセンサーを騙せるとは驚きだ。
「……ん?」
炎の熱にスパークを繰り返すパウロ鋼の身体に、キエルは肝心なことに気づいた。
彼は、パウロは――改造人間ではないのか?
「どういうことだ――これじゃ人形だ。こいつはファントム・ギャングのはずじゃ――」
こんなに呆気ないはずがない。騒めく直感にキエルは武装をランチャーから切り替えるが、僅かな物音に顔を上げた。
妙な雰囲気だ。だが、相変わらずパウロの残骸は目の前に放置されたまま、何も変化はない。
《女神の寵愛》の微かな残光が鮮やかな黄色を帯びていくこと以外は――
「違うッ!」
獣が逆毛立つように、キエルは白銀のショットガンをパウロに向けた。肺を圧するプレッシャーに危機が乱れる。なぜならパウロの残骸を覆う魔力光の色は、キエルの物ではなかったのだ。
案の定、爆散した機体がカタカタと震えはじめ、レモンイエローのオーラがもくもくと立ち昇る。
そして、撃ち抜いたはずのパウロの胴体から――寄生虫の如く木の根が這いずり始めたのだ。
「――キエッケッケ!」
蘇る悪魔の嘲笑。
沈黙していたピエロの仮面がカタカタと歯を鳴らし、胴体から飛び出した木の根の触手が、砕けた肢体を拾い上げいるではないか。
キエルが感じたのはこの驚異的な生命力だ。伊達に死人続出の改造手術に耐えた男ではない――魔導騎士団団長パウロ・セルヴィーが恐れられる謂れはこれであったのだ。
「この、調子に乗るなよッ!」
動揺は彼に無駄弾を撃たせる。マグナムを連射するが、白金の魔弾は悉く木の根に叩き落とされ、その魔力に液状と化した。
唖然とするキエルに、パウロは高々に笑う。
「キエッヘッヘッヘ! 残念でしタ~私はファントム・ギャングとしての能力を極めるために、生身の肉体とおさらばしてたんでスゥ~! まさにフルメタル・ジャケットなのだヨッ!」
「黙れ、このサイコキラーが!」
苛立ちのまま発砲。マグナムの弾丸がピエロの仮面を叩き割る。パキンと音を立てて転がる仮面――その下から現れたのは世にも不気味な鉄の骸骨の赤い眼であった。
「……!」
本当に、彼の命は機械の装備を着ているようだ。
木の根は鋼鉄の身体を引き寄せ、縫合し、元のパウロの形を再現させる。機械のパーツに血管の如く張り巡らされた木の根は、まるで肉体で言う血管だ。どこかにパウロの本体である核があるのだろう。養分を送り出すように、木の根は内部から湧き出る魔力に脈を打っていた。
実にグロテスクだが、人体模型のような外見で蘇ったパウロは、先ほどよりも侮りがたい力を有していた。触感をを掠める禍々しき魔力の強さに、キエルの額は汗に塗れる。
「驚いたカ? これが私の正体ダ! 何度壊そうト、木の根が私に命を与えてくれル!」
「金星と木星の複合技術……製作者は魔法の使える工学バカらしいな!」
「ご名答ダ! ここはオタクの聖地……野生のプロしかいないんだヨ!」
骨のようなパウロの手が草木を指揮する。すると、会場の観葉植物が光と共に一斉に以上成長を始め、天井を貫いた。その木肌やツルから出現した強力な防御結界が、ホールの入口を遮断してしまったのである。
「なっ――」
レモンイエローの光――おそらく天体防衛に似た防御魔法だ。この状況から推測するに、あのレモン色のバリアを攻略しなければ、ホールの中へ戻ることはできないだろう。
完全に仲間から分断されたと、キエルは舌を打つ。
「さっきの魔法で力をずいぶん使ったんだろウ? 極少魔力の銀線細工師がよくもやったくれたものだヨ!」
「この野郎ぉ……!」
その時、複数の足音が聞こえた。はっと背後を見れば、銀色の鎧に黒マント――ナルムーンの魔導騎士がエントランスの大階段を駆け上がってきた。
今まで嘘のように静まり返っていた理由はこれだ。パウロとの戦闘でキエルの魔力消耗は必至。彼が窮地に立たされる瞬間を、魔導騎士は息を潜めて待っていたのである。
「最期のお相手は彼らに任すヨ……まずは勝つことが最優先だからネェッ!」
木の根の触手が、壊れたパウロの右手を機械神経とドッキングさせる。次の瞬間、息を吹き返したように、五本指の銃口が開門――一斉砲火がキエルを襲った。
パウロの魔力が尽きない以上、内蔵マシンガンは球切れ知らず。弾丸の豪雨が大理石の床に破片の飛沫を立て、キエルを右往左往と走らせた。
「――こんのッ!」
黙ってやられるわけにはいかない。
キエルは咄嗟にサイドポーチから別の機械玉を取り出し、起動スイッチを押す。その瞬間、青白い半球体の光に彼の身体は覆われ、マシンガンの銃撃をものともしなくなった。
ギリー特製秘密兵器、〈人工天体防衛発生器〉である。
「まだ終わっちゃねぇぜ!」
一秒たりとも隙は与えない。彼は振り向きざまにマグナムを発射。3発の銃声が上がるが、もはやパウロの攻撃対象はキエルではなかった。
パウロは彼が反転するのと同時に、バネのような機械の足を稼働し、彼は2階席通路へ跳び上がった。標的を失ったマグナムの弾丸は機械熱が残る床に虚しく着弾。冷や汗を滴り落とし、キエルが2階通路を見上げれば、機械の人体模型が悪夢の笑い声を上げた。
「ご愁傷様! 貴様の相手は彼らに任すネ!」
「待てッ! てめぇ、逃げんな――」
しかし、突然の雷撃に追撃は断念される。キエルの人工天体防衛を激しく揺らし、総勢15名のほどの魔導騎士が、彼一人に総攻撃を仕掛けてきたのである。
シナリオ通りの展開に、パウロは自分の役目を見切った。
「さてさて、エステルたぁ~ん! もう我慢ならなイ……元帥に取られる前にイチャコラしなきゃ気が済まないヨォ~キエッヘッヘッヘェェ!!」
不気味な笑い声と後味の悪さだけ残して、パウロはホールの中へと消えた。
奥義魔法の使用で、著しく体力が低下しているキエルは多勢に防戦一方を強いられるが、
「やるしかねぇ……!」
退路もなければ死ぬ気もない。
一刻も早く仲間を助けに向かわんと、彼は装備をガトリングへと切り替えた――




