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ブレイブ・ギャンガー ―星屑の盗賊団と機械の巨兵―  作者: 藤白あさひ
第3章 お宝はミザールにあり!
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オークションをぶち壊せ! その5

《オークションホール 客席》


「――ケント!?」

「よそ見をしちゃダメだよ、ミス・ノーウィック!」


 茨の鞭がエステルの足元を掠める。素早い身のこなしで、彼女はカナトから距離を取るが、魔法の構えを見せる度に、どこからともなく生え出た草木が、彼女を切り裂かんとうねりを上げた。思わず舌打ちをしたくなる、仕込み様だ。


「あなたも木星型……お似合いです! 見た目からして草食系ですもんねッ!」


 皮肉たっぷりの毒を吐いても、足下の草木は枯れやしない。メジャーバトンから放たれる電撃は、完全に魔法のツルを焼き切ることができずにいた。


「無駄だよ! ホール全体に僕の魔法が込められた種が撒かれている。僕の命令一つで、彼らは自由自在だ! 例えば、そう――」


 客席を飛び交い、エステルは通路に着地する。だが、その瞬間を客席の綿に仕込まれていた悪魔のツルが、獲物の気配にクッションを突き破り、エステルの身体に絡みつく。


「しまっ――」


 その遅れが命取りとなった。

 次々と客席のクッションが突き破られ、数多のツルが彼女の腕や太腿、そして胸に激しく絡みつき、締め上げた。

 苦痛に歪むエステル。気合で引き千切ろうとする彼女の姿に、ニヤつきを押し殺した、極めて変態紳士的な視線が眼鏡の奥から向けられる。


「《蔓の独占欲(ヴァイン・エンヴィオス)》――こ、これがホントの触手プレイ……!」


 逆光に眼鏡を光らせ、カナトはその言葉の甘みに酔いしれた。歓喜のシチュエーションに己が欲望をむき出しにした彼は、掌を鞭の取っ手でペシペシと叩き、舐めるようにエステルを眺めた。

 その表情にムカッとなったエステルは、歯をむき出しにして吠える。


「団長がアレなら部下もコレですか! この変態、ミザールなんか二度ときませんッ!」

「間違っちゃイケないよ、エステルた――じゃない、ミス・ノーウィック! 紳士的な変態であるからこそ、僕は君の魅力を最大限に引き出せるのさ」

「――認めたよ、この眼鏡」

「さて、大人しくしたまえ。じゃないと……僕の茨が君の身体をバラバラに切り裂くことになるよ!」


 カナトの目つきが険しくなった途端、絡みつく茨が牙を向く。肉に食い込み、骨が軋む。エステルはそれを防御魔法で軽減させようとするが、思うような効果が得られない。


「――う、ああッ!!」


 魔力を強めれば強めるほど覚えのない疲労感に体は蝕まれる。それこそ、カナトの術中であった――


「諦めなさい。僕の茨は君の魔力を養分に強度を増す。素直に負けを認めて投降するんだ」

「おのれ……! 嫁に行けなくなったら損害賠償してやりますッ!」


 その言葉に、カナトははっとした。


「そ、そこまではしないよ! だって、もったいない! 君は貴重な貧乳美少女なんだ!」

「!?」

「だ、団長と一緒に保護すべき対象って決めたんだ……だから、その、君はもっと自分の価値に自身を持つべきだと僕は思うよ!」


 カナトはあわあわと慰みに似た言葉でエステルを落ち着かせようとした。

 しかし、変態眼鏡から覗く世界に異変が起こる。何やらすこぶる邪気に似たオーラがエステルから放たれている。それにつれて、空気がやたら暑い。むしろ熱い。


 その時、


「――今なんて言った?」

「え?」


 幻聴か。エステルの言葉に魔の声が被さる。

 嫌な予感にカナトが恐る恐る彼女の様子を窺う――すると、彼女の身を拘束する魔法植物が、ジュワッと蒸気を発し、火に炙られたかの如くくったりとし始めたのだ。

 そして肝心のご本人はと言うと、魔界から何かを召喚したのか、ご自身がそうであったのかは知る由もない。だが、熱気に紅髪を揺らめかせ、青い瞳をナイフのように光らせているのは確かだ。


「今、何と言ったのか……聞いているのだ……!」


 ――あれ? これ、怒ってらっしゃる?


 脂ぎった汗と震えが止まらない。

 気迫の餌食となった哀れな変態紳士に、魔王は荘厳たる覇者のお言葉をくれてやる。


「あなたは……我が乙女のプライドに凄惨たる傷をいれた……! その罪、許すまじ!」

「いやいやいやいやッ! あの、違うんです……!?」

「あるのが当然だと思いやがって――ぶっ殺しマスッ!!」


 もはや魔王の魔力は感情と一体。エステルの怒号に呼応して、炎の渦が天井を突き破るり、満天の星空が少々遅い夜の挨拶をしてくれた。あまりの凄まじさにカナトは歯をむき出しにし、鼻の穴を全開のまま硬直した。

 言うまでもなくカナトの植物は全て灰燼と化し、エステルは自由を取り戻す。「見たか!」と、メジャーバトンを肩に担ぎ、顎を突き上げれば気の小さい野郎は彼女の前に立てたもんじゃない。


「女心も分からぬチェリーの分際で、私に盾突くんじゃないですよ……! 女性はNGワード一つで誰でも魔王になれると覚えておきなさい!」


 タダの罵倒のつもりが、カナトは酷く狼狽していた。顔を真っ赤にし、ぐうの音も出ない彼に、図星でよかったとエステルはある種の安堵感に見舞われる。違ったら、違ったで色々と複雑な心境である。


 何にせよ、このブレザー眼鏡を早急に片づけなくてはならない――


「植物の種も全部ポップコーンにしてやりました! さて、どうしますか?」


 シュッとメジャーっバトンの切っ先が風を切り、カナトに向けられる。

 思わぬハプニングで形勢は振出に戻ったが、彼は落ち着きを取り戻し、


「……勢いで潰せると思わないでよ、ミス・ノーウィック。ホールの外にも植物はいるし、それに――!」


 カナトがパチンと指を鳴らすと、不穏な音だけが木霊した。レモンイエローの閃光に、空気を伝う繊細な魔力の流れ。全てに警戒したエステルが迎え撃つ構えを見せると、彼はピンポン玉くらいの球体浮遊物を三つほど作り上げていた。


 目を凝らし、それが何か見極める――すると、エステルは気づく。


「……カビと苔ですか?」

「そうさ、空気中にいくらでもいる僕の仲間。木星型はこういう連中も操れるのさッ!」


 やはり陰湿だが、ドン引きする間もなく、カナトの動きは速かった。苔とカビの球体がクルクルと軽やかに宙を舞うと――突如、加速。弾丸の如くエステルに遅いかかる。


「何度やっても同じですッ!」


 巻き起こる炎の渦。地獄の業火が完全にエステルを取り囲み、攻撃をシャットアウト。鉄をも溶かすその火力にカビ玉は瞬く間に消滅した。

 何とも府抜けた攻撃か。いや、違う。カナトの表情は微動だにしていない。 

 何かある――そう彼女が怪しみ、攻撃を仕掛けんとした時、


「――やっぱり攻撃魔法じゃないんだね?」


 カナトが嫌な笑みを浮かべた。


「木星よ、草木の生命力を知らしめん! 《苔植物の爆竹(プランツ・クラッカー)》!!」


 先の攻撃は小手調べか。数多の火の玉がおどろおどろしく出現するように、苔玉は湯気に似た魔力を伴い、宙を漂う。大きさを一回り増したその数は先の十倍もくだらない。

 一斉砲撃の気配にエステルは旋風を巻き起こす――案の定、彼女の動作をトリガーに苔玉は一気にエステルを撃ち抜かんと爆発的な加速で直進した。行く手を阻む熱風のかまいたちに即座に八つ裂きにされるが、苔の生命力はそれで終わるものではなかった。

 己を取り巻く竜巻の外側に霞がかっている。


「――まさか!?」


 直感に冷や汗が流れる。即座にエステルは旋風に炎を流し込み、残りの苔玉を全て焼き払った。

 正解だ。彼はまるでそんな顔でエステルを見た。


「よく気づいたね! 息を吸ってたら肺が腐り落ちてるよッ!」


 カナトは駆けだした。そして勢いよく手にした茨の鞭でエステルの足元を狙うが、俊敏なエステルの回避行動に床を打つに止まる。だが、その一瞬のうちに、彼はさらなる苔玉を練りだし、次々とエステルを狙って弾き飛ばした。


「おのれ……陰険眼鏡め!」


 エステルは苛立った。

 空気が動けば苔は拡散する。つまり風魔法は逆効果だ。

 選択すべき戦法はただ一つ。十八番の熱魔法を思いっきりヤツに噛ましてやる、それに尽きる。

 再び炎の渦が彼女を包み、襲い掛かる死の苔玉を燃焼させた――だが、これでは問題は解決しない。カナトの手元にはすでに同じ弾数で次弾が用意されているのだ。


「ちいっ……!」


 このまま炎魔法を続けたところで、守れるのは自分だけ。立ち位置からカナトを焼き殺せる範囲にまで渦を拡大しようものなら、ホールが崩れてしまう。仲間への巻き添えを防ぐため、攻撃系の雷、炎魔法が展開できる範囲は現在の半径10mが限界なのだ。

 だが、そうは言っても、防御を重ねれば重ねるほど取りこぼした胞子が、向こうで戦う仲間達へと飛んでいく。

 そんな彼女の考えを読んだのか、カナトはステージの方へと走り出し、反転――風上を取ったのだ。焦った時には遅い。これでエステルが風魔法を使えば、腐食胞子を孕んだ気流がキエル達の元へと動くこととなる。

 メジャーバトンを握る手が軋む。言わば仲間を盾にされたのだ。


「さぁ! 悪足掻きは終わりにしよう!」


 ラストスパート。カナトは胸もポケットの真紅のバラを引き抜き、その香りを嗜む。すると、彼の茨の鞭にバラの花が一気に咲き乱れた。


「《美しき憎しみの薔薇(ブラッド・ウィップ・キネンシス)》――苔玉もおまけだッ!」


 苔玉と紅薔薇の鞭のコンビネーション。カナトが鞭を地に叩き付けると、苔玉は先ほどよりの滑らかな動きで縦横無尽に飛び回り、エステルを取り囲んだ。


「ワンパターンなんですよッ!」


 飛び回る苔玉を完全燃焼させるため、エステルは攻防一体の炎の渦を拡張し、高速回転させる。まき散らした火の粉を、苔に着火させようと画策するが、その無意識がカナトに隙を許してしまう。

 耳を突く鞭の音に、彼女は苔に気を取られ過ぎていたことに気づく。その途端、カナトの鞭から舞い落ちた真紅の花弁が、熱された気流に巻き上げられ、あろうことか、炎に焼かれずに彼女の襲い掛かって来たのだ。


「こっちが本命ですか!」


 薄らと真紅に輝く檸檬色。防御魔法を施され、硬化した花弁は言わば刃の弾丸だった。風と炎を切り裂き、エステルの手足を狙う。


 ――燃やす時間がない。


「この!」


 回避が最優先――しかし、その行動もカナトの予測通りであった。踏み出した途端、その足元に鞭が打たれ、エステルは動きを殺される。

 やられた! と後悔した時には、薔薇の花弁がエステルの腕を切り裂いた。白い腕を伝う彼女の血液にカナトは勝ちを確信し、眼鏡を直す。


「君の血は貴重だ、ミス・ノーウィック。だが、大人しく掴まってくれない以上、次は掠り傷じゃ済まない。本当に――」


 しかし、カナトは追い詰められたはずのエステルの表情に言葉を止める。

 そこにあるのは無念ではなく、「さて、次はどうしよう」という一種の余裕に近いものであった。ここまで来てまだ隠し球があるのかと、カナトは警戒心を最大にし、微量な魔力の変化も察知できるほど気を研ぎ澄ませた。


 すると、


「やれやれ……思わぬ展開です」


 エステルは首にかけていたネックレスのチェーンを引っ張った。現れたのはペンダントにされた、小さなホイッスル。彼女はそれを口元に運び、カナトに不敵な笑みを送る。


「炎じゃ遅いし狭いってことですよね――だったらッ!」


 ピーピッ、ピッ、ピッ、ピッ!

 最後のリズムにカツンッとヒールを鳴らす。それは反撃のファンファーレ。ホイッスルの音が起こした奇跡に、カナトは戦慄に似た感情を覚えた。

 音速――その名の通り、視覚化された音の波紋がホール全体に広がり、あらゆるものを共振させる。


「お、音魔法だと……!?」


 ホールの隅々まで張り巡らせた魔法結界が崩壊していく気配に、カナトははっとした。エステルの奏でた音は、ホールの空気に漂う腐食胞子を全滅させていたのだ。

 汗ばむカナトに、エステルは反攻の笑みを浮かべた。


「基本3大要素をお忘れですか? 風、光、音……魔導師なら誰でも使える要素ですよ?」


 音は空気を伝う。その特性を利用し、誰一人傷つけず、かつ、より広範囲の腐食胞子を空気中から完全除去したのである。初めから使えと言いたくなる完璧な打開策であるが、彼女には使いたくない理由があった――


「見様見真似なので、まだ開発途中なんですよ。でも、制御できない魔法とは言え……大型魔法が使えない今、出し惜しみしている暇なんてありませんからねッ!」


 つまり奏者本人にも何が起こるかわからない魔法。

 だが何にせよ、ホイッスル音はカナトに不運を呼び込んだ。

 シャラリとエステルは真紅のボブヘアを弾ませて、


「容赦しませんよッ――《気ままな狂想曲(ジャック・イン・カプリッチオ)》!!」


 ガンッとエステルの魔法杖が床を殴る。その荒々しき音が作り出した攻撃は、波紋でなく直進型の音塊――音の大砲だ。


「バカなァァァァ!?」


 無論、生身で音速から逃れる術はない。逃げることもできずに、カナトの腹部に見えない力の拳がクリティカルヒット。衝撃の勢いでカナトはホールの壁に叩き付けられ、力なく床に墜落した。

 通常の音魔法でこれほどの物理的攻撃力を叩き出すのは至難の業だ。威嚇や精神攻撃で使えれば十分と言える弱小要素のため、普通の魔導師なら見向きもしない分野ではある。

 だが逆に、ここまで化けさせることができるからこそ、エステルがいかに平凡からかけ離れている存在である証拠なのだ。


「ふぅー!」


 これで邪魔者は一人消えた。次はキエルの加勢に入るかと、エステルは壇上に目を向ける――が、


「……あり?」


 目を点にして首をかしげたくもなる。

 なんとさっきまで激闘を繰り広げていたはずの二人の姿がない。

 それもそうだ。白熱していたエステルは気が付かなかったが、見境なし過ぎるパウロの暴走にヤバいと思った彼は、形勢逆転のチャンスを求めてホール外へ逃走したのである。


 無論、パウロごと――


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