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ブレイブ・ギャンガー ―星屑の盗賊団と機械の巨兵―  作者: 藤白あさひ
第3章 お宝はミザールにあり!
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オークションをぶち壊せ! その3

《オークション ホール》

 さて、競りの勢いは増し、会場は熱気に包まれていた。


「さぁ、これより最後の競売――伝説魔法剣の《炎帝倶利伽羅》のお目見えになりますが、その前に……我らが主催者、魔導騎士団団長パウロ・セルヴィーより皆様へご挨拶を申し上げます!」


 沸き起こる不愉快な拍手に、観客席のエステルは眉をひそめ、パウロの再登場を待った。腕時計を見る――午後8時45分。あと15分ほどで全ての行程が終わる予定だが、何やらその気配がしない。時間のずれ込みはこちらにとっても命取りだ。

 表情を隠すため、退屈そうに両手で頬杖をつき、チラリと下手側を見る。さっきまでいた魔導騎士が出てこない、おそらくケントが待機している証拠だ。そして、化粧のチェックをする振りをして手鏡を覗けば、音響室に一人、ドレッドヘアの男が増えている。キエルだ。隣の職員を脅して、様子を窺っているに違いない。


 準備は整った。

 視線を壇上に戻すと、パウロが出てきた。

 驚くことに、あれだけ狂気染みたピエロが、まんまと常人の皮を被り、スポットライトを気持ちよさそうに浴びているではないか。

 彼は奇術師の如く一礼し、マイクを取った。


「会場の皆様、本日はお越しいただき誠にありがとうございます。楽しんでいただけましたでしょうか? 今年も白熱した競売であったと、主催者として非常に喜ばしく思います」


 やはり魔導騎士団団長の座は伊達ではない。あの語尾がカタカナに聞こえる妙なイントネーションもなく、完璧な社交的スピーチだ。観衆は才能あるエンターテイナーとして、パウロへ賞賛の目を向けている。

 会場全体が敵に見える。いや、そう考えた方が正しいのかもしれない。

 何にせよ、勝負は倶利伽羅の競りが始まった瞬間だ。エステルが再び団上に目を向けると――身の毛もよだつことに、ピエロの仮面がずっとちらを見据えているではないか。

 エステルの額から汗が流れ落ちる。その音が聞こえでもしたのか、パウロはやや興奮した様子で再び口を開く。


「さてさて! 残念ながらドゥーベ海戦が原因で、昨年より出展数が減っており、物足りない思いをしている参加者も少なくないはずです。そこで、提案があります……私から、皆様に出展したい品物が一つございます」


 パチンっと、パウロが指を鳴らす。

 すると幕が上がり、パウロが言った新たな競売品が姿を現すが――その正体に、客席のエステルを始め、15番扉裏のケントと3階音響室のキエルから血相が消えた。

 その反応は当然だ。

 幕の下から現れたのは、絞首台を思わせる13階段。その頂上には飼い犬のように首輪に鎖を繋がれ、処刑人のような大男二人に手綱を握られたホットケーキとマカロンのぐったりとした姿があった。


 同時に沸き起こった、会場のどよめきにパウロは陶酔したような絶叫で、


「私からの出展はこちら――泥棒兎の絞ォォォ首権でスッ!」


 悪魔のエンターテイメントを、誇らしげに披露するのである。


「――!?」


 この事態に盗賊団3人は戦闘の構えを見せるが、


「おっと、エステルたぁ~ん! 動いちゃメッ、メッ!」

「この腐れピエロ……!」


 観客達の視線が集中する中、奇術師のおちょくりに歯を食いしばった。

 本気の殺意に満足したのか、パウロの恍惚とした唸り声がスピーカに流れる。


「ん~良い顔ダ。実に萌える表情ダ!」

「きっ……!」

「けど、それ以上動いたら僕は競売を中止にしなきゃならなイ――皆様、ご覧の通り泥棒兎が会場に入り込んでいまス! だが、安心してくださイ……彼らは動けなイ。なぜなら、彼らを地獄へ送る魔法のスイッチを私が持っているからでェェェスッ!」


 突き上げられた拳に握られていたのは、ゲームのコントローラーに似たスイッチ。非情な歓声に、パウロの仮面の口がカッカッカッと歯を鳴らした。


「さあ、クライマックスと行こウ! 最高額を叩き出したものに、最高の快楽をプレゼントしてあげるヨッ! 無論、まだ潜んでいる兎も含めてネ……!」


 パウロの声に一斉に客席の扉が開かれる。出入口から魔導騎士を引き連れ、入場したカナトは勝ち誇った顔で閉ざされたままの15番扉を見た。


「団長、あと2羽追加ですね! 1羽は音響室、もう1羽は――15番扉の裏だッ!」

「イエス、我が星(マイスター)!」


 魔導騎士の軍靴が、手負いのケントに迫る。だが、彼も黙ってはいない。劇場観客席への通路は一本道かつ密室。その構造を利用しない手はなかった。


「見つけたぞ、ステファンッ!」


 魔導騎士は彼を見るなり、抜刀し一斉に斬りかかる。怒涛の突撃に絶体絶命に追いやられるはずが――彼はその一団を見るなりニヤリと笑ったのである。

 その理由を考える間もなく、魔導騎士の足元が止まる。突如ケントが死角から取り出したそれ(、、)に、彼らは自分達が犯した最大のミスに気付く。

 鈍く輝く銀線細工のバズーカ――釣られた魚とは彼らのこと。手柄に目が眩み、どうしてここで飛び道具が来ることを想定していなかったのか。


「お宅ら忘れ過ぎ! 俺だってナルムーンの軍人だってのッ!」


 万弁の笑みでスコープを覗き、トリガーを引く。ファイヤ! バズーカは激しく反動し、特大の一撃を吐き出した。気ままな弾道を描き、弾はまっすぐ魔導騎士の元へ――


「た、退避ィィィ!?」


 軍の事務職は、事務職の軍人なのだ。

 魔導騎士に魔法で応戦する猶予などなかった。無理だとわかっていても、狭い通路を我先にと逃げ出すが、一秒も立たぬ間に弾丸は凄まじい爆音を立て、着弾。エレキテルが狭路で荒れ狂い、魔導騎士達の全神経を捉えて離さない。気が付けば数多の魔導騎士がピクピクと全身を痙攣させ、ぐったりと伸びていた。

 一丁上がりと、ケントは満足げにバズーカの銃口を外した。


「お仕置き版《雷の茨(ライトニング・ゾーンズ)》! 正座1時間分の痺れに全身に回る代物だ! 30分は身動きが取れないから寝てなさいね」


 思えば、ケントが初めて食らった魔法がこれである。加害者は言うまでもなく赤毛の跳ねっ帰り娘であるが、あの時の体験を思い出すと自然と顔が強張る。


「しかし、これ1発1万5千マニーとは……飛び道具ってムリ。不経済にもほどがある!」


 そうボヤキながら彼は弾丸を装填し直し、15番扉を蹴破った。

 突入開始。

 開けた視界に、飛び込んだのは舞台上のパウロ。すかさずロックオンし、気味悪いピエロのマスクを粉々にしてやらんと、ケントはバズーカをぶっ放す。直後、弾は命中し、火炎の大華が咲く。ケントは迷わず隙を突き、下手の宝物庫へと駆け出した。

 唖然としていた観客達は、とうとうエンタメの括りに収まらない事態に、一斉に逃げ出した。それこそ、泥棒兎の狙い通りとも知らずに――


「待ってたぜ、ケントッ!」


 音響室に潜んでいたキエルはガラス窓をランチャーで破壊。扉を破り、流れ込む魔導騎士団と入れ違いに、観客席上のシャンデリアにフックワイヤーを発射し、飛び移った。


 このままパウロに止めを刺し、エステルとお宝を連れて逃亡する――それが段取りであったが、シャンデリアの上でキエルは足下より注がれる不気味な視線に冷や汗を流す。

 ふと壇上を見下ろせば、爆炎ものともしないピエロの両眼がほくそ笑んでいたのである。


「猿回しガ! 調子に乗るんじゃなァァァァイッ!!」


 バズーカの砲撃をパウロは防御魔法《天体防衛(オゾン)》で完封していた。即座にお得意の腹部機関銃をさらけ出し、銃口をシャンデリアへ。次の瞬間、激情に駆られたピエロの虐殺行為も辞さない一斉放火が始まったのである。


「げっ――ヤバッ!?」

「キエェェェェェェッ!?」


 スプリンクラーの如く、空間一杯に弾丸のスプラッシュ。絶え間ない猛攻撃の中、数発の銃弾がシャンデリアのワイヤーを撃ち抜いた。


「キャァァァァ!?」

「しまっ――」


 観客の絶叫と共に、キエルの体に襲い掛かる浮遊感。一般市民すら巻き添えに、絢爛豪華なシャンデリアが観客席へ落下したのだ。

 だが、足下のエステルは黙っていない。


「キエル飛んでッ――《天駆ける不死鳥(ラッシュ・ザ・フェニックス)》ッ!」


 突如、炎の不死鳥がシャンゼリアを貫通。灼熱の炎が降りしきる金属とガラスの破片を蒸気へと還す。

 予想通りの鮮やかなお手前に、すでにシャンデリアから着地していたキエルは安堵した。

 エステルは逃げ遅れた観客を守りながら、天体防衛(オゾン)でシャンデリアの残骸を木端微塵にしたのだ。その表情は炎に勝る憤怒。ホールを熱気に満たすべく、彼女は気高く羽ばたく炎の不死鳥を旋回させた。


 邪魔者は退散した。これで思う存分戦える次第である。


「愚民どもが……さっさと外に逃げなさいよ! 邪魔なんデスッ!!」


 赤毛の魔法娘はイライラ丸出しで、毒を吐き捨てた。さらにさっさと出て行けと、九死に一生を得た一般市民にガンを飛ばしまくる。

 様々な意味で凄まじいエステルの暴れっぷりは、弱者を追放するにとどまらず、後方で出方を窺っていた魔導騎士団に突撃を躊躇させていた。


「仕方なイ……!」


 まず、潰すべきはエステルたん――パウロが機関銃の照準を彼女に合わせた時であった。彼のサーモセンサーに警報が鳴る。下手側に敵反応。


「――またハエカ!?」

「これでェッ!!」


 どさくさに紛れて下手に回ったケントが、再び銃口を向けた。回避行動に出るが、バズーカの砲火の方が早い。

 やむなしと、パウロは防御態勢をとるが、仮面の分析装置が瞬時に割り出した弾道に、不意に行動を思いとどまった。


「ヌヌ!?」


 弾丸はローブを掠りもせず、パウロを通過。この後ろにあるものなど――一つしかない。

 刹那の間、すでにカナトはその狙いに気づいた。


「まさか!? 気でも違ったか!?」


 そのまさかだった。ケントが狙ったのはホットケーキとマカロンが立つ、13階段。清々しいほど派手な爆音を上げて、絞首台は業火に侵され、崩壊を始める。


「うぁぁぁぁぁ!?」


 轟音にホットケーキとマカロンの悲鳴が飲み込まれる。彼らは首に鎖を巻き付けられたまま処刑人諸共、地獄の底へと突き落とされた。

 ――これが最期か。

 サスバトンに繋がれた鎖が首を締め上げるのか、はたまた、剥き出しの鉄パイプに突き刺さるのか――それはわからない。わからないが、彼らは浮遊感に見舞われた刹那に、2体の死体がスポットライトに照らされることだけは知っていた。


 しかし、重なる2発の銃声が絶望的な結末を覆す。ジャラリと切れ落ちた鎖の感覚とネットに落ちたような安定感。渾身の力で瞼をこじ開ければ、巨大なシャボン玉の中に自分達がいると気づく。


 その視線の先には二丁拳銃を構えたキエルがいた――


「《移り気な僕の彼女達ガールズ・ウェザー・エモーション》! 奮発してやったぜ?」

「ふ、副長!?」


 目頭が熱い。キエルが2丁拳銃の銃口にふっと息を吹きかける、その姿がやたらにじんで見えるのはシャボン玉の反射のせいだと、二人はこみ上げる気持ちを押さえつけた。


「シャボン玉は戦闘から遠ざけます! キエル! 何としても蹴散しますよッ!!」

「承知! あのキチガイピエロに目にものを見せてやる……!」


 エステルの風魔法が2人を下手の脱出口付近に運ぶと、盗賊達はついに正面衝突の気構えを見せた。エステルは後方のカナト、キエルは正面のパウロと対峙し、これ以上にない闘志燃やし決闘の時を待つ。


「ミス・ノーウィック、今からでも遅くはない……身の安全のために団長に従いたまえ。そうすれば、君のために特上寿司を出前しよう。無論、食べ放題だ」

「寿司三昧ですって……!?」

「釣られるな、エステル! どうせ一貫100マニーのヤツだ! あんなの寿司じゃないッ!」

「黙レ、モジャ猿! エステルたんの声が聞こえないだろうガッ!!」

「モジャ……!?」


 パウロは凄むが、キエルも負けてはいない。ドレッドヘアをモジャモジャ呼ばわりされたのが気に障ったらしく、今にも発砲しそうな形相だ。

 しかし、パウロはそんな彼を気にも留めず、落胆のため息をついた。


「興醒めダ。せっかく最後の競りは僕の見せ場だったのニ……酷いヨ、エステルたん! これじゃ恥ずかしくて――この婚姻届のサインなんか書いてもらえないヨ」

「――貴様、次に私の名を口にしてみろ。私は今までの猫を全て破り捨ててでも、灰燼にしてやる……!」


 パウロが徐に取り出した一枚の書類は、魔王を降臨させた。濁った漆黒の瞳に、血筋をピクピクさせるヒロインの顔。あれは敵を殲滅するまで、魔界に帰るつもりはない感じだ。

 しかし、パウロは鈍感にもマイペースを貫く。


「お気に召さないかイ? 私はコレクターとして最大の敬意を君に払っているのニ……」

「人が嫌がることをするなと、学校で習いませんでしたか?」


 その嫌味に、彼は気持ち悪い笑い声を上げた。


「だったら、エステルたんも同じダ!」

「はぁ?」

「――人の物を盗むなと、お母さんに教わらなかったのかイ?」


 冷や汗が落ちる。遅かった。

 ピエロの両眼はまさに倶梨伽羅を運び出そうと舞台袖に侵入した、ケントを捉えていた。


「ちッ!」

「逃げなさい、ケントッ!」


 パウロの口が愉快そうにカタカタと音を立てた。対峙して思い知る敵のプレッシャー、その強大さに彼は奪還を諦め退却を試みるが――パウロはすでに新たな刺客をケントに放っていたのだ。


 舞台袖に突如現れた別の魔導師の気配。反射的に彼女が踏み出した瞬間、ケントがいるはずの部屋から競売品が倒れるような物音が聞こえてきた。


 すでに舞台袖では戦いが始まっている。これで3対3だ。


「ケント……!」

「人の心配をしている場合じゃないよ、ミス・ノーウィック。僕を倒さなきゃ、あとの二人を助けにも行けないんだから」


 その気取った物言いに、エステルは正面に立ちはだかるブレザーの少年を睨んだ。

 冴えない地味な顔だが、インテリ臭を出そうとやたらキザな仕草で眼鏡を直している。非常に腹立つ相手であるが、紛れもなく彼がミザールの№2なのである。

つまり、大陸でもトップクラスの魔導師なのだ――


「確かに、誰かが負けたらそれまでですね……うちも、お宅も!」


 エステルはカナトにメジャーバトンの切っ先を向けた。


「その通りだよ。さて、こちらもグズグズしてられない――始めよう、ミス・ノーウィック。僕の取って置きの木星型魔法を……見せてあげるよ!」


 チュッと、カナトは真紅のバラにキスをした。

 ――こんな吐き気を催す中二病があるのだろうか。

 ちなみに異世界の医療でもその治療法は見つかっていない。とりあえず、その眼鏡を叩き割ってやると、エステルは怒り全開の闘気をホール全体に放つのであった。




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