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ブレイブ・ギャンガー ―星屑の盗賊団と機械の巨兵―  作者: 藤白あさひ
第3章 お宝はミザールにあり!
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オークションをぶち壊せ! その2

《アリーナ内 作戦司令室》


 副団長スメラギ・カナトは部下からの報告に追われていた。


「何だって? 本部に戦艦が……!」

『はい! 泥棒兎の戦艦です! 他の砦からの加勢により反撃に出ていますが、やつらの砲撃は留まる事を知りませんッ!』


 謎の戦艦は彼らのデータベースの称号により、盗賊団スターダスト・バニーの母艦〈ニューバニー〉と断定。奇襲自体の予測はしていたものの、まさか母艦丸ごと市内に突っ込んだのは驚きだ。


 いや、それ以前に――市内への侵入に気づかなかったのは痛恨のミスだ。


「どこだ!? どこの砦がやられたんだ!?」

『ふ、不明です! 通信妨害が酷く、他の砦からの応答がありません!』


 引っ掻き回されたのはこちらのようだ。カナトも端末で直接伝達系の確認を行うが、強力な魔力妨害装置(マジック・ジャミング)により伝達指令に滞りが生じている。このままでは余波がアリーナ警備に回ってくるのは必至だ。


「ちっ……何としても持たせろ! すぐに、城外警備の魔導騎士を増援に送る!」

『ですが、向こうは天体防衛(オゾン)を破る攻撃を繰り出してきています! もしも魔導経典を使っているとしたら……! 我々は――』

「焦るなッ! 城外警備隊にはファントム・ギャングもいる! それまで魔導騎士だけで対処するんだ! いいな!?」


 苛立ちの余りカナトは怒鳴った。その気迫にモニター越しの魔導騎士は、悲鳴のような返事で指示を諾した。

 カナトは眼鏡をむしるように外し、額の汗をシャツの袖で拭う。

「なぜだ!? なぜ、敵の侵入に気づかん……! 砦が一掃されたならまだしも、市中にも警備隊はいる……あんなデカい戦艦が通るなら、誰かしらわかるはずだろッ!」


 ガンッと、カナトは両拳で机を殴った。そして、荒ぶった精神を落ち着かせるよう、腹の底から息を吐き出して、眼鏡を駆け直した。

「まさかギルドか……ギルドが誰かに金を握らせているとしたら……!?」


 ミザールは新興都市で流れ者が多い。金さえあれば、商人の甘いささやきに鞍替えする連中も少なくないはずだ。

 自分達がやろうとしたことをやり返された。この屈辱に、黙って耐えるなど天下の魔導騎士団にとってあるまじき愚行だ。


「クッソ、計算外だ! 何としてでも潰さなければ――」


 パウロはすでにオークション会場入りをしている。彼を呼び戻せば、この窮地からの脱却は容易いはずが、困ったことにこのイベントには他のナルムーン政令都市も大変な関心を寄せている。

 泥棒兎の介入による中止――他の魔導騎士団は腹を抱えて喜びそうなスキャンダルだ。

 上司はアレなら部下もアレ。そう思われたくない一心で、カナトは何としてでも自力での問題解決に努めた。

 しかし、


「すでに兎が2羽、アリーナに侵入してしまった。まさかたった2人で、攻め入ってくるなんて……余程、エステル・ノーウィックを信頼しているのか、はたまた……」


 チラリと、カナトはケントのデータに目を通す。彼がラスティーラとして、魔導騎士団と戦った全記録が、事細かに記されていた。


「あり得ない。彼は愛刀を失っている……天装状態で勝てる見込みなどないッ!」


 ガタンッと席を立ち、彼は携帯を取る。


「――おシノ、予定が変わった」


 足早に指令室を後にした。



                              オークション ホール

 会場は競りの真っ只中だった。カナトからの知らせを聞くなり、シノはやや緊張した顔つきで携帯を切った。


「何かありましたか?」


 最前ブロックに設けられたVIP席で、競りを見物していたエステルは、優雅にオレンジジュースを飲みながらシノに問うた。

 その余裕はあからさまだった。


「……お仲間が、お船ごと本部に喧嘩を売ってくださったようです」


 ギロリとシノの攻撃的な視線を、エステルはしたり顔で受け止める。


「あれ~? 大人しくしてって言ったんですけどね?」


 「5億!」というガイドの後、歓声が上がる。観衆の視線を辿ると、本日の最高額に揚々と手を上げるタキシードの老人がいた。壇上にあるのは歴史的偉人の魔法杖。エステルも思わずカードを切ろうかなどと思ってしまった逸品だったために、人の手に渡るのは些か惜しい。


「オークションの前座にしては素晴らしいマジックショーですね……どうやって、城内に入ったのか、ぜひ教えていただきたいものです」


 するとエステルは行儀悪く、音を立ててオレンジジュースを飲み干した。そして、咥えたストローを、「ふぅー」っと、タバコを吹かすように外すと、勝ち誇った顔で、


「ミザールはお金があれば何でも買えます。例えばそう……信頼だって」

「なっ……!」

「そういう人間が出ないと思っていたことが驚きですねぇ~! お宅のお家芸ではありませんか?」


 やはり、カナトの勘は的中していた。


「……少し失礼いたします」

「どうぞ!」


 エステルはこの上ない作り笑いで彼女を送り出す。


「もしもし、カナトさん? あなたの推測は正しいようです。どうやら魔導騎士団に裏切り者がいるようです」

 シノがエステルの傍を離れると、会場から拍手が沸き起こった。バニーガールに着飾った司会者がついに目玉出展の登場を予告したのだ。

 少し離れた位置でエステルに警戒するが、彼女が動く気配はない。むしろ寛いでいる。


「……かしこまりました。引き続き、エステルさんの監視を続行します」


 カナトの指示に、シノは電話を切った。ホール全体の動きにも警戒する必要があるため、彼女はその場からエステルの様子を窺うことにした。

 ――さて、上手くいったが……しばらくは暇だ。

 シノを横目にエステルは頬杖をついて、次の出番を気長に待つと決め込んだ。


 率直に言うと、今の発言は全て嘘だ。


 魔導騎士に金など渡していないし、裏切り者を送り込んでもいない。手つかずの状態であるが、このデタラメを彼らに吹き込むことがエステルの最大の狙いだった。


「シメシメ……見てるがよろしい」


 彼女は小さくそう呟いた。


『では、次の出展に参りましょう。エントリー№25、アンドロメダ山脈より出土された古代ジュピトリス帝国皇妃のミイラ―』


 その出展品に、彼女は思わずオエッという顔を見せた。苦しそうに喉元を掻き毟ったまま立てたのだろう。その死に様のままの、ミイラがガラスケースに寝かされて出てきた。頭には冠、衣服はドレス。なるほど、言われれば中々状態は良いかもしれない。


『毒殺された、悲劇の皇妃〈オリエッタ7世〉でございます! さて底値でございますが、今回から飛んで5億からのスタートです! それでは――』


 本当に物の価値とはわからないものだ。

 あんな干からびた遺体に5億も出す人間もいれば、エステルのように1万マニーあげると言われても、要らないと思う人間もいる。

 しかし、あのミイラはどうも人気らしく、花畑のように札が上がっていく。

 兄、フェンディのお仲間のようだと、彼女は嫌そうにプログラムに視線を落とす。

 〈炎帝倶利伽羅〉まであと5つ。

 しっかりと掲載されたその名が呼ばれるまで、エステルは静かに競りの動向を見守った。


             ◆ ◆ ◆


《ミザール城壁外 母艦〈ニューバニー〉》


 急襲に慌てふためく魔導騎士団は考えもしていないだろうが、ニューバニーは一度たりとも城内に入ることはなかった。現在進行形で魔導騎士団本部への攻撃が行われている今でも、白銀の 戦艦は静かに城外の岩礁付近で息を潜めていたのだ。

 城内の大混乱ぶりを想像するだけで大層気分がいい。

 全ては緻密かつ大胆な犯行。思いがけない幸運がド派手な切り札を使用可能にした。それを上手く作戦に組み込んだエステルの采配の勝利とも言える状況だ。

 かくして久々に味わう優越感に、盗賊達の仕事ははかどるのであった――


「そのままシャドー天体防衛(オゾン)発生装置への攻撃を続行。破壊次第、建屋から魔導士全てを洗い出す。戦力を引きずり出すだけ出したら、海の方角へ逃走開始だ……そうすりゃ、本体である俺達は余裕ぶっこいてお頭達を迎えに行ける」

「承知!」


 幹部二人が留守となった今、艦の守護神ショコラの号令に、野郎どもは覇気のある返事をする。日焼けした、ムキムキの長身オールバックの威厳は見た目通りだ。彼のトレードマークとも言える左目のアイパッチに映る座標は、ことが思惑通りに進んでいることをしめした。


「……ってな感じで頼みますよ、バニーとジイさん」

「ウキュ!」

「つーん」


 キャプテンシートを変形させた、魔導指揮装置の上には連行されたフランチェスと、その見張り役のピンクの毛玉、バニーが並んでいた。愛するショコラのお願いにバニーは快く答えるが、強引に作戦に組み込まれたフランチェスは当然いい顔するはずがなかった。

 彼はかったるそうに、ニューバニーに魔力を送り込み、鏡の国の影武者(シャドー・ミラーリング)》という特殊魔法を駆使して、城内のあるものを動かしていた。

 実はこの奇襲――魔導経典の力による影武者作戦なのである。


「そんな顔、俺にされても困りますがね?」

「まったく……戦艦一隻分の鏡の国の影武者(シャドー・ミラーリング)》って意外と大変なのよぉ? ボインのお姉ちゃんならまだしも、ペチャパイ小娘にコキ使われるなんてワシもずいぶん墜ちた――」

「録ったか、今の発言!? 即刻、お頭に転送しろッ!」

「――ダメダメダメダメダメ!? ごめん、ごめんよ! ショコラちゃん!! ちゃんと協力するから! サボったりしないから堪忍してちょ!」


 油断も隙もない――フランチェスは顔面を冷や汗で濡らし、城内で暴れまわる魔法で作った影武者戦艦ニューバニーの操作に戻る。


「しかしのぉ……アリーナに3人だけで仕掛けるのはちいと辛いじゃないかのぉ? ケントも天装できるかわからんし、向こうもファントム・ギャングじゃぞ?」

「……だからですよ、フランチェス」


 諦めの中に信頼が映る。そう言う顔つきをショコラはフランチェスに向けた。


「サシで勝負してダメなら……この先もそれまでってことです」

「……なるほど、タイマン張るつもりか。生意気なガキどもじゃ!」

 長老の言葉を聞かずとも、彼らはこの戦いが何を意味するのかよくわかっていた。

 よくわかっている故に、フランチェスは気に喰わなさそうな表情を見せた。これで負けたら二度と手を貸すかと、高みの見物を決め込む所存である。


(さて、ケント……正念場じゃな。お前が復活できるか否かで、ワシの今後の考え方も変わってくるのぉ……!)


 つーんとジジイは司祭服の帽子を直し、影武者操作を続行する。

 間もなくして、魔導騎士団本部の決壊は破られた。


            ◆ ◆ ◆ 

                             《アリーナ メインロビー》


「いたぞ! こっちたッ!!」

 銀色の甲冑が濁流のような音を成し、怒りの銃撃がケントの背後に襲い掛かる。盗賊らしくアリーナの2階窓から侵入した勇者様は、早速、天敵魔導騎士団と傭兵の忍者軍団から執拗な歓迎を受ける羽目となった。


「ちょッ――待て待て待て待てェッ!!」


 と言って、待ってくれる善人がいようか。いや、いまいが、言わずにもいられない。

魔導騎士の追撃から逃れるべく、ケントはロビーを全力疾走していた。「怪我人とか嘘抜かしてんじゃねぇそッ!!」と、ホットケーキ達から怒号が飛びそうな走りっぷりだが、そんな彼の目尻には涙が滲んでいる。


 ――痛てぇ。マジ、痛てぇ。


 やはり、怪我が治るはずなかった。彼は大嘘をついてここに来たのだ。

これは予想をはるかに超えた激痛と「やっぱり、やめればよかった……」という後悔の涙だ。数十㎏になる銃器を担がされて、逃げなくてはならない不条理を悲しんでいるのだ。

 身体に鞭を打つどころか、もう神経を引き千切ちゃったんじゃないかと思うほど、感覚が怪しくなってくる。


 仕方ない、先手を打つ!


「こんなこともあろうかと……!」


 早速頼りの魔法道具、ギリー特製〈爆睡爆弾〉を取り出し、ピンを外す。そして、絶妙なタイミングでさり気なく落とし、逃走を図るのが上級者の戦法だ。

 もうちろん追撃者はそれ何か露知らず。ケントの腰元から転げ落ちた銀の玉に、魔導騎士はうっかり足を止める。


「何――」


 その1秒が命取り。瞬時にピンポン玉ぐらいの爆弾から、真っ白な霧が吹き出し、辺り一帯を飲み込んだ。吹き抜けの空間でも要注意。一息吸えば半日はお昼寝タイムの威力である。


「よっしゃッ!」


 振り返りざまにケントはガッツポーズをかますが、視線を戻した瞬間、表情が一転する。


「見つけたぞォ! 出会え、出会えぇぇぇ!」


 2階席の扉から、一斉に魔導騎士が飛び出してきた。思わず足に急ブレーキをかけるが、爆睡爆弾を使ったせいで後退ができない。


「や、やべッ――げっ!?」


 もはや体を気にしている暇ではないと、彼は2階のバルコニーエリアから1階へ飛び降りようとするが、こちらもすでに魔導騎士が集結済みだった。


「包囲したぞッ! かかれェー!!」


 1階の連中が上がってくる。後方は睡眠香が充満しているので、襲撃されることはない。

 ならば、正面からかかってくる奴らから片づけなくては――ケントは背中のバズーカを構えるが、


「道具で耳塞げよ――ケントッ!!」


 キエルの怒号。真上のバルコニーだった。

 ケントは咄嗟に、専用の耳栓を嵌める。刹那、一発のマグナムが1階のロビー床に穴を空ける。

 それは地獄の始まりだった。


『ウッキャァァァァァ!? ゲロゲロゲロンガァァァァァ!!』


 悪魔の絶叫――最強最悪の薬草、シャウト草の断末魔が、魔導騎士の三半規管を大きく揺るがす。強烈な耳鳴りと立つのもままならない眩暈。おまけに方向感覚を失った彼らは自分がどこを歩いているのか、上を見ているのか下を見ているのか、わからないまま、次々に床に倒れ込んでいく。

 その光景に、ケントは息を呑んだ。

 あれだけ殺気立っていた正面の魔導騎士も、全員床でのたうち回り、挙句の果てにも嘔吐までし始めるものがいるのだから、通るのも一苦労である。


 阿鼻叫喚。地獄絵図と化したそこをケントは通り抜け、1階へ降りる。

 そして、3階バルコニーのキエルを見上げると、通信機のインカムから、


『いいか? ケント。俺はこのまま音響室を占拠する。お前は下手の舞台袖に最も近い、15番扉裏で待機しろ。エステルの合図で、俺が壇上のパウロの相手をする……その隙に、わかってるな?』


 インカムに触れ、ケントは頷いた。


「俺は舞台袖に運ばれている倶利伽羅を強奪する……今度こそ、必ず引き抜いて見せる!」


 迷いのないケントの顔つきにキエルは頷き返した。


『行くぞ。扉の内側にも魔導騎士はいる……今までと違って、派手にはいけない。一人ずつ、静かに落とせよ』

「わかってる」


 とは言えど、怪我人にとって無茶な宿題だ。

 だが、弱音を吐く暇などない。追手の魔導騎士が来る前に、ケントは足早に15番扉に着き、ゆっくりと扉を開いた。

 さすがの防音構造だ。シャウト草の声が全く聞こえないのか、ホールからは活気のある競りの声が響いている。


「……」


 コソ泥よりもコソ泥らしい足取りで、ケントは舞台袖が側の入口に付いた。そして、そこで警備していた魔導騎士を音もなく襲撃し、薬で夢の中へと追いやった。



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