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ブレイブ・ギャンガー ―星屑の盗賊団と機械の巨兵―  作者: 藤白あさひ
第3章 お宝はミザールにあり!
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オークションをぶち壊せ! その1

 日が昇り、再び訪れた夕暮れ。


《オークション会場 ミザールアリーナ》


 大陸切ってのコレクターが集まるこのイベントの幕開けに、市内は沸いていた。一刻も早く準備を完了させるべく、業者が次々とアリーナに物品を搬入していた。

 主催者パウロ・セラヴィーは、アリーナ内に用意した臨時の作戦司令室で作業過程に目を光らせていた。

 お馴染の、パソコンの明かりが頼りの真っ暗闇の中で、自らが主宰する一大イベントの始まりを興奮気味に待ちわびていた。


「キエッヘッヘ! カナトォ! 例のサプライズ出展の舞台装置は出来上がったのカ!?」

「はい、団長。あとは主役がスタンバイしてくれれば、万事OKです」


 カナトの返事に、真っ暗やみに照らし出されたピエロの顔が正面を向く。不気味だなんて口が裂けても言えないが、これはこれで場が引き締まるのでちょうどいい。


「上等ダ。あと本部からの状況報告も忘れるなと伝えておケ。交通規制を敷いているから不審車両は丸わかりだがナ」


 魔導騎士団本部への道は、すでに封鎖されている。ネズミ一匹通れない警備に加え、基地全体にも人工的に防御魔法が展開できる装置を配備していた。例え、城外からの砲撃があってもビクともしない、計算された要塞なのである。

 そしてこの会場自体にも、数多の魔導騎士と、シノ率いる傭兵部隊がすでに警備についている。その手練れ達を突破して自分の元に辿り着くなど至難の業であった。


「さて、おシノはいるカ?」

「ここに」


 シュタッと、影が降りた。

 パウロが椅子を回転させ振り向くと、ドレスコード姿のシノが跪いていた。色気が漂う、横開きの黒いロングドレスにハイヒール。ゆる編みの三つ編みには白百合が飾られていた。

 それは麗しき死の女神。大人の色気漂う彼女に、カナトは「踏まれたい」という願望を唾と一緒にゴクリと飲み込んだ。

 パウロは満足そうに頷く。


「素晴らしいコーディネートだネ。エステルたんのご案内は君に任せるヨ」

「御意」

「間違っても殺しちゃダメだゾ。あとで私とにゃんにゃん――じゃない、元帥がその力を欲しがっていル。無傷の状態で確保が絶対ダ!」

「心得ております、団長」


 冷たくも美しい微笑みに、この部屋の者は釘づけにされた。

 これほど敵に回したくない傭兵も珍しい。

 彼女と言う駒に、パウロは勝利を確信した。


「じゃ、頼んだヨ。もしも汚いネズミも入り込んで来たら……わかってるネ?」

「全員その場で排除いたします」

「よろしク。私は天装で戦うなんて面倒はご免だからナ!」


 そう言うと、シノは音もなく闇に消えた。


「アリーナには団長と僕、そしておシノ……ミザールの3強が揃っている。奴らは本部がガラ空きと睨んで奇襲を仕掛けることは間違いありません」

「魔導経典を用いて二手に分かれる気だろウ。おバカさんだネェ、エステルたん! 市中には、私達木星型の手足が張り巡らされていると言うのニ」


 ショー・マスト・ゴーオン――何が何でもオークションを決行するどころか、パウロにとってはこれから起こり得ること全てがエンターテイメントとなる。

 快楽神経を刺激するために、彼はあらゆる手を尽くすだろう。

 例え、一笑のために何人もの命が失われるとしても――



              ◆ ◆ ◆

                                     

《独房》


 まるで動物園のゴリラだ。

 檻にぶちこまれたまま、自分達は台車に乗せられ、どこかに運ばれようとしている。

 抵抗しようにも手足が動かない、言葉すら出てこない。脳はすっかり薬にやられて、視覚から送り込まれた情報も、何の光景であるか認識もできない。


 マカロンは隣いるのか? スターダスト・バニーはどうなったのか? 


 大事なものすべてが記憶の中から滑り落ちて行く。

 ああ、このまますべてなくなれ。

 だが、一際彼の意識に鳴り響くヒールの音が、漠然とした精神世界に自我を呼び戻した。

 虚ろな瞳をゆっくりと動かすと、そこには美しき黒衣の死神がいた――


「何もわかりませんか? 当然です……幻想花の香りに脳神経がやられています。安心してください。死ぬ時も夢の中ですから、何も怖くありません」


 やっぱり死ぬのかと、小川のせせらぎのような彼女の言葉に流された。流されるがままに、一切の抵抗なく霞がかった未来を受け入れようとしていた。

 シノは微笑んだ。


「ですが、死ぬ前に一つだけ教えてください……あなたはなぜ、盗賊になることを選んだのですか?」


 沈黙。

 シノの視界に移るホットケーキはこん睡状態に等しかった。答えられるわけない。

 血迷ったのは自分かと、あまりの馬鹿馬鹿しさに彼女はその場を去ろうとしたが、


「……見つかると思った」


 そっと、シノは彼を振り向く。

 緩んだ彼の唇はどうしたことか、言葉を発しようと必死だった。


「もう……誰もいないって……わかった途端……見つけなきゃと思った……」

「……何を?」


 その問いは、あり得ない事態を起こす。

 虚ろな瞳に力が宿る。麻痺しているはずの表情筋は険しさをまし、生気に満ちた表情をシノに向けた。

 彼女には理解できなかった。脳神経を支配する幻想香、その甘い誘惑に彼の何かが打ち勝ってしまったのだ。


 そして、彼は言う。


「新しい……生き方を……」


 得体の知れない輝きを放つ、彼の瞳に胸騒ぎを覚える。

 なぜだ? 彼は何を信じている?

 心の中でそう自問自答を繰り返すシノに、彼は改めて啖呵を切る。


「お頭達は……てめぇらに負けねぇ……!」

「――黙らせなさい、今すぐ! 薬が足りていませんよ!」


 シノの命に、魔導騎士は魔法でホットケーキを取り押さえ、幻想花のエキスを注射器で首元に注入した。多少の抵抗をしていたホットケーキだが、やはりその効力を克服することはかなわなかった。彼は眠るように、再び生きた屍と成り果てた。


 これで落ち着いて計画は進む――しかし、そんな安堵した自分が、彼女は許せなかった。


「……」


 落ち着きなく三つ編みに触れ、彼女はその場を後にした。


           ◆ ◆ ◆


《ミザールアリーナ オークション会場 入口》


「ついに来ましたよ……! オタクどもの聖典に!」


 黒染めを洗い落とし、自慢の真紅のボブヘアを風になびかせ、エステルは堂々と会場に立った。

 ミザールアリーナは知る人ぞ知るイベントの聖地。バンドのコンサート、アニメフェスタ、スポーツ観戦など多岐にわたる趣向者を引きつけ、この街の象徴となっていた。

 その巨大な多目的ホールに、今宵集まるのは大陸中の富裕層――ハイソサエティーからやってきた、超がつく金持ち達のエンターテイメントが、ミザールの街をお祭りムードに染め上げる。

 ネットが生み出したサブカルチャーに、そこそこ通じているエステルは、日頃抱いていたこの地のイメージと一転した雰囲気に舌を巻いた。


 厳重に魔導騎士に警備される場外、会場に横付けされる高級車の数々。そして、そこから出て来る、ドレスコードに身を包んだ参加者達――まるで、故郷、サンズ教皇国の宮殿を思い出すラグジュアリーな空間だ。


 本当に、あのキチガイピエロが企画したイベントなのかと、疑わしいほど正式を重んじている。


「まあ、私だって金持ち端くれです。浮いたりなんかしないでしょう!」


 さり気なく恐ろしい言葉を吐き捨て、エステルはエントランスへ向かう。

 ちなみに今回の彼女の衣装は、Aラインのブラックドレスにストールを羽織り、ビジュー付きのカチューシャで自慢の紅いボブヘアをシンプルかつ上品に飾っている。昨夜のメイド姿とは違い、やはり生まれの良さが起因してか、こちらの方がメンズ達からの受けはよかった。


 若干、そのことに関してエステルは不服であったが、とにかく今は堂々と敵陣に乗り込むのが先決だ。


「……ん?」


 多くの参加者が会場に流れて行く中、正面でただ一人、彼女を待ち構えるように立ち止っている女性がいた。

 その女性は自分と目が合うなり、お辞儀をした。


「こんばんは。エステル・ノーウィック様ですね?」


 ピンと背筋を伸ばした黒髪の美女、キエルの報告通り三つ編みだった。その予想以上に気品漂う妖艶な微笑みに、エステルの警戒心は高まった。


 これだけはっきりとした距離にいるにもかかわらず、彼女は暗殺者らしいぼんやりとした気配を醸し出している。横開きのドレスから覗く、くノ一らしい筋肉質な脚を見れば、そん所そこらのコンパニオンでないことは確かだ。

 間違いなく彼女がホットケーキとマカロンを拉致し、キエルを襲撃した張本人――


「シノさんですか? うちの仲間がずいぶんお世話になりましたね……!」

「本当にお一人で来られるとは……やはり、度胸の据わったお方ですね。さて、立ち話も何ですから、よろしければ会場へとご案内いたします」


 深紅の唇が口角を上げた。

 いよいよかと、エステルは両腕をゴキゴキと回して、


「いいでしょう……! 同伴してくださいな、ホステスさん!」


 辛辣な啖呵を切り、大股で敵陣に乗り込んだ。

 彼女はシノに案内されるまま、ついにアリーナの中へと消えて行ったのだ。



                 ◆ ◆ ◆


 エステルの遥か後方、向かい側に建つ、ビルの屋上にケントとキエルはスタンバイをしていた。

 双眼鏡で、エステルが敵と接触したのを確認すると、キエルはインカムを操作する。


「よし、第一段階はクリアだ。ショコラ、そっちはどうだ?」

『準備完了です、副長。いつでも敵陣に突っ込みに行けます』


 インカム式の通信機を伝う団員達の熱気に、根拠のない自信が湧く。油断は禁物だが、戦意高揚は持って来いだ。


「了解した。アリーナは俺とケントに任せろ……無事を祈るぞ」

『承知』


 盗聴を避けるため、キエルはインカムの電源を完全に切った。

 さて、これから彼らもアリーナへ潜入しなくてはならないのだが、キエルはすでにシノに顔を見られており、ケントに至っては言うまでもない。

「思った以上に、アリーナは草木に囲まれてる……自然が障害になるなんて思いもしなかったよ。やっぱ、強行突破は無理臭いな」

「しかたねぇ。パウロとその副団長は木星型だろう? 一歩踏み込めば、木が根っこを引き抜いて俺らに襲い掛かるのは目に見えてる。現に……副団長の小僧の魔法は厄介だ。使い手としてのレベルなら、エステルと同等だろう」


 キエルはすでにパウロの右腕、カナトと交戦済みだ。間違って奴らに見つかれば、あの数多の木々が暴れ出し、自分達に襲い掛かるであろう。それこそ、エステルに加勢する暇もなくなってしまう。


 それ以前にキエルは、あのキザもどきの痛々しい少年に負けることだけは、プライドにかけても許せなかった。

 すると、ケントが隣で何かを思い出した。


「副団長と言えば、スメラギ・カナトか……何か中二病をこじらせた同い年として仲間内では有名だった。その悪口をネットの掲示板に誰かが書き込んだらしいんだけど、その後、個人特定されて、ヤツにSNS炎上させられたとか、リアルに炎上されたとか」

「――何それ、怖ッ!? そんなに器ちっちゃいの? すっごい薔薇とか投げてたよ!?」

「プライド高いんですって。やぁねぇ~これだから魔導騎士団のエリート様は!」

「何でオネェ言葉? どうしたの、ケント? 大丈夫!?」


 ギリリと苦楽の日々を思い出したのか、ケントはしかめっ面で歯を食いしばった。組織の底辺で馬車馬の如く働いてきた彼だからこそ、この作戦の遂行にとてつもない熱意を抱いていた。


「大丈夫さ、キエル……医者の治癒魔法のおかげで、身体はだいぶマシだ。この作戦ぐらいは乗り切ってやる……!」

「いや、あの、そうじゃなくて」


 まともに会話も噛み合わず、ケントはギリー達、銀線細工(フリグリー)職人が一夜にして作り上げた魂のバズーカを肩に担ぐ。その横顔には何か沸々と黒いものが込み上げているようだった。


 怪我の後遺症が心配されるケントだが、この作戦の足手まといとならないよう、モチベーションを上げることに専念した。

 要するに気合で何とかする作戦である。

 しかし、その心構えは思わぬ方向へ事態を好転させる。好戦的な前世――ラスティーラの人格が、いつの間にかケントを焚き付けていたのだ。その甲斐あって、本来なら「俺、ろくに銃器も扱ったことない事務職だから、キエル、頼んだよ!」と言うところと、「俺に任せろ!」と意気込んで、銀線細工(フリグリー)の銃器を担ぎ始めたのだから驚きである。


 色々と面倒なことになりそうだが、キエルが思うに、いつでも亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)へ天装できる状態であるからこそ爆発力が期待できる。先が読めない以上、小さな可能性も繋いでおく必要はあるのだ。


「俺はこんなところで躓くわけにいかない……! 絶対、仲間と倶利伽羅を取り返して、あの黒い亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)にリベンジかましてやる!」


 いつもの死んだ魚の目が、並々ならぬ闘志を宿す。

 これは復帰戦、彼の命運をかけた。

 ならば、多少面倒でも目をつぶってやろう。そうキエルは諦めるが、


「被害総額の計算も忘れるなよ? じゃないとギリー達の住民税が半端ないことに――」

「どこの心配してんの!?」


 やはりケントはケントなのである。魔力操作が上手くできない以上、万全の態勢でも天装が不発に終わる事態も考えられる。

 だが、それでも、ここまでワクワクさせるのだから憎たらしい。


「おっとケント……もう、6時だぜ?」


 30秒前。

 ケントは頷き、キエルと共に2台の三脚にセットされた砲座に、それぞれ就く。ロングレンジのニードルライフルである。

 照準はアリーナの天井。

 会場の様子は至って穏やかだ。巡回する魔導騎士や忍び以外、これからとんでもないハプニングが起こるなんて思いもしていないだろう。


「10秒前」


 恐怖? いや、稀にみる興奮だ。

 ケントにしてみれば、生まれて初めて参加する本格的な作戦。漢としての血が騒がないわけない。


「3、2、1――ゼロッ!」


 ドッカーンッ!!

 彼らの秒読み通り、アリーナ――ではなく、メインストリートの奥から猛烈な爆音が響いた。それも初発の後、隙間もなく2発、3発と、豪快な砲撃がミザールの夜を激震させ、朱色の焔を上げるのである。


 その音に、エントランスの魔導騎士はどよめいだ。ざっと集団が、中央通りに流れたしたのが、突撃の合図――


「ケントッ!」

「承知ッ!!」


 トリガーが引かれる――重なる銃声。銀色の砲身から炎と共に飛び出したのは、ワイヤー付きの巨大針。一度建物に食い込んだから抜けやしない、強靭な返しをもった針が、夜空を突っ切り、アリーナの屋根に突き刺さる。砲座のウィンチが猛烈な勢いで余分なワイヤーを巻き上げると、ビルの間にピンと2本のワイヤーが弛みもなく張られたのである。


 不意打ちに、魔導騎士は愕然と突如出来上がった空の道を見上げた。

 ――やられた!

 だが、すでに遅い。


「行くぜッ!」


 二人の盗賊は、ギリー特製の七つ道具〈人工天体防衛(オゾン)発生器〉を発動。時間制限付きの防御魔法に包まれた彼らは、即座にワイヤーに、自身と繋がれた滑車を引っかけ、ターザンの如く即席ロープウェイを駆け下りた。


              ◆ ◆ ◆


《ミザール 魔導騎士団 本部》


 亡霊の如く大通りに現れたのは、5つの砲身を持つ一隻の銀の陸上艦。どうやって城壁を突破したのか不明であるが、その主砲は凄まじい魔力を伴い、会心の一撃をぶちかます。

 紅蓮の弾丸に、本部の魔法防御壁が激しく揺れる。


「メーデー! メーデー!」


 守りについていた魔導騎士は、こぞってアリーナ警備隊に増援を要請するが、その時、全身の毛孔が開く戦慄を覚えた。


 ドゴーンッ!!

 基地全体が激震する。

 すぐさま建屋から出て、上空を確認すると目を疑う事態が発生していた。

 何と、本部を覆う防御魔法壁にヒビが入っているではないか――


「総員ッ、直ちに天体防衛(オゾン)を張れッ! 魔導師は命に代えても、本部を死守しろッ!!」


 指揮官の命ずるより早く、魔導師は防御壁のフォローに入った。緊迫する状況下、一方的な戦艦による砲撃を耐えて誰もが同じことを思っていた。


 ――どこだ。どこの砦が落ちたんだ!?


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