盗賊団スターダスト・バニー その2
アルデバラン 中央官庁通り
大凶――大当たりだよ、コンチクショー!!
泥棒兎こと、スターダスト・バニー出現の知らせに、ケントは軍部に呼び戻された。
金勘定が主な任務であろうと彼も一端の兵隊。仲間と共に中央官庁の警備に回され、彼は今、国立博物館の辺りを巡回していた。
さっきまでの賑やかさは面影もなく、メインストリートは静寂に包まれていた。
「東地区の砦がやられた。奴らの狙いは間違いなく、ベルローズ広場にいる仲間の救出だろう。現在、消防車を奪って逃走中との情報も入っている」
「え? じゃあ進路は逆じゃないですが。いくら中央官庁があるからって、ちょっと警備の数、割き過ぎじゃないですか?」
「これは内密だが……発見されたラスティーラの銀水晶を移送している最中なんだ。おそらく、銀水晶は教団本部に運び込まれる。それを狙った兎達の襲撃に備える必要があるから、この警備と言うわけだ」
今も通りの反対側には、ケントやバートン達とすれ違いにいくつもの警備隊が行き交う。思えば彼らが入隊してから初めてとも言える事態だった。
「……でも、そんな大事なものをこのタイミングで運ぶなんて、いくらなんでも迂闊じゃありませんか?」
「当然だろう。これは餌だからな」
「餌?」
バートンの答えに彼らは立ち止まった。
「捕まった盗賊の仲間には、サンズの名家ノーウィックの人間がいた。他のメンバーにもそれなりの身分のものがいる可能性も高い。そいつらを捕らえることで、議会はサンズとの政略的取引を可能にするだろう」
「戦力を分散させるための罠ですか?」
「ああ。このチャンスを魔導騎士団が逃すはずはない。泥棒兎がサンズ教皇の命を受けて、ナルムーンを荒らしまわっているとしたら、これ以上の弱みはないからな」
「略奪を棚に上げるには十分な材料っすね」
「しーっ! ケント、聞こえたら不味いっての」
ケントの無気力な皮肉を、仲間はびくびくしながら嗜めた。
緊張感にすっかり負けてしまった仲間達の一方、ケントはというと「明日は資源ごみの日か」などと、缶空が積みあがるゴミ捨て場を眺めていた。
「もうじき、シューイン団長率いる移送部隊がここを通る。各自、気を抜くなよ」
「了かッ――あでぇッ!?」
上司に言われた矢先、ケントは夜風に運ばれた空き缶を踏んづけ、盛大にすっ転んだ。「痛てて……!」と頭を摩る彼に皆呆れ果てて、
「まったく……何やってんだよ、ケント!」
「俺のせい!? こんなん、ポイ捨てした奴が悪――」
――カランッ! カランッ! カランッ!
馴染み深い音。振り向けば、国立博物館の大階段からいくつもの缶空が転がり落ちてくるではないか。
「だーかーらァッ! 資源ごみは明日だってのッ!」
「大事だよな、収集日」
「――え、そう来る?」
しかし、その空き缶の存在にバートンは違和感を覚えた。咄嗟に辺りを見渡す――やはり、ここだけではない。通りの向かい側でも同じ現象が起こっていた。
いつの間にか、ゴミ捨て場から大量の空き缶が姿を消している。
やばい、と直感が彼の視線を缶に戻す。ビンゴだ。
空き缶のラベルには、目を凝らしてやっと見える小さな魔方陣が刻まれていた――
「しまっ――全員、缶から離れろッ!!」
だが、遅かった。
魔方陣から閃光が走る。途端、空き缶の両サイドから煙が一気に噴出した。
「な、何だ、この煙!?」
「ゲホゲホッ! い、息が……!」
全員咄嗟に口を塞いだが、煙の勢いは凄まじかった。一瞬で彼らの身長まで煙幕は達し、辺りを真っ白な世界と化した。
「この匂い……くそっ、睡眠草か……!」
煙を吸い込んでしまったバートンは、白い闇の中で酷い睡魔に襲われた。真面目で理知的な彼でさえ堪えることができない眠気に、次々と警備隊の兵士達は路上に倒れ込む。
そして煙が晴れた頃には、誰一人立っているものなどいなかった。
その様子を国立博物館の柱陰から見ていた、いかにも怪しいガスマスクの集団はすぐさま行動を起こした。
「さすがキエルの睡眠爆弾です。イチコロですね!」
「お頭、ちゃんと〈眠る我が恋人〉って呼んであげましょ?」
「――とは言え、肝心のロベルト・シューインの一団が来るまでは気が抜けません」
「あ、嫌なんだ」
一帯を確認すると、エステルは階段に降り立ち、拳をゴキゴキと鳴らした。
「ホットケーキ、さっさと兵士の身包みを剥いじまいましょう。それを着て、先にシューイン一団に接触するのです」
「もう、どっちが悪役かわかりやせんな!」
むしろエクレアである――と突っ込みたくなるリーゼントを揺らし、彼はエステルの命令に従い、身ぐるみ剥ぎに向かう。
ちなみにこのホットケーキという青年、内緒の話であるが――彼だけ盗賊ではない。
キエル行きつけのカフェの元店員で、ホットケーキの達人と呼ばれた堅気であった。スカウトの理由は顔が厳つい厨房係が欲しかった、ただそれだけである。
デリケートな話なので、本人はそのことを知らない。無論、幹部も反省していない――
「急ぐぞ! 魔導騎士団はすぐそこまで――へ?」
ホットケーキが目に留まった兵士に手をかけた時だった。あろうことか、その兵士は呻き声を上げたのだ。
これに動転した彼は、
「お、お頭ぁぁぁぁ!?」
「どうしたのです?」
「こ、こいつ……生きてますぜ!?」
「当たり前ですよぉ? 殺してませんから」
「で、でも……動いて――」
「何ですって!?」
傷だらけの顔とリーゼントが残念に思われるほど、彼は慌てふためいた。エステルは駆けつけ、ガスマスクを外す。
僅かに動く兵士の様態に、さすがの彼女も驚きを隠せなかった。
「嘘でしょう……!? ビッグベアタンでさえも10秒で眠る睡眠魔導弾ですよ? こんな一般人が、起きていられるはず――」
よく見ると、青い髪に額の赤いバンダナ。
「……まさか」
疑いを胸に彼女が兵士の顔を覗き込むと、やはり覚えのある顔に息を呑んだ。
そして目覚めの気配に、彼女は取るべき行動に備えた。
「いっ……て……頭が……」
「……」
「あれ……? あんたは……何でここに?」
間違いない。さっきも会ったばかりのケント・ステファン、その人であった。
「……ホットケーキ、下がってください」
「おい、何だよ……それ。何で皆、眠って……」
「――!?」
ケントがエステルの杖に触れようした瞬間、彼女は杖で彼の手を払った。
これ以上顔を見られるわけにはいかない。そう判断したエステルはまるでマーチングノバンドの演奏が始まるように、杖を構える――
「お頭、まさか!」
「遥かなる我が守護星、太陽よ。厳格なる戒めの楔を今ここに――」
突如、指揮棒に走る雷の閃光。掲げたその杖を彼に向けて振り下ろす。
そして、
「唸れ、《雷の茨》!!」
彼女の叫びと共に、杖から猛烈な電撃がケントの体に直撃。鋭い電流が全身を食い荒らすようにケントの体の中を駆け巡る。
「おわァァァァァァ!?」
彼は自分の身に何が起きたのか理解する間もなく、全身麻痺に陥った。脳の思考回路は停止し、あらゆる神経が感覚を失う。もちろん、そのことさえ彼にはわかっていない。
「忘れていました。あなたのことを……元々魔力ゼロの人は、催眠系の魔法にはかからない。だから少々手荒でも許してくださいね」
エステルは申し訳なさそうに彼に背を向けたが、その一瞬の間が命取りとなった。
――ダンッ!
一発の銃声が、戦況を一転させた。銃弾はエステルの髪を掠めただけで、大事に
は至らなかったが、団員達の心臓は凍りつく。
「お頭!?」
血相を欠く仲間達。だがエステルはその中でただ一人、冷静に攻撃手を探していた。
攻撃手の特定は容易だった。ケントから少し離れた場所で、今も倦怠感と戦いながら銃口をエステルに向けるバートンの姿があったからだ。
「わ、私の部下に……何をした……!?」
寝そべったまま、震える手で彼はエステルに銃口を向けていた。
ケントに引き続き、あらぬ事態だ。だが彼の気の流れから、エステルはバートンが目覚めた理由に察しが着いた。
「防御魔法……微力ながら魔法が使えるのですね、あなた」
「銀水晶は渡さない……! 我々を甘く見るなよ――」
「その通りだ。バートン・エルザ」
第三者の声に突如、眩い照明が彼女達を照らし出した。
誤算――エステルは自分の置かれた状況にいち早く気づき、唇を噛み締める。目を細めて周囲を見れば、良く知る青い御旗と銀の甲冑姿の兵士がずらりと自分達を取り囲み、戦闘態勢で臨んでいる。
そして、兵士達の中央に立つのは、悪名高いアルデバラン魔導騎士団師団長、ロベルト・シューインに他ならなかった。
ついに尻尾を掴んだ、スターダスト・バニーの面々を見たロベルトは、
「袋の鼠――いや、兎か。もう逃げられんぞ、盗人ども。デネボラで盗んだ魔導経典を返してもらおうか」
「ロベルト・シューインか……!」
「お頭、やばいっす! あいつ、亡霊なる機兵っすよ!?」
ホットケーキ達が怯む中、それでもエステルは顔色一つ変えず、毅然とした態度でロベルトに対峙した。
その様子をロベルトは面白くなさそうに鼻で笑う。
「ふん! 聞こえているのか、小娘! 魔導経典を返せば、貴様らの仲間も解放してやるぞ? 悪い話ではあるめぇよ」
「嫌です。あまり私達を舐めていると痛い目を見ますよ?」
「それはサンズの教皇による報復と言う意味か? お前らが教皇の回し者であることも承知済みだ。戦争を嫌だといいながら侵略行為とは、詐欺もいいところだ」
「何のことですか? 私達は無法者。仮にサンズの人間がいたとしても、国とは関係ありません。盗賊は自分の私利私欲のために働いているだけですが?」
「ほう……! 貴様らの私利私欲とは一体何だ?」
猛虎の殺意なる眼光に、エステルは笑顔で応えた。
「ずばり、あんた達をぶっとばすことです!」
「やれるというのか。盗賊風情が……!」
「やってやりますよ。あんたらの後ろにある銀水晶を奪ってとんずらする! ただそれだけのことですからッ!」
指揮棒を振れば、彼女の闘志を奏でるが如く大気は激しく渦巻いて、敵を威嚇する。
口調の変化とこの気迫。亡霊なる機兵相手にぶれないエステルの勇姿に、スターダスト・バニーの仲間は鼓舞し、各々の魔法武器を手にした。
「面白い。だったら見せてもらおうかッ!!」
ロベルトの左手で、光が七芒星を描く。その妙な紋章は瞬く間に強力な魔力で、エステルの威嚇魔法をかき消した。
恐るべき前兆。故にエステルは動かなかった。
それは戦うべき運命の始まり、来るべき時の到来。
無法者として、亡霊なる機兵と戦うために――
「天装――ギルタイガァァァッ!!」
掲げられたロベルトの左手甲、勝利の星の如く七芒星は閃光を上げて、彼の巨体を瞬時に飲み込む。魔力はさらに城壁に匹敵する巨大な土壁を築き、1秒も経たぬ間にそれを崩した。
中から地中の熱気を伴って、オレンジと黒のメタルボディ、4mもある機械の巨人が月下に姿を現した。
「本当に……魔導経典の通りですこと!」
重量感漂う手足と、虎の顔のようなフェイスデザイン。
当然ながら、ロベルトの姿などどこにもない。
あるのは現代に蘇った亡霊なる機兵、〈ギルタイガー〉であった。
◆ ◆ ◆
その傍で、ケントは全身麻痺の状況下で妙な幻覚に苛まれていた。
指先が熱い。エステルの杖に触れた箇所だけ、次第に鉄に侵食されていく。手が全て鉄に覆われた時、妙な七芒星の模様が手の甲に刻まれた。それが光り出した途端、彼の脳裏にまったく知らない光景がフラッシュバックするようになったのだ。
荒廃した大地、鉄屑に埋め尽くされた足元。崩壊していく機械の竜を見上げて、ケントは自分で自分を剣で貫こうとする。
――やめろやめろやめろやめろやめろやめてくれぇぇぇぇッ!
恐怖に心臓の早鐘が耳を突く。幻覚の中で彼は必死に自身を殺そうとする意思に反抗していた。
だがその時、彼は気付いた。
剣を握るその両腕が、機械の腕であることを――