第2話 妹が来た
私、英子は6歳だった。
青い空、白い雲、陽射しが暖かな3月14日のことだったわ。
クロツゲの垣根の合間にイチョウの樹柱、その60本先に隣町。高麗家の塀の先に隣街が広がり、その先には空が見えていた。
眼の前に広がるビニル・ハウスでは生花を育てていたわ。
3月には、白詰草、クレマチス、栃の木、羽衣ジャスミン、雛罌粟なんかが育っていた。
私は鈴蘭が好きだった。
「英子さん、鈴蘭がきれいだわ」
「貴子お姉さま、だめよ。また、英子ちゃんが採りたがるわ」
「英子さん、大丈夫でしょ」
「はい、貴子お姉さま、幸子お姉さま」
女中の遥に手を引かれていては、道路の向かいの生花畑に走っていけない。
走っていって、鈴蘭の花房を見ていたい。そう思っていたの。
白の小さな鐘のようなお花って、指先で見て、楽しむものだわ。
走り寄って、手で触ってみたい。「鈴蘭って、そうやって楽しむお花ね」そうお母さまが話しながら、茶室の脇に活けていたのを知っているわ。
本当なら、鈴蘭のあるハウスに直行だわ。
でも、今日はガマンするしかない。
お姉さまがいる。女中の遥もいる。
まもなく、七郎お父さまとお母さまが帰ってくる。
まだかしら。背伸びした。隣街の方まで、手をかざして見る。
通りにはミミズクが舞い降りていた。
通りの反対側から車のくる音が聞こえた。
お姉さまも、私も音が聞こえる方に振り向いた。
女中の遥も、横を向いた。つないだ私の手が振り上がった。
道の向こうからLのマークの車がやってくるのが見えた。
お父さまのくるまだ。
私たちは、門前からお父さまのクルマが門の中に入っていくのを見ていた。
お姉さまも門の中に飛び込んできた。
どんな娘なのかなあ。わくわくしたわ。
お庭の中心でお父さまがクルマを停めた。
ドアを開けると、お父さまが降りてきた。手を振って私たち姉妹を呼んでいる。
クルマにはお庭番が来て、父上より鍵を預かっていた。
そして、くるまの後方のドアを開けた。
小さな女の子が、出てきた。
赤いスカート、長袖の白いネルのシャツ。赤いスカートのサスペンダーが暖かそうなネルのシャツに食い込んでいたっけ。髪型がオカッパの女の子だ。
お母さまが後ろから降りてきた。
赤いスカートのオカッパの女の子が、私たちを見た。
ペコリ。そんな言葉どおりに頭を下げた。
手をお腹の前で合わせて、なんか困ったような顔だった。