結婚式(2)
まだ、案内係の来るタイミングではないのに。何ぜ。誰が来たのか?
遥は、ドアの不意なノックに表情を固めていた。
不安。不満。いや、不自然。
いずれにしても、今ではない何かが訪れたように思えた。
「はい。なんでしょうか?」
ドアノブを下げながら、向こうの声を待った。
「あの、エイコ、高麗英子さまは、こちら、ですね」
ドアを開ける。
教会のフロントにいた係りの少女がいた。
「そうですが…」
「英子さま、に、あの、電話があって。メモを持ってきたのですが……」
「私が受け取ります」
「ちょ、ちょくせつ、英子さまに……」
「女中頭の私が案内を任されてます。分かりますか」
裁ち落とすような言葉が少女を、ドアの向こうへと押し返す。
「では、……これを渡してください」
メモの入っている小さな封筒が遥に渡された。遥がドアを閉めた。
ドアを背にすると、遥が封筒を開けた。
用紙を取り出し、メモを読む。
「遥さん?」
「…」
「遥さん、遥さん、まだ、なの?」英子が声を投げた。
遥は声を上げる時を失っていた。
メモの言葉を、今の英子に伝える術がなかった。
『ミス・タツコ、行方不明。遺体を発見できず』
不似合いな彩りが遥の言葉を奪っていた。
「は、はい。英子さま。まだ、です」
声を普段と変わりないように整えるだけが、遥にできることであった。
「そお? そろそろでしょ」
「はい。もうしばらくです」
「渓さん、いえ、靖男さんは、お待ちじゃないかしら」
「ええ、英子さまのウェディング姿を待っていますよ。とても素敵です……」
「ありがと、うれしい。遥さん」
「いえ、もうしばらく、お待ちください」
「そ、……そういえば、竜子さん、いないのよね」
英子は思い出していた。
竜子さん。そう、竜子さんがいないんだっけ。
夢を掴みにアメリカに渡っていった、姉妹の竜子さん。
夢を掴んだって、昨日メールと写真が来ていた。
”今日は夢が実現する日だ”
私の結婚式に重なるなんて、なんて偶然なのかしら。
竜子は、小学校から高校まで一緒だった。
一緒。ずっと一緒。でも、竜子さんは破天荒で、マイウエイ。彼女が全力でいつも私の前を走っていた。思い出すわ、赤いスカート、ネルの白いカーディガン。父上が連れてきた時の驚き。あれは6歳の時だった。そうそう、小学校に上がる1週間前のことよ。同い年の姉妹ができた瞬間、嬉しかった。竜子さん。会いたいな。
英子は、ウエディングのベールの中に、白い指を入れて、涙を拭いた。
英子は、感極まって涙が出た。
「遥さん、思い出すわね、竜子さんが来た日を、覚えています?」
女中の遥にとって、その涙は驚きだった。恐怖だった。
竜子の死を英子に知られたような気がしたから。
幸せには届きかねる影となったメモを握りしめていた。