第二話「The Humbles(卑しい者達)
次の日、雄介は転校してきて小町と同じクラスになった。小町には、親友がいた。
名前は岩清水楓。とても勝気な女の子である。
ある日、小町と楓が話していると雄介が小町に声をかけてきた。
「小町ちゃん、ちょっといいかな?岩清水さん、小町ちゃんを借りるよ」
楓は雄介の事をよく思っていなかった。だから、小町が雄介と仲良くなったことを知った時から雄介に対し警戒心を抱いていた。
「...できるだけ、早く返しなさいよ。あと、小町ちゃん言うな。小町!何かされたらすぐに戻りなよ!」
「大丈夫、楓は雄介くんを誤解してるよ。話してみるとすごくいい人なんだよ」
「ふーん、どーだか。ちょっと、滝沢。小町に何かしたら許さないわよ」
「大丈夫だよ、岩清水さん。『ちょっと』話をするだけさ」
※※※
雄介は、小町を体育館裏に連れてきた。
「ねえ、小町ちゃん。...君は何か悩みを抱えているんじゃないかなぁ?」
「へ⁉い、いやそんなことないよ!」
「こんなこと言ったら気持ち悪いと思われるだろうけど...、僕は小町ちゃんが心配なんだよ。悩みがあるならいつでも言ってね?相談に乗るからさぁ」
「だから、雄介くんのこと気持ち悪いだなんて思わないって!心配してくれてるもん、気持ち悪いなんて言えないよ!...心配してくれてありがとう。でも、本当に大丈夫だから
「いじめられてるんだろ?」
小町の顔から笑顔が消えた。秘密をいつの間にか知られてしまっていた。楓にも話さなかった秘密を。
「どうして...知ってるの?も、もしかしてあの時...」
「ああ、『見てた』よ。『窓の外から』。ねえ、どうして周りの人に相談しないの?」
「...心配、かけたくないの。...楓ちゃんね、私と同じ部活なの。練習場所は別々なんだけど。楓ちゃんって強いからさ。もし話したら絶対騒ぎを起こすに決まってる。そしたら、楓ちゃんまでいじめられちゃう!そんなのいや!!...だから...」
「そっか。...ねえ、具体的に『どんな風にいじめられてるのか』僕に話してくれないかなぁ?」
「...理由によっては私怒るよ」
「いやいや、そういうのじゃなくて。なんというか、その。
やめさせられるかもしれないんだ」
小町は複雑な気持ちになった。目の前の少年は、自分が抱えている問題を解決できるかもしれないと言った。この場で『はいお願いします』と言うのは簡単だ。しかし、安易に承認したらあとで困ったことになるかもしれない。雄介がまたいじめを受けるかもしれない。そんなことはあってはならない。
「...い、いらないよ、哀れみとか。その....、言い方はキツイけど、...これは私の問題なの。だから関わらないで...!自分のせいで関係が壊れるなんてイヤなの!」
小町は、必死だった。自分の問題に親しい人を巻き込まないために。思っていた。彼なら多分わかってくれるだろうと。しかし、その予想は外れた。
「...小町ちゃんさあ、岩清水さんといつから親友なの?」
「え、えっ?楓と?えっーと、小学三年生からかな」
「...どうして仲良くなったんだ」
小町は恐怖した。雄介の様子が明らかにおかしい。この後、小町は先ほどの突き放すようなセリフを後悔することになる。
「男子にね、ふざけてリコーダーを取られたの。返してって言ったけど全然返してくれなくて。進級した時からやられてて。そしたら、楓が取り返してくれたの。それがきっかけで仲良く...なったんだ」
「...へえ、そうなんだ。それじゃあ聞くけどさあ、
岩清水さんは哀れみで取り返したのか?」
「え...」
「なあ、違うよなぁ。何度も取られてる所を見て放っておけなかったから取り返したんだろ?なあ?」
「た、多分、楓ちゃんの性格から考えてそうだと思う。でも、それとこれとは
「リコーダーを取られたのといじめられてるのなんて同列に置けない、か。
ふざけるな!!!!!!!
僕は君が放っておけないんだ!!!!同じ苦痛を受けてるから、放っておけないんだよ!!!幸いなことに僕は君を救う術を持っている!!!!!多分『褒められたもの』ではないだろうけど、自分と同じ境遇の人を救えるなら僕は手段は選ばない!!!!それなのに、こんなに君を救おうとしてるのに、君は突き放すのか!!!」
小町は今にも泣きそうになっていた。彼の訴えはドラマの熱血教師のそれではない。完全に狂人のそれだった。とにかく、怖かった。彼が殺気立っているのは一目で見て取れた。雄介は何回か肩で息をすると、こう言った。
「...ごめん。感情的になった。僕って昔からキレやすいんだよ。本当にごめんなさい。怖がらせてごめんなさい」
小町は気が抜けたようだった。こんなにも温度差が違うなんて。彼はものすごく真剣だ。真剣に自分のことを考えてくれている。彼に恐怖して屈した彼女は、そう解釈するしかなかった。
「...こっちこそ突き放すようなこと言ってごめんね」
「いや、もういいよ。教室に戻ろうか」
「待って!」
「ん?」
「どんな方法かは知らないけど...実行すれば本当に私は解放されるの?」
小町は彼が自分の問いかけを聞いて一瞬狂笑したように感じた。
「ああ、約束するよ。君にも岩清水さんにも被害が及ぶことはない。これは自信を持って言える」
「...じゃあ、その。お願い...します」
雄介はそう聞くとこう返した。
物分りがよくて助かるよ、と。
※※※
その日の放課後。
自習に使えるけどあまり誰も来ない空き教室に雄介はいた。
ドアをノックする音を聞くと、雄介はドアを開けて叩いた人物を迎えた。
「やあ、よく来たねぇ。『十返舎一』くんだっけ?」
「あ、ああ。そうだよ。十返舎...一だよ。し、写真を撮るのと見張り役になってる...」
十返舎一。背丈は雄介と同じくらいだ。ブレザーのズボンをあげてYシャツの上に茶色いベストを着ていた。そして、自信のなさそうなまさに小心者の挙動をしていた。
「んでさ、一。呼び捨てでいいかな?」
「あ、ああ。いいよ」
「よし、一。『他の3人』はどこだ?」
「あ、ああ。為永は少し遅れるみたいで、式亭と山東...くんはトイレだよ。も、もうじきらくると思う...」
「よし、わかった。座って」
一は雄介に言われるがまま動いた。
そして、1、2分後。
「よう、来てやったぜ」
「ちーっす」
「おお、不良の『山東京也』くんに女たらしの『式亭義剛』くんじゃないか!」
山東京也は体格のでかい男だ。制服を不良ならよくやるように着崩している(改造はしていない)。昭和の不良番長といった感じだった。一方、式亭義剛の方は髪こそ染めておらずピアスの穴も開けていないものの、その挙動からいろんな意味で『遊んでいる』と挙動でわかる奴だ。ブレザーのボタンを開けて、細めのネクタイをつけていた。
「おい、式亭。おれの方はともかく、おめえ『女たらし』って言われてるぞ。いいのかよ?」
「いいんだよ、俺にとって『プレーボーイ』は褒め言葉なんだぜ?なあ、一クンよぉ?」
「え⁉ああ、うん!!よっ、色男ぉ!!」
「...いや『プレーボーイ』でも『色男』でもねえよ...」
「三人とも静かに。為永...『為永康太』くんはまだなのかい?」
「後ろに...いる」
「うおおっ、いつからいたんだい?」
「山東が式亭に話しかけたあたりからだ」
「ぐ、具体的だなぁ...」
為永康太は目つきの鋭い男だった。ネクタイの結び目を小さくしていて、セーターの上にブレザーを羽織っていた。
「よし、揃ったところで『会議』を始めよう。それじゃ、まず一以外の人間にこの計画におけるそれぞれの役割を話してもらおうか。
はい、京也」
「き、急に呼び捨てかよ。...盗聴及び録音と、対象が抵抗した時に抑えつける役だ。あと、用心棒」
「グッド。じゃ次は義剛」
「証拠のビデオを撮る役。んで、吹奏楽部に『女』が一人いるからそいつから内部の情報を得る担当。計画のことを話したらノリノリだったよ」
「え⁉式亭くん話したの⁉」
一が怖がって聞く。
「ビビんなよ、一クンよぉ。『真の目的』は言ってない。『驚かせる』って言っただけさ。それにあいつ結構口かたいほうなんだ。だから大丈夫だよ、滝沢リーダー」
「...少し、心配だがまあいいや。じゃ山東」
「プログラミングだ。十返舎、式亭、山東がとったデータに細工をする。合成とかトリミングなんて生易しいものではない」
「滝沢よぉ、なんでプログラミングが必要なんだ?ていうか、できんのかよ」
「んん?なんだ山東クン知らねーのかよ。為永クンは少年プログラマーとして有名なんだぜ?」
「そう、そういうこと。康太、『あれ』割と難しいと思うんだができるのかい?」
「初めてやるからな。まあ、できる限りのことはしてみよう」
「ね、ねえ滝沢くん。『あれ』って何?」
「今にわかるさ。んで、僕がリーダーで計画をたてる。そして、
いじめの実態を被害者である小町ちゃん...歌川小町から聞き出す役目をつとめる」
「『小町ちゃん』ねえ、いつからそんな関係になった?滝沢クンよぉ」
「計画のためだよ。お前にはやらないぞ。あんないい子をお前に渡すわけにはいかない」
「おい、滝沢。...いいか、私情は挟むなよ」
「わかっているよ、康太。私情は挟んだらダメだ。
これは、『複数人による計画的な恐喝』なんだからねぇ」
次回に続く