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自閉探索  作者: 清水江梨
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一話:今必死に睡魔と戦ってるんでお願いだから放っといて下さい

一カ月前、私の通っている高校で、わりと大きな事件が起きた。

「自殺、ねえ」

手元にある新聞に目を落とすと、大きく『東高校男子生徒自殺未遂、原因はやはりイジメか』との文字。

くだらない。

せめてこの自殺した生徒が、同じ学校で、しかも隣りのクラスの奴でなければ、私もまだストレスを感じずに済んだのに。

ベッドに仰向けに寝転がって、足をぶらぶらさせる。

埃っぽい狭い自室。

ステレオから流れてくる音楽なんて聴いちゃいないのに、電源を落とすことはしない。

仄かにシャンプーの香りがする枕を顔に押しつけて、息を吐いた。

最近周りが騒がしかった所為で、疲れが溜まっているらしい。


中島翔吾。

例の、男子生徒の名前だ。

でも私は、事件が起きるまで彼の名前は愚か顔すら知らなかった。

中島くんの自殺未遂事件はその時こそ騒がれたものの、私がそうだったようにやっぱり彼を知っている人間というのは少なくて、すぐに飽きられてしまった。

ただ、彼に『自殺未遂の暗い奴』のレッテルが貼られただけ。

好き勝手言われた上に死に損なうなんて、お気の毒に。

東高校では今日も平和に退屈な授業が行われていた。

中島くんはもう復帰しているらしいけど、私は未だに顔を見たことがない。

「先を越されてしまったよ」

でも、私だったら、絶対に失敗なんかしない。

確実に、このくだらない毎日からオサラバすることができる。

「私も、してみようかな」

そんなことを考えながら、シャンプーの香りと音楽に揺られて、私は意識を手放した。


 

「ねえねえ、由宇この中で誰が一番格好良いと思う?」

昼食後の休み時間、音楽雑誌を広げて私にそう話しかけてきたのは、クラスメイトの朱美だった。

彼女はうちの馬鹿クラスの中でも派手で可愛い部類に入るらしい。

教室でも目立っている子だから、一緒にいると一番体力を消耗する。

雑誌にはアイドル顔の少年たちが五人、爽やかな笑顔を浮かべてポーズをとっていた。

でも私は、名前は分からないし興味は湧かないし、別にどの顔にも惹かれない。

「んー……」

女子高生って皆こうだ。

勉強なんかさっぱりのくせに、こういう話題の時だけ盛り上がって、群がって。

不思議な生き物。

正直吐き気がするけど、その所為で今まで築き上げてきた友人関係を壊してしまうのもなんだか馬鹿みたいな話だ。

ということで、いつものように適当に返事をすることにする。

「……皆格好いい!一人だけとか絶対選べないって!」

これは、私がよく使用する『とりあえずこう言っておけばなんとかなる言葉百選』の内の一つだ。

「分かる分かる!この中から一人、なんて無理だよねえ!」

「でっしょ?」

私の狙い通り、当たり障りない回答に満足したらしい朱美は同調したように身を乗り出す。

本当は全然分かってなんかいないのに。

そう考えると、なんだか彼女が可哀相になった。


私は狂っている。

自分でも時々、そう思う。

皆と感じ方が違うのを恥ずかしいことだとは思わないけど、学校という名の戦場で生きていく為に平然と嘘を吐く自分が、たまにどうしようもなく嫌で怖くなるのだ。

適当に相槌を打って、同調して、一緒になって騒ぐ。

本心とは違っていてもこれだけのことをこなしていれば、少なくとも孤独にはならなくて済んだ。

――一人が嫌なわけじゃない。

むしろ私は孤独を愛する女だと思う。

ただ、それだと面倒なことに巻き込まれる恐れがあるから頂けなかった。

面倒臭いのは嫌いだ。

良く言えば明るい、悪く言えば五月蠅い彼女たちについていくのはかなりの労力を消費する。

けど、私はとにかくこの三年間の高校生活を何事もなく終わらせたかった。

その為なら私は、いくら嘘を吐いたって、感情を押さえ込んだって構わない。

「ま、やっぱりあたしの一番は健介君なんだけどね!」

あー、だよね!健介君マジ超格好いいもん!

そう、言おうとした。


……言おうと、したのだ。


なのに、その途端、急に声がでなくなった。

「健介って誰?」

あれ?――違う。

どうして、ただ思っていただけの言葉が声になっているのかが分からない。

違う。こんなのは、違う。

これは私じゃない。

「誰、って……由宇、そんなことも知らないの?遅れてる」

と、さっきまでの様子が信じられないくらいの冷たい瞳で、朱美は私を見た。

「ずっと、知ってるみたいに話してたじゃない。嘘吐いてたの?」

私は、否定することができない。

「やっぱり。あたし、最初から由宇はそういう子なんじゃないかって、思ってたのよ」

黙って俯く私を、朱美は見下ろしていた。

足下が崩れていく感覚に襲われる。

目の前が真っ暗になる――。


 

「……浅木」

耳元で自分の名前を呼ぶ声を、私は華麗に無視した。

適度に満たされたお腹がまた眠気を掻き立てる。

「浅木」

薄目を開けて現状を確認すると、ここはさっきまでの自室ではなく、東高校二年C組の教室だった。

「浅木」

そう、『教室』だったのだ。

「浅木ッ!」

頭部に鈍い痛みを感じて、呻きと共に完全に目を覚ました。

どうやらさっきのは夢で、現実はこっちらしい。

もうどこから夢だったのかもわからないけど、とりあえず安心した。

拳骨が飛んできた方を見上げると、そこには鬼の形相をした担任、剛史の姿があった。

「俺の授業中に居眠りするとは、良い度胸じゃないか。ん?」


……私?

 

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