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自転車旅情

作者: 藤田文人


……我が町には『自転車専用道路』なる道がある。

平たく言えばサイクリングロードである。

ちなみに我が町はそのサイクリングロードの起点(始点?)になるわけで、遙か彼方にある終点までの果てしないチャリの旅など実行する豪の者はなかなかいない。

自転車をこよなく愛する者達なら、この道を歓喜とともに突き進むだろうが……まさか自分がこの果てしない道を走るとは、夢にも思わなかったわけで……。

 

5月4日、晴れ。

春の陽気と言うには日差しが強過ぎるゴールデンな一日。

せっかくの長期休暇を無駄にしたくない俺は、何を思ったのか自転車の旅を思いついた。

ちなみに俺愛用の自転車はその二日も前にパンクの悲劇に遭っている。なのに何故そう思ったのか?

……それは目の前に自転車が放置されていたから。

お金を降ろしに銀行に行った帰りにジュースを買おうといつもと違う道を通りかかった時だった。

鍵が付いたままゴミ集積所に投げ捨てられた哀れな自転車が目に飛び込んできたのだ。

気のせいだと思うがその時、自転車の声を聞いた気がした。

『このまま朽ち果てたくない……もう一度、風になりたい……』

声を聞いた……と思う。俺はその声を信じた。

サドルに跨りペダルをこぐ。なんだか風になった気分。

その時、サイクリングロードを思い出した俺は自転車の旅を思いついたのだ……。

 

昼過ぎだからか?けっこー暑い。

でも、チャリで風を切ると気持ちよかった。少し風が強い気もするが関係ない。

ただひたすらにサイクリングロードを進む事にした。

川沿いを走る俺。田舎だけあってのどかな雰囲気だ。

「……さぁて。どうしますか……」

とりあえず土手っぷちを走る俺。

見事なまでに何もない道を軽快に進む。草むらを眺め走る。

そんな俺の視界に、見慣れないものが飛び込んできた!

「……うわ!ありゃ、雉じゃねぇーか!」

たしか、天然記念物だった様な気がする。違ったか?

しかし珍しいのには変わらない。

俺はすぐさま引き返し、携帯のカメラで激写しようと急いでカメラモードに切り替えた!

……サササササッ

危険を察知したのか、雉は草むらの中へ避難した。

すっぽり隠れて姿が全然見えない!

「……雉も鳴かずば打たれまい、か……」

見事!これぞ本能の成せる技なのか、さっぱりその姿を見つける事ができなかった。

(……むむっ、やりおる!)

俺は雉の素早い逃走劇に感心し、激写をあきらめ再びペダルをこぐ事にした。

道のりはまだまだ長い。だがサイクリングロードは所々整備されており、風を切って走るには申し分ない。

だって自転車専用道路だから、車を気にせず走行できるしね!

たまに歩行者が歩いてたりするけど、そういうポイントは決まっているから何ら問題ない。

心地良い風に吹かれながらの自転車の旅は、体力的な問題さえ解決できれば都会の喧騒に疲れた心を癒してくれる。

俺はそう思う。俺だけか?

……春にしては強い日差しもあまり気にならない車上の俺。専用道路をひたすら突き進む。

ゴールデンな休暇をこの様な事に使っている俺って、なんだかクール?……なんて自己陶酔しながら鼻歌なんか歌ってみたりする。

自転車専用道路は場所によっては人通りが少ない。

いや、無い。故にいつの間にか鼻歌が歌に変わっていても仕方無いのである。

もう自分の世界だ。

『旅情』に浸る俺は渋い系の歌を歌いながら完璧に自己陶酔している……。

川沿いの道に入った。道は長かった。それでも走る俺。

しばらく進むと小さいながらも桜並木に出くわした。

5月に入り散りゆくだけの桜。まだ少しだけ花を咲かせていた。

『……まだ生きている……風を浴び、光を受け、命の炎を燃やしている……』

また声が聞こえた気がしたが、散りゆく桜を見て感傷的になってる俺はその命の輝きを見ながらペダルをこいで行った……。

果てしなく続く道。いつか誰かが言ってた言葉が浮かんでくる。

“人生は旅と同じだ。一人一人違う道を歩く旅人の様なものだ”と。

なんとなく、その言葉の意味がわかる様な気がする。

 

しばらく進み、カーブを曲がると巨大な物体が目に飛び込んできた!

……馬だ。俗に言うサラブレットというやつである。

以前、チャラっと競馬をかじった俺は馬が大好きだった。

「すげぇ!すげぇ!」

まるで子供だ。まさか、こんな間近で馬を見るとは!

今年三十のいいおっさんが何を感動してるんだか……。

馬は女性厩務員が連れていた。

俺は写メかムービーが撮りたい!と心底思った。でも、馬が驚いたらどうしよう?

やっぱり、やめた方がいいかな?そう思った俺は、馬の勇姿を目に焼き付けペダルをこぐ事に。

この一帯には乗馬できる何らかの施設があるみたいだ。

柵の中でたくさんの馬が歩き回っていた。

それを見る親子連れ…優雅にゴールデンな午後を過ごしてるなぁ、と思いつつその光景を横目に前へ進んだ。

 

ひたすら進むと、林みたいな場所に出た。

そこは松の木でいっぱいだった!まさに“松の道”といった感じの自転車道路……ちょっと感動しながらペダルをゆっくりこぐ俺。先を見れば道はかなり長い。

まぁ、雅な空間でマイナスイオンを感じるのもまた一興!日々荒んだ日常を送る孤高の戦士?にも、安らぎは必要であると思うわけよ!そんなしょーもない理由で意気揚々とスローペースで“松の道”を進む。

「……長いなぁ」

本音である。マジな話長かった。

途中、道が途切れながらも“松の道”は果てしなく続く。

おそらく、5キロはあったんじゃないだろうか?

……ちなみにこのゆったりペースで進んだ事や自転車道に対する自分の認識の甘さを後々になって思い知らされる事になる……。

 

全国的にも名が知られている?とある港に着いた俺。

“松の道”で思いの外時間をくったので時間は17時になっていた。

海を眺める人に混じり、俺も黄昏の一時を楽しむ。

海猫の声が心地よい。潮風が暑くなった肌を冷やしてくれた。

物言わぬ自転車を脇に缶コーヒーを飲みながら疲れた体を癒す。

時間的にそろそろ引き上げ時かな?と俺は思ったが『終点まで行く!』と決めていたので自転車道路を探すべくペダルをこぎ始めた。

……ちなみに港に出る道はあったが、先へ進む道が近くになかった。

「……困ったなぁ……道がねぇよ」

辺りを回って自転車道路を探すもここは港以外の何物でもない。

それっぽい場所すらまったくなかった……。時間にして30分探したが見つからない。

こりゃ、降参か?

こればかりは、さすがにあきらめるしか無さそうだった。

どうせ帰るんだから、近くにあるちょっとだけ浜辺になってる昔よく行ったスポットで海を見て帰る事にした。

そこは港から少し離れた橋を渡った所にある。橋はちょっとした坂になっており、疲れた体に鞭打ってペダルをこいで行った。

夕焼けが綺麗だ。

缶コーヒー片手に煙草を嗜み、波の音色に耳を傾ける。

……う〜ん、至福じゃあ。

俺はすっかりまったりモード全開。

「……さて、帰るかな」

俺はサドルにまたがり缶を捨てようとゴミ箱の前に来た。

ゴミはゴミ箱へ。

これ、大人の常識なり。

だが、そんなまったりモード全開の俺の目に、どんでもないものが飛び込んできた!

『自転車専用道路案内図』

……あ、ありえねぇ!港から少し離れたこんな場所に自転車道路が続いてるなんて!まったりモード全開の俺には、この事実はメンタル的にものすごいダメージを与えた。

「行くしか、ないだろうな……」

ここで引いたら男がすたる!というわけで気持ちを切り替え、一路終点への旅を続ける事にした……。

 

だんだん薄暗くなってゆく。困った。この自転車、ライトが点かない。

しかも道はあまり舗装されておらず走りにくい。さらに人の気配などさっぱりない。

自転車道路を抜けた俺は舗装された道に出た。これで楽に走行できる。

単純に考えた俺は、自転車道路を見失いこの果てしなくまっすぐに続く道を延々と進む事になった!

ほぼ直線。途中、緩やかなカーブがちらほらあるだけの道路。

車ならいざ知らず、自転車の速度で行くにはあまりにも苦痛だった……。

 

ひたすらペダルをこぐ。目の前はまだ直線が続き、はじめの時の旅情を見事に粉砕した。

「帰りてぇ……」

この直線に入って俺はこのセリフを何回も口にしていた。

それほど精神的にキテいる。

自転車道路とは似ても似つかぬ直線。

俺は完全に自転車道路から外れたコースを走っていた。

だが直線しかないこの道路、脇道に逸れる事さえできなかった……。

 

……陽も落ちて夜の闇に包まれた。

俺は携帯のGPS機能を駆使し、自力で大きな道路に出る事ができた!

終点を目指し、標識を探すも『自転車道路案内図』は見つけられず、主たる駅への案内しか標識には記されていなかった。

「……時間的に無理だ!」

いくらなんでも気力、体力、精神力の限界が近付いていた。俺はサイクリングロードの終点をあきらめ、その終点のある駅をゴールに変更し進む事にした。

標識を目印にペダルをこぐ俺。

俺は、いったい何のためにペダルをこぐのか?……物言わぬ相棒に問いかけたい気分だったが、成り行きとはいえ自分で決めた事だ!愚痴っても仕方無い!

ペダルをこぐ!こぐ!こぐ!

 

……完全に夜の闇に包まれた自転車旅行も終着駅に到着し、俺は駅前のベンチに腰かけた。

『……これで悔いはありません……』

目の前に止めてある自転車から、声が聞こえた気がする……。

気のせいか?

相棒の変わらぬ姿を見て俺は煙を吐く。煙草を吸いながら、疲れた体に活を入れる。

時間はもう遅い。

拝借した自転車には申し訳ないが、今からサイクリングロードを戻るのは体力的に死ぬ!ちょっと心苦しいが、旅の相棒・自転車とはここでお別れする事にした。

体力的な理由により電車で帰る決断を下した俺。

自転車を駅の柵に放置し、軽く頭を下げた。

(……ありがとう。

お前のおかげでここまで来れたよ……長く険しい旅路の中、よく壊れずについて来てくれた……ありがとう……)

ちょっと感傷的になった俺は苦楽を共にした相棒に感謝の言葉をかけた。

少し名残惜しいが一緒にはいられない。俺は背を向けて駅の中へと入って行った……。

 

放置された自転車。

物言わぬその姿には、今まで風になり走り抜けた傷跡だけが刻まれている。

『……最後に風になれて、本当によかった……』

柵に寄りかかり、誰もいない場所で打ち捨てられた車体には、使命を果たした達成感が滲み出ている様に見えた……。

勢いでチャレンジした“サイクリングロード完全制覇”だが、結果は敢えなく失敗……。しかし、ネタとしてはなかなか面白いと評判だったので、この旅は一応の成功だと思う。まぁ、二度とチャレンジする事はないだろうけどね(笑)

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― 新着の感想 ―
[良い点] なし [気になる点] 確かごみ置き場に放置されている自転車であっても、その行為は窃盗扱いになるのでは?許可をとったんならともかく、そういう犯罪になりかねない話を小説として出すのはどうかと思…
[一言] 面白くてよかったです。 だけどなんとなく、途中で出会った人々との会話なども気になりました。
[一言] 初めまして。GWの過ごし方、人により様々だなと色々な場所へ立ち寄りながら進むので、飽きずに読めました。  最後、放置していく潔さが今までの旅行気分から現実に引き戻された感じになりました;。そ…
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