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八十八年目の星結び  作者: 星 羽芽


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42/51

42 壊される



「ようやく見つけた!」


 聞き慣れた声に振り返れば、そこには煉弥の姿があった。

 その隣には晶佳もいる。二人とも周囲の状況を確認しながら足早に歩み寄ってきた。


「依玖、無事だったか」

「はい……」


 煉弥はそう言いながら頷く私の全身に怪我がないか確かめるように視線を巡らせ、その後で汐凪と浦霧へ目を向ける。


「状況は?」


 煉弥の短い問いに対し、浦霧は結界の異常や神域周辺の状況、現在進められている避難誘導の進捗までを手短に説明する。

 報告を受けた煉弥と晶佳は揃って湖の向こうへ視線を向け、表情を険しくした。


「やっぱり神域絡みか」


 その呟きは重く沈み、誰も軽々しく否定できない。

 遠くに見える結界を見据えながらしばし沈黙が落ちるが、その静寂を破ったのは汐凪だった。


「四人で行こう。戦力は多い方がいい」


 迷いのないその判断に煉弥は即座に頷き、静かな声で同意を示す。


「異論はない。この後のことを考えれば、お前達が負傷するわけにはいかないからな」


 それは単なる戦力計算ではなく、試練の担い手である汐凪と私を守る必要性を理解した上での現実的な判断でもある。晶佳もまた無言で頷きを返した。


 浦霧は一瞬だけ何か言いたげに眉を寄せる。

 本来ならば自らが同行したいのだろう。

 汐凪の補佐として常に傍らに立ち、危険を排することを役目としてきた彼にとって、主を危険地帯へ向かわせながら見送る判断は決して容易ではない。

 だが今は神域内部だけではなく周辺全体の統制も必要であり、避難誘導と警戒体制の維持には浦霧の指揮が欠かせない。彼はその感情を飲み込むように静かに息を吐いた。


「護衛と神官には避難誘導と周辺警戒を継続させます。神域内部の確認は皆様に」

「任せろ」


 煉弥が力強く答えた、その直後だった。


 まるで巨大な何かが砕けるような音と共に空気が震え、誰もが反射的に顔を上げる。

 視線が向かうのは、神域を覆う巨大な結晶だった。


 長い年月にわたり神域を守護してきた神聖な結晶の表面に、生き物の血管のような無数の亀裂が這っていた。

 一本だった亀裂は瞬く間に枝分かれし、幾重にも絡み合いながら結晶全体へ広がっていく。

 その異様な光景に、その場にいた全員が言葉を失った。


「まさか……!」


 浦霧の声にも焦りが滲む。

 亀裂はなおも勢いを増しながら結晶全体へ走り続け、やがて限界を迎えた結晶は激しく明滅を繰り返した後──耐え切れなくなった硝子細工のように、無数の光の破片を四方へ撒き散らしながら砕け散っていった。


 神域を外界から隔てていた最後の防壁が、今この瞬間に完全に破壊されたのだ。


 直後、結界の消失を待っていたかのように神域の奥から凄まじい咆哮が響き渡る。

 その音は湖面を震わせ、鎮守林の枝葉を激しく揺らしながら周囲の空気そのものを圧迫した。


「水虎様!!」


 思わず叫びが漏れる。

 脳裏には幾度となく言葉を交わした水虎様の姿が鮮明に浮かび上がり、悠然と湖を見下ろしていた威厳ある姿も、穏やかに目を細めていた表情も、今は苦痛に耐えるように叫び声を上げている光景へと変わってしまう。


 しかし、誰もが異常事態を認識した次の瞬間だった。

 突如として空気が裂けるような音が響き、鎮守林の陰から放たれた霊術の光が一直線に汐凪へ向かって飛来する。


 誰かが警告の声を上げるより早く、煉弥が前へ踏み込んだ。

 その掌から噴き上がった紅蓮の炎が光弾を正面から飲み込む。

 衝突と同時に爆ぜた火花が周囲へ散り、熱風が湖畔を吹き抜ける中、木々の間から複数の人影が姿を現した。


「やっぱり来たか」


 煉弥は舌打ち混じりに呟きながら汐凪の前へ立ち、その背後へ回り込もうとする敵の動きを封じるように炎を走らせる。


 一方で私の側へ飛び込んできた黒衣の襲撃者に対しては、晶佳が迷いなく剣を抜き放ち、銀色の軌跡を描く一閃によって相手の攻撃を弾き返した。

 鋼と鋼が激しく打ち合う音が響き渡り、その勢いのまま晶佳は一歩踏み込むと流れるような連撃で相手を押し込み、反撃の隙すら与えず戦線の外へ叩き出す。


 襲撃者たちは明らかに訓練された動きを見せていたが、煉弥と晶佳の連携はそれを上回っていた。

 汐凪へ向けられる攻撃はことごとく煉弥の炎によって焼き払われ、私へ伸びる刃は晶佳の剣がすべて遮断し、わずかな時間のうちに戦況は決定的な差となって現れていく。

 襲撃者たちも劣勢を悟ったのか徐々に後退を余儀なくされ、神域への進路を塞いでいた包囲にも綻びが生まれた。


「今のうちだ、行くぞ!」


 煉弥の声を合図に四人は神域へ向かって駆け出し、湖畔を横切ろうとした、その時だった。

 敵の一人が何かを地面へ叩きつけるような動作を見せたかと思うと、ほぼ同時に林の木々の間からも同様に何かが投げ込まれる。



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