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八十八年目の星結び  作者: 星 羽芽


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20 想い知る



 隠れた表情が読めなくて、私は少し不安になる。

 呆れているのか、困っているのか。やはり言いすぎだっただろうか。忙しい汐凪にもっと構えなどと、婚約者の立場を笠に着て傲慢すぎただろうか。


「あの、汐凪様?」

「ちょっと待って」


 くぐもった声がかすかに震えて返ってきた。


「あの、笑ってるんですか」

「笑ってない」

「じゃあ怒ってますか」

「怒ってない」

「では何なんですか」

「……まさか依玖が……そういうことを考えるとは思わなくて……嬉しくて……」

「????」


 全体的によくわからないことを言われた。

 私は眉を寄せて、顔を覆ったままの汐凪を見る。

 今、嬉しいと言ったか。私が拗ねて、妬いていると宣言して、それで嬉しいとはどういう感情の動線なのか。まったく理解が追いつかなかった。


「あの、整理してもらえますか」

「少し待って」

「何をですか」

「立て直したい」


 何をどう立て直すのかも分からない。

 私は汐凪の顔が出てくるのをしばらく待ったが、なかなか両手が下りてこなかった。水面では灯籠がゆらゆらと遠ざかっていく。


 それなりに間が経ってから、ようやく汐凪が顔を上げた。若干耳が赤い気がする。


「うん、ごめん。でも嬉しい」

「だから何がですか」

「依玖が、俺のことをそういうふうに思ってくれてたこと」


 汐凪は少しだけ目を細め、まるで大事な宝物を確かめるような顔でこちらを見た。


「依玖はただ、星読みに従って俺と婚約してくれただけだから」

「………………逆では????」


 政略的に婚約したのは汐凪の方だろう。彼が私との婚約を個人的に望む理由がない。

 星読みとは巡りを読み、将来起こりうる不和や災厄を避けるためのもの。この婚約はそういった星に従っただけであり、そこに彼の個人的な感情などないはずだ。


 私の困惑をよそに、汐凪はどこか不思議そうな顔をしている。まるで何故そこで驚くのかわからないとでも言いたげに。


「婚約した時に言ったこと、覚えてない?」

「骨身に刻んで人生の指標にしていますが……」


 あの日の言葉は一字一句覚えている自信がある。

 何かが噛み合っていない私たちは顔を見合わせて首を傾げた。

 おそらく伝わっていない、ということに気付いたらしい汐凪が、こほんとひとつ咳払いをして口を開く。


「名前を出すのも癪だけど、煉弥が言っていることもあながち的外れじゃない」


 不承不承といった様子でそう言いながら、汐凪は少しだけ視線を遠くへ向けた。


「星に選ばれた、ということは、"望まれた"、ということだ」


 ──その言葉には、使命や義務よりも、人の願いに近い温度が宿っている。


 星に選ばれたから、相性が良かったから。斎祀の伴侶として最も適切な組み合わせだったから結ばれた。それが始まりであり理由だと思っていた。

 思考が追いつかず黙り込む私を見て、汐凪は少しだけ目を細める。

 その表情には照れも困惑も混じっていて、普段はどこか余裕を崩さない彼にしては珍しく、躊躇いが見え隠れしていた。


「だって、"最善の結婚相手"には、好意が外せないだろう?」


 それはあまりにも単純で、あまりにも自然な理屈だった。

 最善の結婚相手。その言葉を聞けば、家柄や能力、相性や責務といった条件ばかりが頭に浮かぶ。

 しかし、どれほど理想的な条件であっても、共に生きる相手への好意が欠けているのなら、それは最善とは呼べないのだと。


「星読みで見るのは斎祀である()()()()()最善の未来だ。だから、依玖にとって最初はただの政略だっただろうけど、いつか、結婚する頃には、俺のことを好きになって貰えたら……と思ってたんだよ」


 この婚約の先に、二人の幸せがあるのだと。


 これまで当たり前だと思っていた婚約の景色が少しだけ違って見え、私はどう返事をすればいいのか分からないまま、ただ熱を帯び始めた胸元を押さえることしかできなかった。





 昼休みの廊下は移動する生徒たちで賑わっている。

 私も教室へ戻る途中だったのだが、不意に前方から近づいてきた煉弥が足を止め、そのまま自然な様子で声を掛けてきた。


「依玖、この後少し時間あるか」


 どうやら何か用件があるらしいと返事をしようとしたその瞬間、隣を歩いていた汐凪が何事もなかったかのように口を開く。


「それで依玖、この前貸した本だけど」

「え、あ、はい」


 まるで煉弥など最初から存在していなかったかのような自然さだった。腕が触れるほどぴたりとくっついてにこにことこちらを見てくる。

 私が思わず目を瞬かせる一方で、煉弥のこめかみがぴくりと動いた。


「読み終わった?」

「まだ途中ですけど……」

「そう。面白いからゆっくり読んで」

「おい! オレを無視するな!」


 堪えきれなくなった煉弥の声が廊下へ響く。

 しかし汐凪はちらりと視線を向けることすらなく、そのまま会話を続行した。


「読み終わったら感想会しようね」

「はい、あの、無視しろとは言ってないです」


 さすがに居たたまれなくなって口を挟むと、汐凪はようやく煉弥の方へ視線だけ向ける。


「うるさいな、邪魔しないでくれる?」

「お前が言うな!」


 放っておかれた時に比べれば改善はしたのかもしれないが、果たして本当に"改善"と呼んでいいのかは不明である。



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