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王妃様による最高の再婚〜夫と愛人聖女に飼われるくらいなら離婚させていただきます。あ、慰謝料はもらいますけどね~  作者: けい


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変わった人


「失礼します! 今、物が割れる音が――!?」


 リナフィアからはルーベントの身体で見えなかったが、恐らく彼が連れてきた護衛兵だろう。騒ぎの音を聞きつけて慌ててやってきたようだ。

 しかし、護衛兵は途中で言葉を飲み込んでいた。

 それもそうだ。目の前には、ソファに押し倒されている夜着姿の王妃と、それに覆い被さっている国王という光景。


 誰もが()()()()()()()()()と思うだろう。

 実態は、そのような甘い空気とは無縁なのだが。


「そこを片付けておけ」


 ルーベントはチッと舌打ちをし、リナフィアを解放するとそれだけを言い残して、自分はさっさと部屋を出て行ってしまった。

「ふぅ」と息を吐きながら、ソファから身を起こすリナフィア。


「……えっ」


 そこで初めてリナフィアは、飛び込んできた護衛兵が顔見知りだと知った。


「あなたは、レイス卿……だったかしら」

「大変失礼いたしました」


 頭を下げた拍子に彼の藍色の髪が、ランプの灯りを受け煌めく。暗色の上で、赤ともオレンジともつかぬ色が火先のようにゆらゆらと揺れている。

 その揺らめきが綺麗で目を離せずにいると、「その……」と頭を上げたレイスは気まずそうに視線を逸らした。


「え、あ、ああ、大丈夫よ。別に……あなたが思っているような場面ではなかったし。ちょっと……陛下が躓いてしまっただけだから」


 情事では当然なかったのだが、そう見られたことが恥ずかしく、リナフィアは顔を隠すようにして足元で散らばっているグラスの破片に手を伸ばした。

 気付いたレイスが慌てて止めようとする。


「妃殿下、結構です! 私がやりますので――」

「痛――ッ!」


 危ないですから、とレイスの口から言葉が出る前に、案の定リナフィアは破片で指先を切ってしまった。中指の腹から、血が玉のようになっては流れていく。

 あーあ、やってしまった、と子供のような失態に肩を落とすリナフィア。


(彼には情けないところばかり見られるわね)


 これでは、王妃として保ってきた威厳もなにもあったものではない。


「失礼。妃殿下」


 突然、手を握られ「え」と思ったのも束の間、次の瞬間にはリナフィアの中指はレイスにパクッと咥えられていた。


「――っな、ぇ!?」


 指先から伝わる温かな蛇が這うような感覚に、背筋がゾクリとする。

 驚きと男の人に指を舐められているという状況に、リナフィアの顔はまたたく間に赤くなる。


 目の前で跪いた男が、自分指を柔らかく食んでいるこの状況は、なんと背徳的な光景か。ランプの灯りを受け、レイスの頬にまつげの影が落ちる。影は彼の顔の上で妖しく揺らめいていて、それがまた扇情的で、リナフィアは視線のやり場に困ってしまった。夫のルーベントにさえ、このようなことをされた覚えはないというのに。


 レイスの舌は傷口に沿って何度も往復し、そして最後に傷口をきつく吸うとようやく離れた。

 ヒヤリとした指先が、妙にもの寂しい。


「失礼いたしました。妃殿下の服を血で汚してはならないと思い咄嗟に……」

「い、いえ……か、感謝するわ」

「すぐに侍女を呼んで参ります。まだ破片が残っているかもしれませんので、妃殿下はその場から動かれませんよう」


 レイスは手早く破片を片付けると、何事もなかったかのように部屋から去って行ってしまった。


「……変わった人」


 指先を見れば、皮膚が薄らと裂けているだけで、血はもう出ていなかった。



        ◆


 

 口の中に残る血の味。

 血の味には慣れているから、別に不快とも思わない。剣を振るえば怪我など日常茶飯事で、口端から血がしたたるほど口内を切ったこともある。


「何をやっているんだ、俺は」


 破片を片付け終え、今日の業務はこれで終わりだというのに、足は中々宿舎へとは向かなかった。

 レイスは壁により掛かり、ゴンと頭を打つ。

 鈍い痛みが走るが、これは自分への戒めだ。


「人として当然のことをしたまでだ……。そうだ、だから別にこれはおかしいことではない……はず」


 王妃の指先に唇を付けることなど、特別な思いがあってやったことではない。誰だとて、目の前で血を流す女性を見たら同じことをするだろう。

 決して、いつもは毅然として振る舞う王妃の震える指先に、すぼめた肩にいじらしさを感じたからではない。


「…………」


 もう一度、レイスは壁にゴンと頭を打ち付けた。

 口から漏れるのは溜め息ばかり。


 あの、マリアという正聖女が現れてから、急速に国王夫妻の仲が悪くなっているのは分かっていた。だから、部屋の中から国王の怒鳴り声が聞こえても「またか」としか思わなかった。

 だが、何かが割れる音を聞いたら、さすがに飛び込まずにいれないだろう。


 そして、そこで目に飛び込んできた光景に頭が真っ白になった。しかし、とんでもない場面に入ってしまったと後悔したのも一瞬、国王の方が気まずそうな顔をしてさっさと出て行ってしまったのだ。

 情事ではなかったようで安心したが、のそりとソファから身体を起こした王妃を見て、息が詰まった。

 彼女は国王が躓いただけと言っていたが、すぐに嘘だと分かった。

 彼女の顔は真っ青だったのだから。


 正直、この国は引きこもりだなんて言われているが、あの王妃でもっているのだろう。


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