二度目の正餐会②
「前回は私も悪かったわ。全部一人でどうにかしようとしていたもの」
夫を支えるのは妻として当たり前で、国母として決して弱音は吐いてはならないとずっと思っていた。
「大体、弱音を吐ける相手なんて……」
ミレーネは心から信頼しているし、気も許しているが、やはり彼女は自分に仕えてくれている身。主の弱った姿など見せたくないという、なけなしのプライドが自分にもあった。
「でも、そういった考えが失敗だったのよね」
全て一人で抱え込んで、人付き合いも疎かになっていった結果、自分に味方する貴族など一人もいやしなかった。
最後まで自分の無実を信じ、声を上げてくれたのはミレーネだけだ。
家格の低い貴族や、新興貴族などまだ力の弱い者たちは立身出世のためにマリアにすり寄り、古くからの貴族達は、王妃を庇うよりも、多少傲慢だろうとも正聖女付きの国王を選んだ。
国としては聖女が消えるわけでもなし、リナフィアがいなくなろうとも不都合はなかったのだ。それよりも、下手に王妃を庇って、国王の反感を買うほうがまずいと判断したのだろう。
「こうして今なら冷静に思考できるけれど、あの時は本当、悲しかったわ」
離婚を言い渡された場で周囲から向けられた視線は、混乱と憐れみ。
何度かパーティーで会って親しくしていた夫人達も皆顔を扇で隠し、当然その夫達も飛び火はごめんだとばかりに顔を逸らした。
皆、マリアといじめていたという出鱈目を信じていたのだ。自分が悪女だと。
おかげで離婚後は誰からの援助も受けられず、あっという間に領地を手放すはめになった。
既に、先日のマリア正聖女認定によって、貴族達は明らかにざわついている。はっきりと明言する者はまだいないが、それとなく王妃派と正聖女派に分かれつつあった。
この流れも前回と同じ。
前回は、薄らとそれに気付きつつも仕事に忙殺され放置していた。しかし、今回ならばまだ間に合う。
「とにかく、私には味方が必要だわ」
リナフィアは椅子から腰を上げると、背後にある窓を覗き込む。
見える景色の大半は広大な王宮。眼下では会議が終わったのか、貴族達がわらわらと出てきているところだった。
「味方……特に、この山の処理を手伝ってくれるような人達がいいわ」
チラ、とリナフィアは机の端を見やる。
「それにはまず、貴族達の動向を把握する必要があるわね……そういえば今度、正餐会が開かれる予定だったわね」
どうせ今回の正餐会も、リナフィアの正聖女認定を祝う会になるのだろう。
「ちょうど良いわ。これで諸侯の動きも見えてくるでしょうし……きっと、その中に私を生け贄にした貴族もいるわ」
リナフィアは首に指を這わせた。
なめらかで傷一つない肌。
だが、指先でその場所を横に撫でれば、痛みとも熱さともつかない衝撃が蘇ってくる。
「――っはぁ! ハッ……は……ぁッ」
めまいがして、ぐらりと地面が揺れた。次の瞬間、リナフィアは窓台にしがみつくようにして倒れていた。額には汗が滲み、息も浅くなる。
「大丈夫……大丈夫よ、リナフィア……」
何度も大丈夫だと自分に言い聞かせ、心を落ち着かせる。次第に息も整い、リナフィアは椅子に掛け直した。
汗を拭こうと机に置いていたハンカチに手を伸ばす。
そこで、リナフィアはそう言えばと思い出した。
「あの騎士の方、ちゃんと手当てしたかしら」
藍色の髪と金の瞳の、夜みたいな男。
今度会ったら聞いてみようか。会うことがあれば、だが。
◆
正餐会では、開催主である国王夫妻が最後に入場することとなっている。
ルーベントが妻であるリナフィアの手を引いて、ホールから数段高くなった場所にある王妃用の椅子までエスコートする。
たとえ、暗黙でマリアの祝賀会と思われていようが、主役は国王夫妻なのだ。マリアはどこかの貴族に手を引かれ入場しなければならない。もしくは、ひとりで。
(前回は、申し訳なさでいっぱいだったのよね。知り合いの男性がルーベントしかいないマリアから、エスコート相手を奪ってしまったと思って)
本当、マリアの本性を見抜けなかった自分が情けない。
だが、今回は申し訳なさどころか、爽快感が味わえそうだ。果たして彼女は、ルーベントに手を引かれ王妃席までエスコートされる自分を見て、どのような顔をしてくれるのだろうか。
「楽しみだわ」
しかし、まさかこんなことが起きようとは――。
リナフィアは驚きで眦が裂けんばかりに目を瞠った。
本来リナフィアが座るはずだった王妃席には、先客がいた。真っ黒な髪を宝石で飾り立てた、流行のモスリンのドレスを身に纏った女が。
「あらぁ、リナフィア様。ご体調はもうよろしいのですかぁ? 無理されず、どうぞ休んでいてください。この場はあたしがおりますし」
マリアが、階下から見上げるかたちとなったリナフィアを、勝ち誇った顔で見下ろしていた。
(――っ上等じゃない……それでこそマリアだわ。本当……ッ)




