二度目の正餐会①
マリアとその侍女が出て行き、部屋の扉がきっちりと閉まった瞬間――。
「妃殿下! あの者は一体何様のつもりなんですか! どこが謝っているんです!? 失礼にもほどがありますよ!」
侍女のミレーネが激怒した。
「まあまあ、落ち着いてミレーネ」
「これが落ち着いてられましょうか!! 妃殿下こそもっと怒ってください! 無礼だとあの場で打ち据えても誰にも文句は言われませんよ!」
「こら、ミレーネ。相手は正聖女様なのだから、言葉には注意しなさい」
「ですが……っ!」
ミレーネがここまで怒る気持ちも、今なら理解できる。
(前回の私も随分と落ち込んだもの。その時はマリアのことを純朴な少女って思っていたから、言葉をそのまま受け取っちゃったのよね)
しかし、マリアの本当の顔を知っている今となれば、彼女の言葉の端々に滲んだ挑発や侮蔑がしっかりと分かった。
(安心したわ。離婚後にマリアの性格が悪くなったんじゃなくて……)
「大丈夫よ、ミレーネ。私の代わりに怒ってくれてありがとう」
「そんな、私はただ妃殿下こそが、この国で一番尊い方だと知っているだけで……」
「安心して。私は王妃の座まで分けてあげる気はないから」
(さて、様子見はここまでよ)
◆
「はぁ……」
リナフィアは一人、書類に目を通しながら溜息を吐いた。
日に日に増える書類の量に嫌気がさしたのではない。
先日、突然部屋にやってきた夫に、離婚をほのめかされたからでもない。
自分の夫の馬鹿さ加減を思えば、彼の統治する国に住まう民が憐れでならなくて、自ずと嘆息してしまうのだ。
「こんな書類まで……」
リナフィアが次に手にした書類は、北部州からの一時的な減税申請書だった。
税務関係は、本当ならば国王が決裁しなければならない分野であり、難しければ財務大臣に相談すればいいもの。
「なのに、読んだ形跡もないだなんて。一体、彼は日中何をしているのかしら」
流れてくる使用人達の噂話によると、どこに行くでもルーベントの傍らにはマリアがいるらしい。まだこの世界に来て日が浅い正聖女様には、文化や国のことを教える者が必要で、それを国王自らが買って出ているのだとか。
「執務をないがしろにしてやることじゃないわ。だれか教師をつければ済む話なのに。きっと周りも言っているでしょうし、彼が耳を傾けないのね」
ルーベントという男は、プライドの高い男だ。
幼少の頃より王になるべく育てられた彼は、唯一の王子だったこともあり、周囲からの期待や羨望を一身に受け育った。
まあ、常に人にかしづかれ、持ち上げられて続ければ、プライドが空の彼方まで飛んでいくのも無理はない。
「出会った頃は、そこまでじゃなかったのだけれど……」
昔は、机を並べて一緒に勉強したこともあったというのに。
いつの間に、ここまで自分勝手な性格になってしまったのだろう。
「おかげで、私が全部彼の尻拭いをすることになったのよね……前回は」
為政者ならば、かしづいた者の気持ちを考えねばならないというのに、彼はかしづいた者に、己の気持ちをさらに良くするようなことを求める。
それでも国が回っていたのは、すべてリナフィアが影で尽力していたからだ。
(本当! 前回の私、よく頑張ったわよ!)
思わず涙ぐんでしまう。
ミレーネ以外に誰も労う者はおらず、執務室に引きこもるようにして日々を仕事で忙殺されていた。おかげで、引きこもりの王妃と、周囲にも民にもよく思われていなかったようで、しかし、それすらあの頃は気付いていなかった。
「引きこもっていたせいで、皆私が何をしているか知らなかったっていうのもあるのよね。仕事を私に持ってくる大臣達も、自分のところの分だけって思っている節があったし……」
自分のところの決裁書類分くらい、王妃に回しても大丈夫だろう――と皆が考えた結果、リナフィア本来の仕事の倍の量が流れてきたことがある。
「酷いときは全部署が揃ったこともあったわね……ハハ……よく私、過労死しなかったものよ」
リナフィアは執務机の端に積まれた書類の小山をチラと見た。
まだまだ序の口の量。
だが、噂を聞く限りこれからもっと増えていくことが安易に予想できる。




