聖女
——お前たちが信じるモノは悪魔に過ぎない。
その日、初めて啓示を授かった。
——そのようなモノを信じ、祈ったところで救われることはない。
その日、私は世界の真実を知った。
◆ ◇ ◆
この世に神なんてものがいるのなら、どうして神は私を守ってくれなかったのか。どうして救ってくれないのか。
私は聖職者に聞いた。聖職者は答える。
「私には神の御心は分かりません。
しかし仮に神が貴方を守らなかったというのならば、それは信仰心が足りなかったのではないでしょうか。
救われないのも同じです。
救われたいのなら神を信じ、強く祈りなさい。そうすればきっと神は救ってくださるでしょう」
聖職者の言葉は私の心には響かなかった。
欲しかった言葉はそんなものではなく、望んだ答えは別にあった。
この日、私は悪魔研究を始めた。
ある日、一人の少女についての話を耳にした。
本当の神の声を聴いたなどと嘯き、神を悪魔と中傷する背信者についての話だ。
聞くところによると、彼女は本当の神の啓示を授かり、世界の真実を人々に広める使命を与えられたと主張している。
強大な悪魔と契約しており、数々の奇跡めいたことを起こしている。
見かけはとても善良で敬虔な信徒であり、一部には彼女の主張を信じて聖女と呼ぶ者まで現れている。
教会はそのことを重く受け止め、対処に動いているがあまりうまくいっていないようだ。
まず彼女には強大な悪魔が付いており、直接に手出しをすることができない。
では話して信仰の道に引き戻そうにも向かわせた聖職者が取り込まれる始末。
取り巻きだけでも何とかしようと宣教師が話をしても悪魔崇拝者呼ばわりで耳を貸さない。
今は被害を食い止めるために彼女は〝悪魔に唆され、悪魔を信仰する、無知で無垢な少女〟であると、彼女の言葉を信じないように信徒に呼びかけているそうだがどれだけ効果があるのかは分からない。
私は悪魔研究者として彼女に会ってみたいと思った。
言葉巧みに人々を背信させていく少女に興味がなかったわけではないが、教会が手を付けられない悪魔とはどのようなものかと関心を持ったためだ。
彼女はどんな者にでも会い、言葉を交わし、布教する。
私もそれほど苦労なく彼女に会うことが出来た。
そこで知ったのは教会は正しかったということだ。
彼女はとても大きな力を持つ悪魔に守護されており、人格は善良無垢。
人々のために祈り、信じる神、そして救われなければならない人々のことを思って布教している。
言葉に嘘はなく、振る舞いは聖女そのものであった。
彼女が悪魔と貶めるモノを篤く信仰する真似をする私に彼女は言った。
「自分を偽る必要はありません。貴方は悪魔崇拝者ではなく悪魔の契約者。大方噂の大悪魔を見物しに来たと言ったところでしょうか。私を守護し導く悪魔はどうでしたか?」
私は驚く。
目的を見抜かれたことではなく、彼女があっさりと嘘を認めたと思ったからだ。
「驚いたな。聖女は悪魔契約者すら改心させると聞くが、自身が悪魔契約者だと認めるとは」
「貴方にとってはそうでしょう? それだけです。
貴方は信仰に興味がない。悪魔と契約して平然としているのがその証拠です。
教会が教える神が契約する悪魔よりも利益をもたらしてくれるのなら、貴方は躊躇なく契約する悪魔を切り捨て教会がしめす信仰の道に回帰するでしょう。
だから私は貴方に教えを説きません。そんなことをしても無駄だから。
それよりも貴方のような人間に覿面な言葉を送ります。
悪魔との関係を断ちなさい。その関係は貴方を幸福にはしません。悪魔に対価を支払わずとも神を信じれば救ってくださいます。ただ、信じる振りをすれば良いのです」
契約を持ちかける悪魔のように聖女は私を唆した。
そんなことをしてお前に、そしてお前の悪魔に何の得がある! そう私は反論する。
「神は無償の愛を授けてくださいます、なんて言っても貴方は信じてくれないでしょう。
そうですね……、教会の神と違って、本当の神は求めないんですよ。
貴方のような利己的で貪欲で醜悪な凡庸な魂には初めから期待していない。
平凡な人間に私心なく信仰し続け、苦難にあっても教義を守ることを望むなんて酷なことはなさらない。
対価が必要だというのなら私が、私たちが支払います。
私が信じるモノが悪魔だというのなら、人々を救うことを願い、その対価を支払い切って見せます。
さあ、だから私の手を。神の手を掴んでください」
私に手を差し出す聖女の顔にはある種の狂気が浮かんでいた。
真剣に私を見る彼女から目を離せない。
彼女の言葉には引力があった。
悪魔の力を使われているのではないかというような力があった。
手を取らなければという誘惑と、騙されてはならないという理性がぶつかり合う。
その日、私は聖女に出会った。
◆ ◇ ◆
——神様。
——どうか、人々をお守りください。
——どうか、人々をお救いください。
いつものように女の祈り声が聞こえてくる。
耳障りな、敬虔な祈り。
邪なモノを信じ、人々を守り救うことを願う声。
乞うべきは他にいるというのに。
信じるべきでないモノに祈りを捧げ、信じるべきモノを遠ざけ貶める。
なんて愚かなのだろう。
なんて哀れなのだろう。
信仰心に篤い女の祈りを聞きながら邪神は嗤う。




