月より
ローズが言ってた「愛を囁く男に誠は無い」と。
今ならミチコにも分かる。
褒めそやし自己肯定感が上がる美辞麗句を並べ立てるより
「抱きたい」と言ってくれるのが、嬉しいのだ。
1年抱かないステファンより、屋台飯を我慢して1年お金を貯めて買いに来てくれた少年の方が、
ミチコには愛を感じるのだ。
平和だった租界に砲弾の音が響く。
とうとう日本軍が租界の中国街へ攻め込んだのだ。
上海事変が始まった。
ステファンのカジノや屋敷はちょうど境界に近かったので砲弾が命中してしまった。生死は分からない。
マダム・エラの異人娼館も危ない。
「共同租界の屋敷へ移動するよ!皆!逃げたら借金倍額にするからね!」マダムが娼婦達をドヤしつける。
小夜子以外は皆、金でマダムに縛り付けられているのだ。
マダム・エラは亡くなった夫がイギリス人だったので
共同租界にも屋敷を持っているのだ。
さすがの日本軍もイギリス領の共同租界には手出しできない。
「ミチコ、アンタはもう自由におなり。
借金も無いしステファンに身につけて貰った分も娼館も儲けさせて貰ったよ。」と来た時身につけていたドレスをミチコに返す。
砲弾の中で異人娼館の皆と別れ、ミチコはどこへ行けば良いのかオロオロする。
久しぶりに着たロングドレスとヒールで走りにくい。
「お姉ちゃん!こっちだよ!」ストリートキッズの少年が、ミチコの手を引く。
「日本が優勢だから、日本軍の兵舎に逃げ込もう!」少年は火の手避けミチコを連れて走る。
ステファンらしき男を瓦礫の中に見かけるが、今は少年の声しか耳に入らない。
息を切らしながら2人は戦火の中を生き延びる為に走った。