忠告
「アンタは書類にサインした訳じゃないんだろ?」
かなり年配の白人のローズが聞いてくる。
元々は裕福な貿易商の妻だった女だ。
だが、若い元貴族と言う触れ込みの男に入れあげて
夫も子も棄てたのに若い男は逃げた。
男が作った借用書になぜかローズが保証人になっていた。
高利貸しもするマダム・エラの元で働くしかないのだ。
「愛を口にする男に真実は無いんだよ。
アンタはココに居る必要ないんだよ!」ステファンを信じて身体を売り続けるミチコを心配しているのだ。
夢見る事は悪くない。
愛を信じるのも悪く無い。
いつか王子様が現れて、とにかく溺愛されて全肯定されて…それは存在しない夢だ。
ローズは金持ちの妻だったが、現実は愛人ばかりの夫に何年間も抱かれず放置されてた妻だった。
パーティーで若い男に引っ掛かっり人生を詰んだのだ。
小夜子は、自分で娼館に来たらしい。
自分の性別に違和感があり、結婚出産と言う生き方を何より恐れたのだと。
ここで若い娼婦を仕込み、マゾ男を飼う生活に満足しているそうだ。
他の娼婦も家族や男絡みが多い。
家族の愛や男女の愛を信じてこの娼館に売られてきた女達…
窓からストリートキッズ達をボーッと見てると
その中の小柄な少年と目が合うようになった。
この頃、彼等は羽振りが良い。
日本陸軍はフランス租界に間借りしていたが、手狭になったので兵舎を借りた土地に建てだしたのだ。
アメリカやイギリスの租界は他国人に厳しかったが、フランス租界だけは出入り自由でうるさくなかったのだ。
その建築現場で働くようになってストリートキッズ達は夕方、包子などを食べながら娼館の裏を通るようになった。
しかし、その小柄な少年だけは何も買食いせず、ジッとミチコを見つめてる。いつしか、小さく手を振るようになった。
手を振ると少年は安心したように仲間達と帰っていった。
「あなたは自由。私は囚われの鳥。この部屋だけが生きる場所。」天蓋付きのベッドしかない部屋で鼻歌を歌う。
借用書がある訳じゃない。
ステファンはウソを付いているのかもしれない。
でも、ステファンを信じていたい。
この愛を信じていたい。
皆が言うのが真実なのかもしれない。
でも、ミチコは信じた愛を捨てられないのだ。
捨て子で孤児で誰からも必要とされなかった子供で。
そんな娘が初めて愛を囁かれたのだ。
どうしてもこの夢を愛を捨てれない。
どれだけステファンに酷いことをされてもステファンの為にココにいるのだと。
なのに、とうとうステファンは白人の女を連れてミチコの部屋に来た。
良く知ってる女だ。
ミチコが離れで暮らしてる時、本宅で良くステファンとキスしたり抱き合ったり窓辺でしてた女の1人だ。
借金の話しが出た時、なんでこの女達ではなく自分なんだろ?と思ったが、
ミチコはそれは自分だけが愛されて心許す相手だからだと思い込んだ。
だが、女は部屋に入るなり笑いだす。
「ステファンから聞いて、そんなバカな女がいるはずないと思ってたのに!
本当にここで娼婦やってるの?あなた?
本当に救いようの無いバカね〜」言いながら着ている物を脱ぎだした。
ステファンはミチコを部屋の拘束具で手足の自由を奪う。