租界
寺山修司の「上海異人娼館チャイナドール」を元にした2次創作
1920年代、今から100年程前の上海はイギリス、アメリカ、フランス、日本と入り乱れた「魔都」と呼ばれた混沌とした都だった。
各々国々が出島のような居住区を持つ。
それが租界だ。
フランス租界にあるマダム・エラの娼館で働くミチコはカジノ経営者のステファンに孤児院から拾われた。
もう15歳で養子の貰い手もなく幼い孤児のお世話係をしていたのを店で給仕として雇うと貰われた。
だが実際はステファンの賭けで貰い手の無かった孤児を租界一の娼婦にする為だった。
ステファンは企みを隠して孤児にまず「ミチコ」と言う名前を付けた。
実際のミチコは日本人なのか中国人なのかも分からないアジア人の顔だったのでステファンは日本人に仕立てた。
日本語教師を付け学ばせた。
そして、ステファンの相手をする。
あろうことか、ステファンは愛を囁く。
一目見て気に入った恋したので連れ帰ったのだと嘘をつく。
ミチコは信じて初めての恋に夢中になる。
孤児院で読んだ童話のお姫様のように見初められ愛されたのだと誤解した。
孤児院で誰にも貰われず売れ残っていたのに、物語のようにステファン王子が現れてミチコを幸せにしてくれると。
ステファンは化粧師や髪結いを雇いミチコに流行りの化粧や髪型や
美しいドレスを買い与え所作や言葉遣いの教師も付けた。
ステファンの租界の屋敷の離れでお姫様のような暮らしをする。
窓から本宅でステファンが他の白人の女性と絡んでいてもそれはお付き合いだと教えられていた。
ある日、ステファンは困った顔をする。
「私は友人にダマサれて借金ができてしまったのだ。
毎月6000フラン返さなければ、破産してしまう。
ミチコが稼いでくれないかと。」
ステファンの手を握り、すっかり淑女のように気品漂う美しい娘に育ったミチコは、
「孤児の私をこんなに大事に育てて下さったステファン卿の為なら何でもします。」と見つめた。
「この屋敷を出て娼館で働いて貰いたい。
今のミチコなら沢山の客が付くだろう。」ミチコは驚く。
「良いのですか?私が他の男の手垢にまみれても?」震えながらステファンを見つめる。
「ツラいよ。心が引き裂けそうだ。
でも、そうしなければ僕は首を吊るしかない…」ステファンは顔を手で覆う。
「…分かりました。きっとあなたをお助けします。」けなげにミチコは唇を噛み締めた。
逃げ帰れないように目隠しされて船に乗せられる。
目隠しを外されたのは知らない場所だった。
ミチコと同じアジア系の人が多い場所だ。
だが、建物は洋館だ。
「ここがマダム・エラの異人娼館だよ。」ステファンに手を引かれゴシック風なのにエスニックな色彩の鮮やかな洋館の扉を叩く。
招かれた広間には、白人に東洋人、果ては黒人まであらゆる人種の女達が民族衣装を着てソファで思い思いに阿片を燻らせていた。
今まで居たステファンの屋敷とは全然違う。
「服を脱いで!」毛皮をまとったマダムが命令する。
美しいドレスを剥ぎ取られ下着だけで震えるミチコを
マダムが品定めする。
「顔はまあまあだけど、肌が美しいわ。
年が若いのに肉付も良くて…ステファンに…のね。」そう言いながら胸をまさぐる。
「キャッ!」小さく悲鳴をあげて胸を手で隠す。
「でも素人の反応ね。しっかりココで仕込まないと。
客には出せないわ!小夜子。」スタイルの良いチャイナドレスを着た東洋人の女が呼ばれた。
「彼女は男でも女でも仕込むのが上手いの。」マダムからステファンより背の高い小夜子にミチコは手を引かれて彼女の部屋へ連れて行かれた。
「本当に良いのね?恋人ではないの?」マダムがステファンに聞く。
「あの子は私の可愛いチャイナドールだよ。手塩にかけて磨いてきたのだ。
客は全て私から指定するから、宜しく。」ステファンは去って行った。
「酷な男だよ。女には心が無いと思っているんだよ。」
マダムが吐き捨てる様に言う。
「皆、男に売られてココに流れ着いた奴ばかりだよ。
あの子も変わりないさ!」ソファで阿片を吸う白人の金髪女ローズがパイプを置いて笑う。