冒険者ギルド『エルトリンデ』
早朝。
整備された街道を突っ走る、1つの馬車。
「もう少しで着くよ」
B級冒険者、ノール。
「アベル、喉乾いてない?」
B級冒険者、フィーア。
「そんな辛気臭い顔すんなよ。こっちまで気が滅入るじゃねえか」
C級冒険者、バンギネス。
「‥‥‥ごめんなさい」
そしてアベルは、馬車の荷台に座っている。
彼らと共に、冒険者ギルドの本部を目指す。
「ちょっとバンギネス、口が悪いわよ」
「子どもと話す機会なんて無かったんだよ‥‥‥まぁ、努力する」
魔術師フィーアと盾役バンギネスが、互いに小声で話す中。
『ーーーあんたたちが引き取ってくれるの?』
『ーーー幾ら払ってくれるんだ』
アベルの脳裏には‥‥‥孤児院の管理者たちの言葉が浮かんでいた。
「‥‥‥ふぅ」
アベルは息を吐き、顔を下げて俯く。
仮にも長い時間を過ごしてきた管理者2人が、全く躊躇せずに了承した。
その事に、思わず気分が落ちていた。
(やっぱり僕の家族は、セリカだけだ‥‥‥)
強くあろうとしても、まだ子供。
アベルの精神は鍛錬で強靭になったとしても、まだ成熟はしていない。心というのは、あまりに脆い。
「ーーーアベル」
B級冒険者のノールに話しかけられ、アベルは顔を上げる。
「気にするなとは言わない。でも、思い悩むな。何かあったら俺たちに相談してくれ」
肩を叩いてくるノールが、歯を見せて笑った。
「ふふっ、その通りよ」
「‥‥‥」
フィーアが穏やかに微笑み、バンギネスが目を逸らして水を飲む。
「でも‥‥‥お金だって払ってくれて」
アベルは顔を下げて呟くと、鮮明に思い返す。
『ーーーじゃあ、これでいいですか。この子は俺たちが預かりますので』
ノールが10枚の金貨を置いて、手を握って外へ連れ出してくれた一部始終を。
「子どもが気を回し過ぎだ。大人がカッコつけて勝手に出したんだ。そんな時は、謙遜せずに笑ってくれたらいい」
ノールが憂いなく笑ってみせると、隣に座っていたフィーアが目を細めて呟く。
「自分で言ったら台無しだと思うけどね。アベルはね、こんな締まらない男になっちゃダメだから」
「おいっ!? まぁ、要するに気にするなってことだ!」
ノールが屈託なく笑ってみせる。
「‥‥‥でも」
だがアベルは罪悪感を感じて、またしても顔が下がる。
するとノールが勢いよく両肩を掴んで、アベルと目線を合わせる。
「じゃあこうしよう! 出世払いだ! アベルが強くなって自分で稼げるようになったら、その時に返してくれればいい」
そんな言葉に、アベルは呆気に取られた。隣で聞いていたフィーアが、息を吐きながら腕を組む。
「‥‥‥この子、もしかしたら今の時点で、E級の任務をこなせるかもしれないわよ。そんな子に後で出世払いさせるとか、どれだけ要求する気なの」
「するわけないだろ!? 別に気にするなって遠回しに伝えてたのに、台無しじゃないか!! フィーアはいつも理論武装で論破してくるよな!?」
「魔術師だからね。魔術は賢くて論理的な奴が優れているのよ」
「‥‥‥だからズル賢いんだな」
「なんですって!?」
そしてノールとフィーアによる、口論が始まる。
「お前らホント言い合いばっかだよなぁ‥‥‥」
そんな2人を見て、バンギネスが頭を掻く。
「‥‥‥ふっ。あはははっ」
気付けば、アベルは笑っていた。
騒がしいが平穏な雰囲気に、自然と笑顔が溢れていた。誰かと会話し、笑う日が来るとは思っていなかった。
「ま、結果オーライだな」
「あんたねぇ‥‥‥」
ノールが嬉しそうに笑い、フィーアが呆れながらも微笑む。
数時間後。
やがて、馬車がゆっくりと止まる。
アベルは冒険者ノールに抱えられ、荷台から地面に降ろされる。
「着いたぞアベル。ここが俺たちが所属してる冒険者ギルド『エルトリンデ』だ」
「うわぁ〜!! すごい大きい〜!!」
そこには‥‥‥砦のような大きな建物が佇んでいた。
アストリア王国管轄、冒険者ギルド『エルトリンデ』。
何百人という規模の冒険者が出入りできるよう、本拠地は広大な土地の上にある。
「お金の行き来が頻繁にあるから、王国も率先して冒険者ギルドも運営してるのよ」
「そうなんだっ!」
王国の税収から運営費が賄われており、冒険者は依頼をこなす事で報酬金を得る。
王国としては国内の魔物退治や山賊退治、迷宮調査をしてもらえることで、治安維持に繋がる。
「色んな店が並んでる‥‥‥」
「冒険者に物資は必要不可欠だからな。物流も盛んで、冒険者ギルドは発展してる」
また薬草やポーション、携帯食料など‥‥‥必要な物質の売買もギルド内で行われるため、経済を回す上でも重要な役割を果たしている。
「ここは北の冒険者ギルド。あと3つ東、西、南に別のギルドがあると考えると、確かにすげえ規模だな」
バンギネスが言った。
国内の東西南北でそれぞれ別の冒険者ギルドが、アストリア王国によって運営されている。
それほど、アストリア王国は冒険者ギルドを重要視している。
「アベル、今から受付に君のことを話す。俺たちから離れずについてきてくれ」
ノールはゆっくり歩き出す。アベルは普段の歩調で彼の後ろをついていく。
「ほら、お前は前に行け」
「うわっ」
アベルは隣のバンギネスに背中を押され、彼の前を歩くことになる。まるで、彼が見守っているかのような立ち位置だった。
「あー、なんだ‥‥‥馬車での事は、これで水に流してくれ」
「え?」
アベルは、彼の言葉の意味がわからず困惑する。
すると間に割り込んだフィーアが、アベルの手を繋いで小声で話した。
「バンギネスは口が悪くて悪人面だけど、悪いやつじゃないから。逸れないように、このまま行こっか」
「あ‥‥‥はい」
「それと、もう敬語で話さなくていいから。ね、わかったアベル?」
「‥‥‥うん。わかった」
アベルは嬉しそうに笑顔で返事をすると、フィーアが意気揚々と手を引っ張っていく。
「おい聞こえたぞー!? お前ちょっと甘やかしすぎなんじゃねえのか!?」
後ろから聞こえる、バンギネスの声。
アベルは隣のフィーアと笑い合い、前を向いて歩いていった。
冒険者ギルド『エルトリンデ』、受付。
「え〜っと‥‥‥冒険者の登録ですよね。ですがノールさん、フィーアさん、バンギネスさんは既に」
「登録したいのは‥‥‥この子だ。名前はアベル。登録のための試験を頼む」
「え?? な、何を言ってるんですかノールさん!? 登録って、まだこんな幼い子どもをですか!?」
受付嬢の声が周囲に響き渡り、他の冒険者たちが気になった様子でノールたちを見つめる。そしてその視線は、当然アベルにも向けられた。
やがて視線だけでは収まらず、1人の大男が笑いながらアベルたちへと近づいてきた。
「おいおい。お前らよぉ、いつ子どもなんて作ってたんだよ。なあフィーア、どっちとヤったんだよ」
見るからに、ノールたちを蔑んでいるのが丸わかりである。
「金髪の子どもって、髪色も全然違うなぁ? おいフィーア、まさか別の男でーーー」
「ほんっと下衆ね。あんたと話す時間が勿体ないから、早く消えて」
フィーアはきつく目を細め、容赦なく一蹴する。
「あぁ!? 人が親切に聞いてやってるのになんだその態度はよぉ!?」
すると男が心外とばかりに憤怒し、フィーアに掴みかかろうとした。
「落ち着けよ」
「余計な騒ぎをっ」
するとノールが2人の間に割り込み、バンギネスが男の腕を捻じ上げようと手を伸ばす。
「ーーーやめろっ!!」
だがそんな2人よりも早く、アベルは駆け出していた。魔力で強化した右足で、男の左足を勢いよく蹴る。
「いッ!!?」
男が呻き声を出す中、アベルの右足はミシミシと男の足へめり込み続ける。そして、右足を勢いよく振り抜く。
「ぐぁっ!?」
すると男が両足を刈られ、回転しながら背中から倒れ込んだ。
「な、なんだこのガキ!?」
巨体である自分を、蹴飛ばした幼い少年。驚いた男が叫んで目を見開いた。
だが、アベルは止まらない。
「ーーーっ!!」
勢いよく飛び込んで男の上に乗り掛かると、魔力で強化した右手を振りかぶる。
「フィーアさんに謝れ!! ノールさんたちを悪く言うなッ!!!」
最大魔力出力で強化された、アベルの右拳。
男の顔面に直撃でもすれば‥‥‥ただの喧嘩では済まなくなる。
「もういいアベル!!」
突然響く、ノールの大声。
「ーーー!!」
驚いたアベルは無意識に、拳の軌道を変えた。
ーーーバキィッ!!
その結果‥‥‥男の頭を僅かに躱し、木の床に拳が減り込んでいた。
「ぁ、ぁああ、ぁ‥‥‥」
それを目の当たりにした男が、白目を剥いて気絶した。その後、周囲に沈黙が訪れる。
「ーーー何事だっ!!!」
そして、その沈黙を破る1人の声。
ギルドの入り口から早歩きで駆け付けた白髪の男。
彼の登場に、周囲がざわつく。
「ギルド長っ!! これには事情がーーー」
フィーアが弁明を求めて大声を出すが、ギルド長は反応しない。彼の視線は、大男に馬乗りになって床を破壊した‥‥‥金髪少年に向いている。
「‥‥‥いったい、何があったんだね」
ギルド長の問いかけに対し、アベルはすぐに大男から離れる。そして顔を下げながら、後ろめたそうに口を開く。
「この人が一方的に、ノールさんたちの悪口を言って‥‥‥フィーアさんを掴もうとした。僕の恩人に酷い事をしようしたから、腹が立って‥‥‥」
「‥‥‥そうか。ひとまず私の部屋に来なさい。この子の責任者として、B級冒険者ノールにも同行を求める」
「はい、分かりました」
ギルド長が腕を掴んでアベルを立ち上がらせ、先を歩いていく。
そんな彼の背中は、ついて来いと言わんばかりだった。
「さあ、行こうアベル。俺もちゃんと説明するから、大丈夫だ」
「‥‥‥ごめんなさい」
アベルは頭を下げた。
落ち着きを取り戻した事で、自分の突発的な行動を反省していた。
「何を謝る事があるんだ? 仲間を想っての結果だ。他になんと言われようと、下を向くな‥‥‥誇れ」
ノールが、むしろ嬉しそうに微笑んだ。優しくアベルの頭を撫でると、視線を横に向ける。
「それにフィーアとバンギネスを見ろ。お前に怒ったような顔してるか?」
そんな言葉に、アベルは無意識に2人の方を見つめる。
「‥‥‥(ごめんね)」
「‥‥‥」
フィーアが申し訳なさそうに、両手を合わせて口を動かしている。
バンギネスが目を逸らしながら、はっきりと親指を立てている。
「‥‥‥っ」
アベルは、どこか気恥ずかしそうに笑う。2人の反応を見て、罪悪感が薄れていく。
「だから、行こうアベル。君の行動を分かってもらうために」
「‥‥‥うんっ。ありがとう、ノールさん」
アベルは涙を拭いて、しっかりと頷いた。ノールがにかっと笑って、前を向く。
「さあ、行こうか」
「うんっ」
そして2人は、ギルド長室へと歩いていく。




