自由時間、2日目
アベルの自由時間、2日目。
「【氷の球】!」
アベルは詠唱し、右手を伸ばすと‥‥‥小さな魔術式が展開される。
「っ!!」
そして、意気込んだ右手から飛び出したのは‥‥‥小さな氷の雫だった。
これが昨昼と今朝の時間を費やして習得した‥‥‥氷属性魔術の初歩である。
「‥‥‥あれ?」
アベルは首を傾げて困惑する。ゆっくりと足元に落ちた氷は、瞬く間に溶けて消える。
「やっぱりアベルくんは、氷属性魔術と相性が良くないみたい」
エルフの少女アリシアが残念そうに呟く。
その言葉に、アベルは目を丸くして彼女を見つめる。
「相性?」
それは聞き覚えの無い言葉。まだ知らない、魔術の深み。
するとアリシアが、一呼吸置いて話し始める。
「魔術はね、その人が生まれた時から属性の相性が決まってるの。相性が良い属性魔術は、魔力の消費も少ないし、出力も高くなる」
そう言ったアリシアが【氷の球】と詠唱する。
すると右手に浮かび上がった魔術式から‥‥‥人の頭ほどの氷が勢いよく飛び出した。
「おお〜!」
アベルは目を輝かせて拍手していると、彼女の説明が再開される。
「逆に相性が悪い属性魔術は魔力の消費も大きいし、出力も低くなる。同じ【氷の球】でも、こんなに変わる」
彼女の言葉に、アベルは無意識に自分の右手を見つめる。さっき彼女が放出した、大きな氷を思い浮かべる。
「アベルくんのは、私より魔力消費が何倍も激しいのに‥‥‥出てきた氷も小さいでしょ?」
「そっか‥‥‥じゃあアリシアのように、氷属性魔術を扱うのは難しいんだ」
アベルは目を細めて、自分の両手を見つめる。自分にできない事があると分かって、悔しくなっていた。
アリシアは何も言わず、少し顔を下げて佇んでいる。
「‥‥‥じゃあ、自分の得意な属性を分かる方法ってある?」
アベルは話題を変えた。
魔術に関する事なら、どんな事でも知りたい。
魔術が得意なエルフの少女がいるなら、尚更。
「まずは、実際に初歩の属性魔術を使ってみることだね。でも誰かに教わる必要があるし、私が教えた時みたいに時間と労力が掛かる。それを1属性ずつ試すのは、正直に言えば非効率すぎるよ」
アリシアが話を続ける。
「あとは『魔水晶』に魔力をかざして、属性の色を判断する方法。でも、魔水晶は数が少なくて簡単に手に入る代物じゃないと思う。国立の魔術学院くらいの専門機関じゃないと、保持してないだろうし」
だがその話も、あまり進んで話せない内容だった。
アベルは僅かに視線を落とすも、すぐに顔を上げて両手を握る。
「そっか‥‥‥じゃあ詳しい話はノールさんたちに聞いてみる。これからは氷属性魔術をもっと練習するよ」
「え? 練習、するの‥‥‥?」
アリシアは少し呆気に取られて声を漏らした。
あまりに非効率で、役に立つ水準まで使えるようになるのは相当厳しい。
彼女の反応には、そんな意図が感じられた。
「別に絶対使えないってわけじゃないんでしょ? だったら練習するよ。無属性魔術しか使えない今のぼくにとって、氷属性魔術は絶対に役立つから」
そしてアベルは、何も気にしていなかった。
両手に魔力を集めて「【氷の球】」と詠唱して魔術式を展開。極小の氷を何度も作り出していく。
(強くなるんだ‥‥‥苦手でも、氷属性魔術は必ず何かの役に立つ‥‥‥!!)
もっと強くなって、勇者となったセリカと会うために。
◆◇◆◇
アベルが詠唱を行う。
魔術式が展開され、小さな氷が地面に落ちる。
何度も、何度も、その繰り返し。
人によっては、笑い飛ばされるような光景。
だがアリシアは、目を奪われていた。
(アベルくん‥‥‥なんて綺麗な色をしてるの)
エルフであるアリシアは‥‥‥他者の心が色として見える。
心が読めるわけではなく、どんな精神状態か分かるというもの。
それは見た人の人格、感情の起伏から、色が現れる。この特性は、彼女の両親しか知らない。
彼女をいじめてきた男子たちは、濁った赤や黒。汚れた色は、その人自身の心が荒れていることを示す。
(‥‥‥きれい)
今も必死に詠唱を続けるアベルの心はーーー透き通っていた。まるで汚れの無い、鏡のような水晶。
(もっと‥‥‥知りたい。この色を見ていたい。綺麗な色を持つアベルくんを)
アリシアはその色に見惚れて、アベルが詠唱する姿を眺めていた。
◆◇◆◇
「? どうしたのアリシア」
アベルは見られている事に気づき、率直に尋ねる。
「‥‥‥ううん、なんでもない! 私のとっておき、見せたあげるね!」
するとアリシアが、意気揚々と魔術の詠唱を始めた。
「とっておきを見せてあげる!」
「おぉ〜!!」
こうして、アベルは氷属性魔術を学ぶことで‥‥‥アリシアと楽しい時間を過ごした。
「ーーー魔水晶あるの!?」
アベルの叫ぶような大声が、周囲に響き渡る。
すると、他の机に座る冒険者から視線を向けられる。
アベルは9歳の冒険者ということで目立つのに、それ以上の注目を集めてしまう。
「こらっ、静かにしなさい!」
隣に座った魔術師フィーアが、身体を向けて嗜める。アベルは「ごめんなさい」と素直に謝った後、すかさずフィーアを見つめた。
(僕の得意属性っ‥‥‥早く知りたいっ!)
溢れ出る好奇心が、抑えられない。
「そんなキラキラした目をしちゃって‥‥‥ちゃんと冒険者ギルドの本部に、魔水晶があるわ。今日はもう遅いし、明日の朝に行きましょ」
「うん、ありがとうフィーアさん!」
アベルは笑顔で感謝を述べる。
するとフィーアが「素直でいい子〜!」と笑顔で頭を撫でる。
「そういえば、ノールさんとバンギネスさんはご飯食べないの?」
「あの2人はまだ試験対策してるなら、また後で食べるって」
「‥‥‥フィーアさんは、大丈夫なの?」
アベルは視線を落として、恐る恐る話しかける。
自分と共に夕食を食べていて、大丈夫なのかと不安が募る。
「大丈夫っ、アベルと話した方が気合い入るってもんよ! 私はこれからも一緒に食べるからね、いや一緒に食べたい!」
するとフィーアが意気揚々と発言する。
アベルは少し驚きながらも、悪い気はしなかった。
「‥‥‥ありがとう、フィーアさん。今日はね、アリシアに氷属性魔術を教えてもらったんだ」
「そうなんだ! どんな魔術?」
「まだ初級なんだけどね、氷属性と相性が悪いから覚えるの大変なんだ」
「そうだったの‥‥‥だから得意な属性を知りたいわけね」
こうしてアベルはフィーアと魔術の話をしながら、楽しい夕食を過ごす。
「もしかしたら、凄い属性が得意かもしれないわよ!? 基本属性は相性が悪くても頑張れば覚えられるけど、希少属性は甘くなくてーーー」
「う、うん」
早口で捲し立てる彼女に、少し圧倒された。




