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第1話 ビッグピヨ騒動

 王都近郊に軒を連ねる、古びた魔導具店の裏庭。石畳には油汚れや焦げ跡が点々と残り、壁際には壊れた魔導具の部品ががらくたのように山積みになっている。その埃っぽい一角で、11歳のアミティは地面にしゃがみ込み、目の前の課題に悪戦苦闘していた。


 今日の課題は、親父さんが「これくらい簡単だろ? お前でも失敗しようがないはずだ」と、半ば呆れ顔で渡してきた、手のひらサイズの鳥の魔導オモチャ。これに、動力源となる小さな魔導結晶を組み込むだけの、単純な作業のはずだった。


 簡単なはずなのに。アミティにとっては、その「簡単」がとてつもなく難しい。理論は頭に入るのだ。魔導具の構造、魔力の流れ、それらは理解できる。けれど、いざ手を動かすとなると、この壊滅的な不器用さがいかんなく発揮されてしまう。これまで何度、作業中に軽微な爆発や部品の破損を引き起こしたことか。最近では親父さんにも「危なくて見てられん!」と匙を投げられ、もっぱらこの裏庭での練習を命じられている始末だ。


(これなら、ただのオモチャだし、万が一…いや、いつものように失敗しても、大したことないよね…たぶん)


 内心で自分に言い訳しながら、アミティは息を詰め、ピンセットで摘まんだ小さな魔導結晶を、慎重に、慎重に、鳥の胴体にある窪みへと近づける。あと少し、うまくはまれば終わりだ。頼むから、今度こそ普通に動いてくれ…! 祈るような気持ちで結晶を押し込もうとした、その時だった。


 まただ。指先に走る、痺れるような衝撃。


「バチッ!」


 オレンジ色の鋭い閃光がほとばしり、体の奥から何かが引きずり出されるような奇妙な感覚が走る。物心ついた頃から時々経験する、ただの静電気とは少し違う感触。親父さんには「帯電体質かねぇ」と笑われるだけだったが、今回は明らかに何かが、まずい方向に違っていた。


「うわっ!?」


 反射的に手を離したアミティの前で、信じられない光景が繰り広げられた。手のひらサイズの金属の鳥が、カタカタと激しく震えだしたのだ。そして、甲高い金属音のような叫び――「ピヨッ!」――と共に、目に見えて巨大化していく。金属の表面がきらめき、内部の魔導結晶が心臓のように脈打つのが透けて見える。それはみるみるうちに、11歳のアミティ自身の背丈ほどもある異様な姿へと膨れ上がった。


「え、え、え!? なにこれ!?」


 巨大化した鳥――ビッグピヨとでも呼ぶしかない――は、光沢のある金属の目でアミティを一瞥すると、突如、大きな羽をバタつかせ裏庭を飛び回り始めた。思考が追いつかない。「親父さーん!!」 叫び声は、虚しく響くだけだった。


 木の柵がなぎ倒され、洗濯物が吹き飛び、親父さんが大事にしていたトマトの鉢植えが無残にひっくり返される。


「うわああ、まずいまずい! 親父さんに殺される!」


 アミティは青ざめた。追いかけようとするが、ビッグピヨは彼女を嘲笑うかのように軽々と身をかわし、「ピヨピヨ!」と楽しげな音を発する。時折、その口から小さな火花が噴き出し、石畳に新たな焦げ跡を残した。


 私の不器用さだけじゃない。あの『バチッ』とした瞬間に、私の中の何かが、このオモチャに移ってしまったような…。そんな、根拠のない予感がアミティを襲う。


 ビッグピヨは裏庭の低い壁を軽々と飛び越え、そのまま昼時で賑わう市場の方へと突進していった。露店のおばちゃん、走り回る子供たち、荷馬車を引く商人――。


「危ない!」


 誰かの叫び声。次の瞬間、市場の喧騒は一瞬で悲鳴と怒号に変わった。巨大な金属の鳥が巻き起こす突風に、果物が宙を舞い、屋台を覆う布が引き裂かれる。「ピヨーッ!」という無機質な叫び声と、人々が逃げ惑う声、荷車の倒れる轟音が混じり合う。アミティは心臓が凍る思いで立ち尽くした。自分の『失敗』が、こんな惨状を引き起こしている。


「ちょっと! あんたのペット!? リンゴ代払ってよ!」


「いや、ペットじゃないです! ただのオモチャが…!」


 弁解しながら追いかけるアミティの耳に、好奇と非難の視線、あるいは嘲笑するような笑い声が突き刺さる。不器用で失敗ばかりの自分が、また大勢の前で大失敗をやらかしている。こんな屈辱は耐えられない。


 ビッグピヨは市場の広場で立ち止まり、地面に落ちていた何かキラリと光るもの――装飾品の欠片か、壊れた魔導具の金属片か何かだろうか――をガブリと飲み込んだ。すると、鳥の輝きがさらに増し、羽ばたきと共にバチバチと激しい火花が散る。


「うそ、もっとパワーアップしてる!?」


「何事だ! 衛兵を呼べ!」という声も聞こえる。事態は最悪だ。捕まる前に、なんとかしなければ。


 逃げ出したい。穴があったら入りたい。でも、あの金属の鳥が、悪意なく、ただ無邪気に火花を散らして屋台の布を焦がすのを見た瞬間、腹の底から熱いものがこみ上げてきた。


「…もう、なんなのよ!」


 誰に向けたのか分からない怒りが、アミティを突き動かした。そうだ、私がやったんだ。なら、私が終わらせる!


 深く息を吸い込む。親父さんの声が頭の中で響く。「魔導具は、使う者の心を映す。焦ったら暴走する。落ち着け、アミティ。」


(私のせい…私が始めたんだ。なら、私が止めるしかない!)


 周囲を見回す。ビッグピヨは「ピヨーッ!」と鳴きながら上空を旋回し、火花を撒き散らしている。衛兵が来る前に、もっと大きな被害が出る。


(暴走の原因は、結晶への魔力の過剰供給…。オモチャだから、安全装置(放流弁)がない。だったら…!)


 親父さんに叩き込まれた魔導具の設計理論が、頭の中で組み上がる。魔力の流量制御。過剰な魔力を外部に逃がす仕組み。


(外部から、無理やり放流弁の役割を果たさせればいい!)


 アミティはポケットを探り、先ほどの課題で使うはずだった小さな魔導具の結晶部品を取り出した。


「ほら、ビッグピヨ! こっちにおいしい結晶があるよー!」


 声に反応したビッグピヨが、キラキラ光る結晶を目がけて突進してくる。アミティは部品を手に、市場の外れにある空き地へと全力で走り出した。途中、露店のおじさんから半ば強引に丈夫なロープを借り、ポケットに入れていた予備の魔導回路板をひっつかむ。


 空き地に駆け込むと、古い大木にロープの一端を結びつけ、もう一端を地面に打ち込まれた杭にひっかけて素早く張り巡らせる。突っ込んできたビッグピヨはロープの罠にかかり、バランスを崩して地面に転がった。


「よし、捕まえた! 次は放流だ!」


 羽をばたつかせるビッグピヨに駆け寄り、魔導回路板に壊れた結晶の破片を差し込む。親父さんに教わった簡易回路の組み方を思い出し、震える指で配線を繋ぐ。「今は失敗してる場合じゃない!」と自分を叱咤する。完成したのは、結晶の魔力を強制的に吸い出して外部に放出する「即席魔力放流トラップ」。


 アミティはそれをビッグピヨの胴体、脈打つように光る魔導結晶の近くに力いっぱい突き刺した。トラップの結晶破片がビッグピヨの結晶と共鳴し、青白い光の糸がトラップへと流れ込み始める。吸い出された過剰な魔力が回路板を経由して地面に流れ込み、パチパチと音を立てて土を焦がした。


「効いてる…! もうちょっと!」


 ビッグピヨの羽ばたきが徐々に弱まり、火花も収まっていく。やがて、結晶の光が急速に衰え、巨大な体躯がシュルシュルと萎んでいく。元のオモチャのサイズに戻った瞬間、さっきまで脈打っていた小さな魔導結晶が、ぽろりと吐き出された。


「はぁ…はぁ…」


 アミティはへなへなとその場に座り込んだ。まるで壮大な夢でも見ていたかのように、全身から力が抜けていく。遠巻きに見ていた市場の人々が、「今のいったい何だったんだ?」「巨大な鳥がいたような…?」と首を傾げながら、恐る恐る近づいてきた。


「ご、ごめんなさい! 私のせいで…本当にごめんなさい!」


 涙目でへたり込みながら、震える声で謝罪する。地面に散らばった自分の道具を拾い集めようとするが、手はまだ小刻みに震えていた。


 さっきリンゴ代を請求してきた露天商のおばちゃんが、腕組みをして呆れたように、でも少し目を丸くして言った。


「…ったく、心臓が止まるかと思ったよ! 怪我人が出なかったのが不思議なくらいだ。…で、あんた、いったいどうやったんだい? あのバカでかい鉄の鳥を、こんなガラクタみたいなもので…」


 おばちゃんの視線の先には、まだビッグピヨの骸に突き刺さったままの「即席魔力放流トラップ」があった。他の人々も、何が起こったのか理解できないながらも、アミティが何か特別なことをして騒ぎを収めたことは察しているようだった。


 そこへ、息を切らした親父さんが血相を変えて駆けつけた。裏庭から飛び出したと聞いて、真っ青になって探しに来たのだ。市場の様子と、しょげ返っているアミティ、転がっているオモチャ(見覚えがありすぎる)を見て、全てを察した親父さんは、はぁーっと天を仰ぐように大きなため息をついた。


「アミティ! このお騒がせ者が、また何かやらかしたな!? すまねぇ、みんな! うちの娘が、とんだ大騒動を起こしちまって! 怪我はなかったか!? 本当に申し訳ない!」


 親父さんは集まった市場の人々に頭を下げる。その親父さんの様子と、アミティのしょげた顔、そして何より「被害は思ったほど大きくない」という事実に、市場の人々も次第に緊張を解きはじめた。


「まあ、親父さんがそう言うんなら…。しかし、肝が冷えたぜ。まさかオモチャがあんな化け物になるとはな。お宅の嬢ちゃん、とんでもない魔導師か何かかい?」


「と、とんでもない! ただの不器用な娘で…!」


 アミティが赤面して俯く横で、別の露天商がニヤリと笑った。


「いやいや、不器用どころか、見事なもんだったぜ! まるで騎士団の魔法使いが魔物を退治するみたいだったじゃないか! あの火花といい、最後の捕縛といい、なかなか派手な見世物だったな!」


 その声につられるように、「確かに!」「今日の市場は退屈しなくて済んだな!」「怪物が暴れたって、孫に自慢できるぜ!」などと、騒ぎを面白がるような声があちこちから上がり始めた。口々に囃し立てる声は、非難というより、むしろ予期せぬハプニングを楽しんだ後のような、妙に明るい響きを持っていた。王都近郊とはいえ、ここは良くも悪くも大らかな気風の市場なのだ。


 結局、ちょっとしたお祭り騒ぎのような後味で、騒動は幕を閉じた。もちろん、親父さんからの(いつもより長めになるであろう)お説教と、散らかった商品の片付け手伝い、破れた屋台や泥つきリンゴ数個の弁償は免れないだろうが。


 親父さんの大きなため息と、市場の人々のどこか楽しげな(あるいは、やけくそ気味な)喧騒に包まれながら、アミティは急激な疲労感と、そしてほんの少しだけ…本当に少しだけ、自分の力で事態を収拾できたことへの、小さな誇らしさを感じていた。


 その晩、アミティの元に王立騎士団からの呼び出し状が届いた。


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