表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

第4話:記憶修復士という存在

──人は昔から、心の奥に灯る“記憶の火”を守ってきた。


名前がなくても、記録が消えても、

人は誰かを想い、傷つき、祈りのように記憶をつなぐ。


それを手助けしてきたのが、記憶修復士リンクセラピスト

ただの“治療者”ではない。

人の魂の奥に降りて、見えなくなった光を再び手繰り寄せる者たち。


今、その“古くから存在する力”と、

記憶を失ったユウが初めて出会う──

それは、彼の中に眠る何かを静かに揺らし始める回。



記憶に触れることは、

誰かの“痛み”の奥に降りていくことだ。


それは、ただの治療なんかじゃない。

ときに癒しであり、ときに暴走し、ときに──破壊になる。


ユウはまだ、その事実を知らなかった。


***


「今日は、あなたに“セラピスト”の実態を知ってもらうわ」


リアナがそう言って、部屋の端にある端末を起動させる。

スクリーンには、時の埃をまとったような記録映像が浮かび上がった。


やや荒い画質の中、誰かが記憶修復を行っている。

薄暗い部屋。横たわる人物。

その横には、白衣をまとったリンクセラピストの姿。


「これは、かなり古い記録よ。

記憶修復士たちは、人の営みと共に歩んできた職能。

でも、この時代はまだ“記憶の影”に対する理解が浅かった頃──

未熟さと危うさが、映像の端々に残っているわ」


映像内のセラピストが、記憶閲覧装置「リフレイン・アーク」に手を触れ、

中央には記録管制官が配置され、操作を開始していく。


「リンクスタート──」


音声とともに、画面が一気に色を失った。


灰色の風景。歪んだ扉。

その奥に、黒い“影”が脈動している。


「これは……?」


「“記憶の影”。

未処理の強い感情──怒り、悲しみ、後悔……

それらが記憶空間で形を持ち、自我のように振る舞うことがあるの」


ユウの背中に、ふっと冷たいものが走った。


映像の中で、セラピストが影に飲まれかけていた。

制御は難航し、リンクを切ることもできない。


「癒すという行為は、危険と隣り合わせなの。

入り込む記憶が深ければ深いほど、自分を見失ってしまうこともある」


リアナの声は、低く、けれど確かだった。


「だからセラピストには、ただの共感ではなく、

深層に触れながらも沈まない“精神の軸”が求められる」


ユウはスクリーンを見つめたまま、

知らぬ間に拳を握っていた。


──自分の記憶は空白だ。

なのに、映像の中のセラピストの動きに、

奇妙な“既視感”があった。


「……どうして俺に、こんな映像を?」


「あなたの感応力は、通常の基準を超えている。

これは訓練で習得できるようなものではない。

おそらく、あなたは“かつて”……この記憶の海にいたことがある」


リアナが差し出したのは、古びたバッジ。

銀の装飾に“二重螺旋”の紋章が刻まれていた。


「これ……」


「あなたのものかは、わからない。

でも、誰も持ち主を名乗らず、長らく保管されていたの。

不思議と、あなたの存在と響き合っていた」


ユウがそれを手に取った瞬間、

胸の奥が熱くなるような感覚が走った。


景色が揺れた。音が遠のいた。


「……何かを、思い出せそうな気がした。でも、まだ……」


「それでいいわ」

リアナは穏やかに頷いた。


「無理に開かなくていい。

でも、あなたの中に“忘れたくないもの”があるなら──

きっと、それは癒した記憶の痕跡」


***


映像が止まり、部屋には沈黙が戻る。


ユウはバッジを見つめながら、静かに言った。


「……癒すって、優しいだけじゃないんだな」


「そうよ」

リアナは、ほんの少し視線を下げて、

それでも真っ直ぐに答えた。


「癒すということは、壊れることと紙一重なの」


その言葉に、ユウは目を伏せた。


けれど、胸の奥には──

恐れと、同じくらいの“興味”が灯っていた。


“癒す”というこの道が、もしかしたら、

自分自身を取り戻す道でもあるのかもしれない。

──癒すということは、ただ優しく寄り添うことではない。


心の奥に沈んだ痛みと向き合い、

その暗闇ごと抱きしめる勇気がいる。

そしてときには、自分自身すら傷つくかもしれない。


記憶修復士という存在が、

ただの“技術者”や“救い手”ではなく──

“時の導き手”として古くから続いてきた理由が、

少しずつ見えてきた気がした。


ユウはまだ、自分の力に気づいていない。

けれど、心の奥ではもう始まっている。

誰かを癒すことで、自分自身の記憶にも手を伸ばす旅が──


──千景ちかげ かずです。

人の心に眠る“灯り”を、物語という形で呼び起こしています。

感想や記憶のかけら、いつでも話しかけてくださいね。


▶ X(旧Twitter):@Chikage_Kazu

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ