第4話:記憶修復士という存在
──人は昔から、心の奥に灯る“記憶の火”を守ってきた。
名前がなくても、記録が消えても、
人は誰かを想い、傷つき、祈りのように記憶をつなぐ。
それを手助けしてきたのが、記憶修復士。
ただの“治療者”ではない。
人の魂の奥に降りて、見えなくなった光を再び手繰り寄せる者たち。
今、その“古くから存在する力”と、
記憶を失ったユウが初めて出会う──
それは、彼の中に眠る何かを静かに揺らし始める回。
記憶に触れることは、
誰かの“痛み”の奥に降りていくことだ。
それは、ただの治療なんかじゃない。
ときに癒しであり、ときに暴走し、ときに──破壊になる。
ユウはまだ、その事実を知らなかった。
***
「今日は、あなたに“セラピスト”の実態を知ってもらうわ」
リアナがそう言って、部屋の端にある端末を起動させる。
スクリーンには、時の埃をまとったような記録映像が浮かび上がった。
やや荒い画質の中、誰かが記憶修復を行っている。
薄暗い部屋。横たわる人物。
その横には、白衣をまとったリンクセラピストの姿。
「これは、かなり古い記録よ。
記憶修復士たちは、人の営みと共に歩んできた職能。
でも、この時代はまだ“記憶の影”に対する理解が浅かった頃──
未熟さと危うさが、映像の端々に残っているわ」
映像内のセラピストが、記憶閲覧装置「リフレイン・アーク」に手を触れ、
中央には記録管制官が配置され、操作を開始していく。
「リンクスタート──」
音声とともに、画面が一気に色を失った。
灰色の風景。歪んだ扉。
その奥に、黒い“影”が脈動している。
「これは……?」
「“記憶の影”。
未処理の強い感情──怒り、悲しみ、後悔……
それらが記憶空間で形を持ち、自我のように振る舞うことがあるの」
ユウの背中に、ふっと冷たいものが走った。
映像の中で、セラピストが影に飲まれかけていた。
制御は難航し、リンクを切ることもできない。
「癒すという行為は、危険と隣り合わせなの。
入り込む記憶が深ければ深いほど、自分を見失ってしまうこともある」
リアナの声は、低く、けれど確かだった。
「だからセラピストには、ただの共感ではなく、
深層に触れながらも沈まない“精神の軸”が求められる」
ユウはスクリーンを見つめたまま、
知らぬ間に拳を握っていた。
──自分の記憶は空白だ。
なのに、映像の中のセラピストの動きに、
奇妙な“既視感”があった。
「……どうして俺に、こんな映像を?」
「あなたの感応力は、通常の基準を超えている。
これは訓練で習得できるようなものではない。
おそらく、あなたは“かつて”……この記憶の海にいたことがある」
リアナが差し出したのは、古びたバッジ。
銀の装飾に“二重螺旋”の紋章が刻まれていた。
「これ……」
「あなたのものかは、わからない。
でも、誰も持ち主を名乗らず、長らく保管されていたの。
不思議と、あなたの存在と響き合っていた」
ユウがそれを手に取った瞬間、
胸の奥が熱くなるような感覚が走った。
景色が揺れた。音が遠のいた。
「……何かを、思い出せそうな気がした。でも、まだ……」
「それでいいわ」
リアナは穏やかに頷いた。
「無理に開かなくていい。
でも、あなたの中に“忘れたくないもの”があるなら──
きっと、それは癒した記憶の痕跡」
***
映像が止まり、部屋には沈黙が戻る。
ユウはバッジを見つめながら、静かに言った。
「……癒すって、優しいだけじゃないんだな」
「そうよ」
リアナは、ほんの少し視線を下げて、
それでも真っ直ぐに答えた。
「癒すということは、壊れることと紙一重なの」
その言葉に、ユウは目を伏せた。
けれど、胸の奥には──
恐れと、同じくらいの“興味”が灯っていた。
“癒す”というこの道が、もしかしたら、
自分自身を取り戻す道でもあるのかもしれない。
──癒すということは、ただ優しく寄り添うことではない。
心の奥に沈んだ痛みと向き合い、
その暗闇ごと抱きしめる勇気がいる。
そしてときには、自分自身すら傷つくかもしれない。
記憶修復士という存在が、
ただの“技術者”や“救い手”ではなく──
“時の導き手”として古くから続いてきた理由が、
少しずつ見えてきた気がした。
ユウはまだ、自分の力に気づいていない。
けれど、心の奥ではもう始まっている。
誰かを癒すことで、自分自身の記憶にも手を伸ばす旅が──
──千景 和です。
人の心に眠る“灯り”を、物語という形で呼び起こしています。
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