第1章-4 出立
金属と水のイラスト課題に苦労してる私です。
とりあえず前回の続きで、旅立ちの準備をするところからのお話です。
「っすぅーーーーーーー」
――思いっきり息を吸う。
そして、
「っっはーーーーぁぁぁぁぁぁ」
吐く。
父親との会話を終えて部屋を後にした。
途端、一気に疲労感が押し寄せてきて廊下で堪らず深呼吸する。
「『詳細は準備と合流が終わった後に話す』、ねぇ。」
重い足取りで歩く。
向かう先は自室だ。
我が家と刑務所は近く、刑務所を出て2分程度歩けば到着する。
そこで出立の準備をしたらもう一度刑務所に戻り、付添人とやらに合流して国を出る。
頭の中でこの後の流れをシミュレートしながら歩を進めば、あっという間に我が家に到着した。
「数年ぶりだなぁ…」
そりゃそうか、と脳内でツッコミをして扉をこんこんと叩いた。
…
……
………反応がない?
いつもなら使用人のメイドさんたちがいるはずだけど、買い出しに出てるのかな?
だとしたら戸締りもされてるだろう。
帰ってくるまでここで待つしかない、か。
そう思いつつ何気なくドアノブに手をかけると――
「あっ……」
ドアが開いた。
「……ただいまー…………」
ふいに開いた扉の隙間から顔を覗かせながら言う。
………自分の家なのになんでコソコソしてるのだろうか。
と、自分の言動にまたツッコミを入れつつ扉を開けて家に入った。
「あっー…変わってないなぁ」
そこそこ広いエントランスで、奥には先に延びる廊下がある。
普段ならここにもメイドさんがいるはずだけど、誰もいなかった。
「えぇ…どういう状況なのこれ……」
鍵は開いた状態でエントランスには人気がない。
でもとりあえず自室に、と当初の目的を思い出しエントランスの階段を上がり廊下を歩く。
しばらくすると廊下の奥に他よりも一回り大きな扉が視界に映った。
「ここも同じ…」
私はその扉のドアノブを引いて部屋の中へ入る。
………
久々の自室だ。
入った瞬間、何か変わったことはないか、と部屋を見渡した。
「あぁ…」
大きなベッドに赤いカーペット。
遮光性の高いレースのカーテンに、1人で使うには広々としたテーブルと1つのイス。
そして自分の服が収納されているクローゼットが目に入った。
だけど、それらのことよりも最初に思ったのが――
―――綺麗だ。
自分がいない数年の間、ここは一切使われてないはずだ。
にも関わらずテーブルや床には埃が積もっておらず、当時自分が使っていた時のままだった。
おそらく自分がいなかった間も定期的にメイドさんが掃除してくれたのだろう。
私は囚人用の服を脱いでベッドに置いた。
クローゼットを開けて私服を取り出した。
「あれ……あぁ、そっか」
手にした服が今の自分の身体のサイズよりも少し小さい。
数年経過してるんだし当然か。
「うーん、他に着れそうな服あったかなー」
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「よしっ!」
何とか着れる服を見つけて、準備を終えた私は自室を出る。
「またしばらくは戻れないな…」
そう言ってエントランスまでの道を戻る。
廊下を渡ってエントランスに戻ると何やら話し声が聞こえてきた。
「あれ…誰かいる……?」
厨房の方からだ。
これはメイドさん達の声…?
私は気になって厨房の扉をゆっくり開ける。
そこには――
「おかわりはされますか?
まだたくさんありますので……!」
「はい!いただきます!」
「そういえばレン様はフェイトお嬢様に会いに来られたとのことでしたが」
「はい。フェイトのお父様から連絡がありまして、その、詳しい事情は言えないのですが、フェイトと合流して国外へ出ないといけなくなりまして…」
「えぇ、しかしご存じかとは思いますがフェイトお嬢様は今―」
「あ、そのフェイトですが、今日戻ってきますよ」
「え――っ、あっ、あぁ、フェイトお嬢様―――っっ!!???」
ふいに話してるメイドと視線が合う。
瞬間、メイドの言葉に他のメイドたちの視線もこちらに向く。
「あ、えっと……」
「……ただいま」
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「もうっ!
戻ってこられるなら連絡の1つくらいはしてください!」
「ご、ごめん。けど私も急に父さんに呼ばれて…」
数年ぶりに主の娘が家に戻り、メイドたちは大慌てで出迎えの準備を始めた。
「けれど、みんなもどうして厨房に?というか…」
「フェイト!」
1人の少年が駆け寄ってきた。
「久しぶり!
まさかこんなに早く再会できるとは思わなかったけど、体調とかは大丈夫か?」
「う、うん、久しぶり。レンも元気そうで良かった」
「あぁ、こっちは心配いらない。俺もそうだし、教会のみんなも元気にしてるよ」
「お前が突然捕まって10年間収監されるって聞いたときは焦ったが」
「あー…まぁ色々あってさ。またタイミングができたら話すよ。
ところで、今日はなんでうちに…?」
「実はお前の父さんから俺宛てに直接連絡があってな」
「え?」
「本当はそのまま刑務所に向かう予定だったんだが、道中でお前の家を見かけて久々に挨拶しに行こうと思ったんだ」
「それでメイドさんたちとつい世間話とかで話し込んでしまったって感じさ。それで――」
レンは少し間をあけて口を開く。
「お前、今日この国を出るんだろ?
その付き添いを頼まれたんだ」
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
――。
まさか………
―――「『付き添いを用意しておいた』」
「(あれってレンのことだったの!!?)」
「ん?どうした?」
「あぃ、いや、なんでもない…!」
――レン・アルディス。
私と同い年の男性で、かつて孤児だった人物。
他の孤児と同じように身寄りがないところをシスターに拾われ、物心ついた時から名前がなかった彼は『レン・アルディス』という名前をシスターから貰った。
その恩を返すために今では教会の仕事を手伝っている。
そして私が収監される前までは予定が合う日はよく教会で一緒に仕事をしていて、時間があれば私の家にもよく顔を出していた。
「うーん…」
そんなレンが付添人だったとは……
であればレンもなぜ国を出る必要があるのか、すでに知っているのだろうか。
「あの、レンはさ。なんで国外に行かないといけないのか理由聞いてるの……?」
「いや、聞いていない。
ただ外に出るお前の協力をしてやってくれとしか」
「あー…そうなんだ」
やはりというか、相変わらず言葉足らずの父らしい内容だった。
「逆にお前は聞いてるのか?旅の目的を」
「うん。こっちに来る前に父さんから聞いた」
「そうか、もし可能なら目的を聞かせてほしい」
「わかった。
だけどそれはもう一度父さんのところへ向かいながらにしようよ。
そっちは準備できてる?」
「あぁ、俺の方は問題ないが」
チラッとレンは視線を移す。
その先には困惑気味のメイドがいた。
「お嬢様、国外に出られるのですか?
せっかく戻ってきたので、ゆっくりお食事をと思ったのですが…」
「ごめん、すぐに出ないといけなくて……」
「…かしこまりました。
では、少々お待ちください」
メイドは足早に厨房の奥に入っていった。
私が首を傾げてると、しばらくしてメイドは戻ってきた。
その手には紙袋が抱えられていた。
「これをお持ちください」
そう言ってメイドは紙袋を私に差し出した。
「お食事になります。
魔術加工の施された食材が使われてるので長期間保管できます」
―――本当、
こんな状況じゃなければメイドさんが作った美味しいご飯を
食べたかったけど、今はそれを我慢せざるをえない状況。
そんな半ば諦め気味の自分にそれを渡してくれるメイドさんは
控えめに言って神だった。
「ありがとうございますっ!
美味しくいただきます!!」
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「それでは行ってらっしゃいませ。
フェイトお嬢様、レン様」
メイドさん達に見届けられながら実家を出て、私とレンは父親の下へ向かう。
何もしなければこのまま歩き続けるだけだが、その前にレンに話さないといけないことがある。
「レン、さっきの話の続きだけど――」
私は父親から言われたことを全て話した。
世界が消えるかもしれない異変が起きること、その原因と解決法を調べること。
…そしてこれが父親伝いに女王陛下が出した依頼という形の命令であることも。
それを聞くとレンはため息に似たような息を吐いた。
「で、それって本当に信憑性のある話なのか」
「女王陛下の未来予知は噂くらいのものだろ」
「私だって最初はそう思った。けど……」
自分の中に留めておいた妄想。
誰にも話してないことを的確に言い当てられたのなら否定することもできない。
「あ、すまない。
もし答えられないようなものなら無理に答えなくても大丈夫だ」
押し黙る私を察してか、あるいは気遣ってなのか、レンはそれ以上は言及しなかった。
そんなこんなしていると父親のいる所長室前に到着した。
私は一息整えて扉をノックする。
すかさず「入れ」と声が返ってきたので扉を開けて部屋に入った。
父親は書類仕事をしていたようで再び机に向かっていた。
そこから顔を上げてこちらを一瞥すると眉をひそめた。
「こちらに来る前にフェイトと合流したのかアルディス?」
「はい。こちらへ向かう途中に偶然お会いしたので」
「そうか。
では、フェイト、アルディス。
すでに話した通り、これからお前たちに国外へ出てもらう」
「フェイト。先に伝えているが、これは女王陛下が視た内容だ。
それによると最初はベスタ領域を目指せとのことだ」
「ベスタ領域……」
たしか森林がある領域だったっけ……
正直他の領域のことは全然詳しくないからそれくらいしかわからないけど。
――ん、
―――いや、
いやいやいや!!
たしかあそこって――!
「たしか幽鬼族がいる領域ですよね?」
私が気になったことを先にレンが聞いた。
「となると少なからず危険が及ぶ可能性はありませんか?」
「たしか幽鬼族は吸血鬼族と亡霊族を合わせてできた種族のはずです。
そこに外部の、それも他種族が踏み入れれば襲われることもありうる」
そうだ。
よくわからない者が領域に踏み入れれば警戒され最悪、攻撃を受ける。
仮に運よく誰にも遭遇せず彼らの国に辿り着けても入れる保証がない。
「その点は問題ない。
女王陛下が幽鬼族の王へ連絡をしてくださるそうだ」
「さらにお前たちには女王陛下が正式に調査依頼を出したことを示す証明書を渡す。
これを見せれば国の門番や国王にも通じるだろう」
「なるほど。
それであればひとまず安全面では問題なさそうですね」
「あぁ。ただベスタ領域に至る過程での安全は保証できない。
その点だけは踏まえておけ」
道中は安全の範囲外。
あくまでベスタ領域内での安全だけ。
「武器とかはないの?」
「もちろん用意している。
これから刑務所内の通路を通って秘密裏に外で出てもらうが、その通路の途中に兵士を配備しておいた。
その者が武器を持っているので受領した後に調査に出てもらう」
私たちは一瞬だけお互いに目線を合わせる。
「わかった」
「承知いたしました」
父親に了承の意を伝えて、その外へと続く通路を歩いていた。
話ではこの道中に武器を持った兵士がいるはずだけど………
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
―――フェイトとレンが所長室を出る少し前
「はぁ、全く。
なんでオレがこんなことを……」
男は袋に入った剣や弓といった武器を携えて薄暗い刑務所の通路を歩いていた。
「本来オレじゃなくてアイツの仕事だったじゃねーかよ…
……ったく」
『お偉方の命令で国外へ二人の人物が出るから、そのために彼らに武器を渡せ』
その担当になったやつが二日酔いで体調崩してるから代わりにお前が渡してこいとか……
「あぁぁあ重ぇぇ……!!」
にしても袋に入ってる武器の数が多すぎて1人で運ぶには重すぎる。
地下通路に入るまでは荷車で運んできたが、それも狭い通路じゃ入らない。
途中途中で休憩挟みながら行くしかないが。
「ッはぁぁぁああ!!
ここいらでまた休むかっ」
さすがにずっと袋を肩で携えていたせいで
肩が痛くてたまらない。
オレは足を止めようとした―――しかし。
「うおっ!?
あぶねぇッ!!!」
運ぶことに夢中で気づかなかったが目の前の床に大きな穴があいていた。
地下通路なのに穴?と思ったが、そういやこの国の地下には鉱石採掘やら炭坑やらで広い空間ができてるんだっけか。
おそらくこの穴から見えている下の光はその空間のものだろう。
オレは穴を避けて武器の入った袋を置いた。
「はぁ、一服するか……」
こっそり持ってきた煙草を取り出しマッチで火をつけようとした時だった。
ガシャンッ!!……ガラガラガラガラッ……!!!
「っ!ッッッ~~~~!!!!???」
煙草を加えながら慌てる。
そりゃそうだ。
なんせ隣に置いていた袋が倒れて穴に向かって武器が流れ落ちたのだから。
「んんッッー!くっ、
オイオイオイ冗談だろうぉおぉぉぉおおおッッ!!!!?」
カラン…カラン…と無慈悲な音を立てて武器は穴に落ちていった。
「あっ………」
思考が停止するオレ。
咄嗟に掴んだ袋の口を掴んだまま持ち上げてみると
少し重みを感じた。
「―――!!!!」
オレは袋の口を開けて落ちずに生き残った武器を確認する。
「……嘘だろ…………」
残っていたのは銃と傘だけだった。
………つか、この傘誰のだよ。
……………
「………………二人だったよな」
そして手元にある武器もちょうど2つ。
……………………まぁ、仕方ねぇか!
まぁ、しっかし二人には顔を合わせにくい上に、
銃はともかく傘なんて渡したら文句を言われるに違いない。
……
………おっ、そうだ!
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「あ」
あれから地下通路をしばらく歩いた。
すると前方に袋が置いてあるのが見えた。
気になって末にレンが手に取る。
「あれ……これは?」
「どうしたの?」
袋をよく見ると小さなメモ用紙がテープで貼り付けられていた。
そこには――
『この袋に武器が入っています。どうぞ旅のお役にお立てください。匿名兵士より』
「え…」
父親の話だと兵士が直接手渡してくれるはずだったけど……
仕事が忙しくて武器だけ置いていったのかな。
そんなことを考えていると
「なんだこれ……」
レンが静かに声を上げる。
そして袋の中の武器を取り出した。
「銃と………傘?」
もしかして私たちの武器に資金を回す余裕がなかった?
銃と傘の二つだけって……
「まじかよ…
武器があるっていうから少し期待してたんだが
まさか銃と傘だけなんて……」
「ていうか傘が武器って…」
戻ってちゃんとした武器を手配してもらうようにしたいが、
ここから所長室に戻るには時間がかかる。
こうなったら……
「……ねぇ、レン。
銃の扱いには慣れてる?」
「あ、あぁ。
銃なら街の人たちと前に狩猟に行ったことがあるから
扱えるとは思うが、ってお前まさか……」
「良かった。
それなら私は傘を使うよ」
私はレンが持っていた赤色の傘を手に取り、試しに開いて閉じてみる。
錆つきは特になさそうだ。
「お前それでいいのか?
ベスタ領域は安全だが、道中はわからないって話だし
もし何かあったらどうする」
「けど戻るのも結構時間がかかるし、出口ももう近いと思うから」
「………」
「あと前に街で男に絡まれた時に持ってた傘で追っ払ったこともあるし、それにさ」
私はレンを見て言う。
「私1人じゃダメでもレンのサポートがあれば大丈夫だと思ってる」
――
―――
「――――はぁ」
レンはため息を一つついた。
「まったく、
それをよく自信にできるな」
「んー、まぁやってみなければわからないし、
それに信じてるのは本当だから」
「わかったよ―――
じゃあ先へ行こうか」
「うん」
そうしてさらに奥へ歩いてようやく出口の光が見えてきた。
「やっと外に出れた」
目の前に広がる大地。
ここからベスタ領域を目指さないといけない。
次回は幽鬼族の住まうベスタ領域に向けて本格的に冒険を始めます。