09.原因は私ではないと思いますがね
「やばい、爆発するかも」
「せめて噴火と言ってください」
言葉を訂正しながら、手早く手配済みの連絡網を作動させる。魔力を通すだけで、現地に置いてきたベルが鳴る仕組みだった。ベルは魔獣からの借り物なので、壊れたら弁償する必要がある。
「間に合うかな……ちょっと行ってく」
「魔王陛下」
執務室で一緒に仕事をしていたベールが、途中で遮るように呼び掛けた。びくりと肩を揺らすルシファー様が言い訳を始める。
「いや、サボるんじゃないぞ。皆が心配なので確認しに行くだけだ。戻ってきたら書類は片付ける……たぶん」
最後の「たぶん」だけ小さな声で発する。前に声に出さず付け足したことがあり「言っていないのと同じです」と叱られた。その経験を活かし、「声に出したぞ、小さかったけど」に作戦を切り替えたらしい。残念ながら蝙蝠の聴力を持つ私には聞こえていますが。
「構いません。後処理は任せて向かってください」
ベールの思わぬ発言に、ルシファー様はまだ続けようとした言い訳を呑み込んだ。驚いた顔で見つめる先、書類をまた一枚片付けたベールが顔を上げる。視線がぴたりと合ったところで、彼は冷たく見える青い瞳を細めた。
「どうしました? 私が代わりましょうか」
「いや、行ってくる。城と皆を頼む」
「はい、陛下もお気をつけて」
驚いたのはルシファー様だけじゃなく、私も同様だ。彼にどんな変化があったのか気になるが、行っていいと言われたらおろおろするルシファー様も面白い。いつもなら飛び出していくくせに、と思いながら彼を促した。
「ルシファー様、後で手伝いに向かいますので……先にご出立なさっては?」
「ああ、そうする」
すたすたと……扉ではなく窓へ向かう。庭へ続く窓を開け払い、黒い翼を出して飛び立った。あの人は何度注意しても、窓から出入りするのをやめませんね。眉根を寄せた私の後ろで、ベールがぼそりと呟いた。
「窓は出入り口ではないと教えたはずです。なぜここから……」
「緊急事態ということで、大目に見ては?」
「なるほど。アスタロトが甘やかすのが原因ですか」
擁護したら私が原因にされましたね。訂正しても聞かないでしょうし、後日、別の機会に弁明することにしましょう。
窓から見上げる空は、青空だ。その一角、視線の左端に噴煙が見えた。青い空を引き裂くように、灰色の帯が立ち上っていた。あまり火口近くに転移すると、噴煙に巻き込まれそうです。慎重に位置を把握した後、一瞬で転移した。
「アスタロト大公閣下!」
「避難は終わりましたか?」
「実は……」
姿の見えないドラゴンがいるという。若い雌だが、避難を始めてから見失ったと。種類は水竜と聞いて、嫌な予感がした。まさか、自分は大丈夫と過信して勝手に動いたのでは?
ところで……ルシファー様はどこに? 嫌な予感の二つ目に、噴火する山を見上げた。あの辺に、いそうな気がします。魔力を探ろうにも、乱れた磁気と高まる森の魔力にかき消された。
「ルシファー様をお見かけしませんでしたか」
「いいえ」
まあいいでしょう。火口付近に水竜がいるなら、あの人も現れるはず。
「水竜は私が探してきます。皆は先に避難してください。いいですね?」
黒い笑顔で念を押し、絶対に追いかけないよう手を打つ。こういう時に、二次災害を引き起こす阿呆が現れますから。事前の対策にやり過ぎはありません。炎には耐性がありますが……さすがに暑そうですね。火口に落ちなければ大丈夫でしょう。
ふわりと舞い上がり、噴煙で何も見えない中に飛び込んだ。