07.名前のセンスは最悪ですね
祭りの知らせを放ち、準備を手配する。魔王城の中は、久しぶりの大混乱だった。ここまで混乱したのは、魔王城の引っ越し以来でしょうか。中心人物だが、私が慌てても仕方ない。ゆったりと長衣の裾を捌いて歩き出した。
丘になった場所に造られた建物は、ルシファー様の住居兼執務関連の施設だ。魔王が住まうため、自然と「魔王城」と呼称されるようになった。実際のところ、城と呼ぶには地味だった。
「そもそも平屋ですし」
縦移動は面倒だと意味不明なことを言い、民と同じ目線で暮らすためとそれっぽい発言で誤魔化された。建て直すべきだろうか。ものぐさな人だから、反対するでしょうね。周囲を固めて、皆の意見として押し通すのが早い。
魔王となって千年余り、まだ少年姿の主君は成長しない。魔力量の多い種族ほど、長生きなことは判明していた。その意味でいけば、明らかに長寿なのは魔王と大公三人だろう。まだ子供として甘えることが許される見た目で、ルシファー様は王として誰より完璧に振る舞う。
「疲れそうですね」
本音が漏れる。だが、あの人の場合は素のまま。サボって逃げ回り、捕まって謝るときも。王らしく民を気遣うときも。噴火から逃げ遅れた竜族の卵を守るため、半月近くも結界を張り続けたこともありました。あの時はさすがに無茶だと思い、影から回収しましたっけ。
懐かしい思い出に口元が緩む。
「やだ、立ち止まってにやにやして……気持ち悪い」
左斜め前で、ベルゼビュートが胸を押さえて眉根を寄せた。その姿に溜め息が漏れる。
「あなたに興味はありません。逆に迷惑ですよ」
「ちょっ! 失礼じゃない?!」
ムッとした口調で返されたので、小首を傾げて鼻で笑う。
「なら、私があなたを襲えばいいと? 冗談でしょう、それほどの魅力はありません」
怒って叫ぶ彼女を放置し、足を進めた。やれやれ、自意識過剰な人ですね。文字が汚くサボり癖が酷いベルゼビュートだが、あれでも使える。数字に関する能力は高く、計算は得意なのだ。
通り過ぎた先で、ルシファー様の声に気づいた。
「こっちだ。えらいぞ、ツノイヌ」
「つの、いぬ?」
こないだ拾った子犬は、あっという間に成長した。私達と違い、魔力量が低いせいだろう。それはいいが……いつの間に珍妙な名をつけたのでしょう。
視線を向けた先で、元子犬だった成犬と戯れている。ルシファー様に飛びかかる犬は、相変わらず噛むことで愛情表現をしていた。魔狼族ではないため、ツノ犬扱いされているが……。
「注意するべきでしょうか」
「ええ。陛下は仕事をせずに逃げています」
すっと後ろに現れたベールは、厳しい表情でルシファー様へ向かう。
「げっ、見つかった。逃げるぞ、ツノイヌ」
「書類を処理すれば終わりだと言ったでしょう」
「それが嫌なんだっての」
背中に黒い翼を出したルシファー様が飛ぶ。それを魔力だけで飛ぶベールが追いかけた。捕まえようとして、ひらりと避けられる。空中戦を繰り返す二人を無視し、私は犬に歩み寄った。
「あの名前でいいのですか?」
うーっ、唸る声に魔力をのせ、犬は返答した。意味がわからないが、自分の名前として認識したらしい。なるほど、こうなると民に学力を授ける必要もありますね。ルシファー様のお陰で、問題点が次々と洗い出されるのは助かります。
長い治世には、民の協力が不可欠だ。その意味で、ルシファー様はよい王になる。サポートするのが我々、大公の役目だった。わかっているが……逃げ回る少年の姿を見上げ、不安が募った。
あの人に魔族の未来を任せて平気なのか。早いうちに解放するべきかもしれない。悩む私の心配を笑うように、魔の森は風もないのに大きな音で葉を揺らした。