65.女勇者ローゼリッタの善戦
すぐに斬り伏せられて終わる。見物に訪れた魔族の代表は、そのように考えた。そうでなくてはならない、彼らは疑うことなく魔王の強さを信じる。
空を舞うドラゴン、寝そべるように空中に伸びる神龍、吸血種の大型コウモリが飛ぶ。地上には魔獣やエルフ、巨大な蛇なども駆けつけた。彼らを守れと命じられ、ベルゼビュートはぷくっと頬を膨らませる。
魔族は自己責任が主流だ。騒動に巻き込まれても、そこにいた人が悪い。そう考える種族だから、ルシファー様の「守れ」の命令は違和感があった。それだけ人族を信用しないなら、民の参加を拒めばいいものを……。
呆れながらも結界を張るのは、集まった魔族に被害が出れば、ルシファー様が悲しむからだ。その考えはベルゼビュートやベールも同じだった。命じられた彼女はもちろん、ベールも民の保護に回る。代わりに、私が見届け担当となった。
ルシファー様の振るう剣の動き一つ、角度、速さ、鋭さ……すべてを記憶する。圧倒的な強さで瞬殺を想像したが、あの人の悪い癖が出た。
相手が魔法を使えば、自らも魔法で応じる。逆に剣や肉弾戦を望めば、それに応じて己の能力を制御した。今回も同じことを行ったのだ。魔族に対するのと同じ、その通りだが……人族はまだ魔族ではない。
一気に魔法で距離を詰めて、突き刺しても誰も文句を言わなかった。それを相手に先手を譲った挙句、一撃を剣で受け流す。続いて繰り出された突きも、足払いも、楽しみながら応じた。一切手出しせず、まるで指導するように。
「ルシファー様」
むっとして声をかける。遊んでいないで、さっさと終わらせてください。続けるはずだった言葉は、喉の奥に張り付いた。
「な……っ!」
「え? うそぉ!!」
「我が君!!」
大きな剣を捨てたローゼリッタは、腰に下げたもう一本を抜いた。その剣は細く……するりとルシファー様の結界を抜ける。ぱりんと乾いた音を立てた結界が一枚砕け、右腕を翳したルシファー様が唇を引き結ぶ。
まさかケガを? 相手に合わせ、結界を減らしたなら……数年単位の説教をしますよ!
「魔王、貴様もここまでだ! 食らえ!!」
今までの動きが嘘のような速さで、尖った剣先が胸元に吸い込まれる。
「これは、予想外だな。見事だ」
にやりと笑って褒めるルシファー様の姿に、してやられたと気づく。あの人は、人族の勇者に華を持たせ、その功績で人族の存命を成し遂げる気だ。舌打ちして介入しようとするが、魔王の結界に阻まれた。
自分の結界を薄くして、こちらに結界を張るなんて。それも気配を悟られぬよう、魔力を高めて散らす陽動までしていた。
「覚えてなさい」
このままで終わらせません。私の低い一言に、ルシファー様がびくりと肩を揺らした。恐る恐る振り返る姿に、満面の笑みを返す。目を逸らすなんて失礼ですね。
後の世に、油断して負けたと吹聴してやりましょう。仕返しを思い浮かべ、溜飲を下げる。そうしなければ、この場で人族を皆殺しにしそうだった。
突き刺したと同時、女勇者にルシファー様の剣が刺さっていた。全力を尽くした彼女が倒れ込み、自ら刺さった形になる。だが魔王と戦い、一矢報いたのは覆らない事実だった。
「どうしますか」
ルシファー様の思惑に気づいたベールが、小声で確認する。非常に業腹ですが、ここまでされたら無視できない。主君が望むなら、己の望みを捨てて尽くすのが配下だ。
「仕方ないでしょう。歴史の改竄は必要ですが……あの人が望むなら生かしておくしかありません」
定期的な間引きと管理は必要だ。ベールと確認し頷いた。
「ねえ、ルシファー様の勝ちよね?」
状況が理解できない様子のベルゼビュートに、そうですよと告げて肩を竦めた。今回は人族を間引き損ねたようです。




