63.全滅させなければ構わない
小さな砦を占拠して終わりにはならない。燃える砦を狼煙に使い、人族を震え上がらせなくては。羽を広げ、魔族が攻めてきたと吹聴させる。
逃げる数人が馬に跨り、全速力で走らせた。わざと見逃して、魔王陛下に一礼する。
「まずは一手」
「人族が増え過ぎて、魔族を脅かしているのは理解した。全滅は認めない」
呻くように、それでも攻撃を肯定した。殺され剥がされた毛皮には、魔物だけでなく魔獣が含まれている。知能がなく意思疎通ができない魔物は、魔力があるだけの動物だった。だから人族の方が強いなら、狩るのは問題ない。
しかし、魔族は違う。魔力の有無に加え、意思疎通ができる。知的生命体だった。それを動物や魔物と同じ扱いで、殺した……いや、殺すだけではない。毛皮を剥いで貶めたのだ。
魔獣にとって毛皮は誇りだった。魔力はあれど自由に魔法として使えない彼らは、己の身を守る鎧として、一族の大切な絆として毛皮を扱う。死した同族の遺体は、魔の森に献上して吸収されることを望んだ。
毛皮を剥ぐ行為も、その毛皮を利用する振る舞いも、魔族の尊厳を傷つけた。魔族の王として、民の嘆きを無視することはできない。
人族はまだ、魔族として認定されなかった。その一端が、この残酷な所業なのだ。多くの種族がいることを認めず、自分達が上位者だと勘違いして襲ってくる。自惚れも甚だしい。
「進みましょう、ルシファー様」
無言の主君の斜め前を飛ぶ。常に後ろに控える立場だが、戦いとなれば話は別だった。露払いを許された大公が、王の前で力を振るうのは誉れだ。
魔の森を抜け、その先にも緑の草原が広がる。さらに視線を遠くへ向ければ、林が見えてきた。あの奥に、人族が住む都がある。この大陸の中で、最も大きな人族の集落だった。
「全滅以外、でしたね」
「ああ」
ある程度の攻撃は許される。なら、目立つ塔から破壊するとしましょう。都に住む者への警告になる上、攻撃の合図としても最適です。中心地にある一際大きな建物へ、練り上げた魔力を叩きつけた。
強風を巻き起こした魔力が、石と木の建物を破壊していく。外側は石を積んだ塔も、内側には木が使われていた。松明のようによく燃える。まあ、火種がなくとも燃える炎ですが。
色を変えて青く燃える塔は、魔の森で待機する魔獣達にも見えるだろう。にやりと笑う私の手には、新しい攻撃のための氷が育っていく。角のように、少しずつ成長しながら鋭い先端で光を弾いた。
「くそっ、化け物どもめ!」
叫び声と同時に、下から矢が飛んできた。今頃、迎撃とは遅いですね。それに威力が足りていない。意図して叩き落とす必要はなかった。結界に当たった矢は、激しい音を立てて落下する。
「卑怯だぞ、降りて戦え」
「くそ、届かねぇ」
空に浮かぶことを卑怯と表現するなら、降りて相手をして差し上げても構いませんよ。その分、生き残れる個体数が減ると思いますけれどね。
「やりすぎるなよ、アスタロト」
「仰せのままに、我が君」
「その丁寧な姿勢が、逆に怖い」
「何か?」
ぼそっと本音を吐き、私の問いかけに聞こえないフリをする。こういった振る舞いはどこで覚えてくるのか。やれやれと溜め息をつき、人がわっと湧いて出る中央の城らしき建物に炎を放った。
あれが城なら、政の中心地ですね。上層部を根こそぎ排除すれば、しばらく大人しくなるでしょう。左手で育てた氷の塊を、燃える塔の脇に突き立てた。青い炎でやや緩んだ氷が、破裂して飛び散る。突き刺さり、塊に潰され、一気に人の姿が減った。
街の中を逃げ惑う者らを眺め、つい「面白くない」と呟いた。その言葉が引き金だったのか。
「正々堂々、戦いで決着をつけよう! 私と戦うのは誰だ?!」
長く細い剣を持った、大柄な女性が叫んだ。ルシファー様は興味を惹かれた様子で、目を輝かせる。ああ、嫌な方向へ進みそうですね。




