62.人族の攻撃、魔王の報復
「人族が、襲ってきたぁ?」
「間抜けな言い方をしないでください。笑ってしまいます」
「せめて笑ってから言え」
真顔で応じたら、文句を言われました。内容が重要なので、茶化すルシファー様の相手をしている場合ではありません。
「フェンリル率いる魔狼、エルフ、シルフィードが戦闘体制を整えています。加えて、リザードマンからも援軍に加わりたいと希望が寄せられました」
淡々と事実を重ねる。
「子狼の殺害事件で、人族への目は厳しくなっています。滅ぼすなら加勢したいと、竜族と神龍族、鳳凰族からも連絡が入っています。他にも……」
「まだいるのか」
呆れたような口調で遮るルシファー様は、考え込んだ。もう逃げ場はないと思いますが、何か秘策を繰り出すのか。興味はありますね。
じっと見つめる先で、眉根を寄せたルシファー様の表情が緩んだ。ふっと笑みを浮かべ、私に向き直る。なんとなくですが、嫌な予感がします。
「こうしよう! オレが出向いて人族を減らす。今回の魔王への挑戦みたいに、強い奴を選んで戦ったら納得するだろ」
「……こうしたいではなく、こうしよう?」
「もう決めた」
やはり予感は的中しましたね。ルシファー様が自ら出向く、そのような栄誉を人族に与えると言うのですか。それくらいなら、私が今から行って一瞬で消し炭にしてやりますよ。
「勝手に動くなよ? これは命令だからな」
ぴっと指を差して、珍しく王らしい振る舞いを見せる。その指を掴み、下ろさせながら溜め息を吐いた。
「人を指差してはいけません。わかりました、私が露払いで同行いたします」
嫌そうな顔をしたものの、私が妥協したことに気づいたらしい。こういう勘の良さは見事ですね。
事前にベルゼビュートに話し、各地の貴族への抑えを根回しする。ベールには魔王軍を使い、暴走する者を止める役を頼んだ。緊急事態を想定するのは、指揮を執る者として当然の役割だ。渋るルシファー様を説得し、大公二人のうちベルゼビュートを選んだ。緊急時は戦力として、彼女を召喚する。
「まあ、緊急事態はないだろ」
「そう願いたいですね」
たぶん、何か予想外のことが起きる。この勘は自信があった。
人族の集落手前に転移し、集まった魔狼や風の精霊、妖精族に声をかける。まずは魔王が出陣し、その後残党狩りを任せると告げた。多少の不満はあれど、彼らは納得して引き下がる。
辺境になる程、魔王の影響力が強いのも……なんだか興味深いですね。竜族などより、よほど魔王を崇拝している。過酷な環境ゆえの従順さでしょうか。
人族の領域まで、一瞬だった。魔の森の淵までと決めたはずが、いつの間にか人族は侵食している。豊かな実り、豊富な資源、質の良い獲物……魅了されるのはわかるが、他者の領地を荒らしてよい理由にはならない。
欲しければ、強さを示して譲られるのがルールだった。勝手に入り込んで現状変更するなど、最低の行いだ。
「この柵は消し去ります」
露払いは、敵本体を攻撃するだけではない。こういった瑣末ごとを片付ける方が多いのだ。
森の中へ勝手に作られた柵を吹き飛ばし、人族の砦も破壊する。人が常駐するのではなく、狩りなどの拠点として作られたのだろう。小さな村に似た集落は、人の気配が少なかった。砦が燃え上がる様に、慌てて数人が逃げ出す。
「森を荒らしたみたいですよ」
集落の建物を粉々に壊す私は、倉庫として使用された建物の屋根を飛ばした。その中には、獣の皮や干した肉が積まれている。よく見れば、魔の森の木材を伐採した痕跡も見つかった。
「全部、証拠品として回収しておいてくれ」
後で説明に使う。ルシファー様の整った顔が、珍しく表情を消した。人形のように感情のない、ただただ美しい顔。銀の瞳は悲しみを湛えていた。
このような生き物にまで、感情を割かなくても良いのに……。




