61.魔王への挑戦は娯楽になります
汚れを捨てるように、外側の結界を破壊する。ぱりんと音を立てて割れば、内側のクリアな結界越しの視界が戻った。
「次!」
稽古をつける師匠さながら、促す声を掛ける。ルシファー様の声に、奮起した魔獣の若者が飛びかかった。俊敏な動きと爪の使い方は悪くないが……相手になるはずもなく。一瞬で蹴り飛ばされた。
魔法を使う相手には魔法を、肉弾戦で挑む相手は同じく拳や蹴りを。ルシファー様の戦いはどちらでも、圧倒的な強さを見せる。魔獣が消えると、今度は精霊族が挑んだ。当然、一瞬で排除される。
「次」
促すルシファー様の声も、ややトーンダウンした。こんなに手応えなく、一撃で倒される相手では物足りないのだろう。だが、これも王の務めと言い切ったのは、ルシファー様自身だ。
「我が剣の洗礼をっ!」
「はい、次」
剣を抜いたのは、人型を取った神龍だった。あっさり剣を絡め取られ、その場で龍の姿に戻る。が、これまた殴られて気を失い退場となった。龍の巨体が森を傷つけないよう、宙に浮かせたまま片付ける魔王は、額を押さえて唸った。
「せめて一定レベルになってから、挑戦してこい」
「だから言ったではないですか。我々、三大公が選別します、と」
「お前に選別させたら、全員消える。ベールやベルゼも同じだ」
部下に排除させて、自分は高みの見物と洒落込むのは、魔王としてどうかと思う。少なくとも、弱肉強食の頂点に立つ存在なのに、部下に頼るみたいで情けないだろ。
私には理解がたい理屈を並べ、ルシファー様は最後の敵と向かい合った。鍛えた筋肉、武器はなく素手だ。魔族には珍しい。
「よし、こい」
「魔王陛下の胸をお借りする!」
礼儀正しく、しかし全力で挑んだ。数撃受けて、その力に満足したルシファー様が、小声で指導を始めた。腕の振りが大きすぎる、左腕は突き出す前に仕草でバレる。フェイントを上手に使え。
「楽しそうですね」
ふと、これは使えるのでは? と気づいた。定期的にこうして発散する機会を設ければ、ルシファー様への不満が溜まりにくい。せっかくなので、観客を集めて、見せ物にしたらどうか。
魔王の強さの証明にもなり、民も娯楽として楽しめる。挑戦者も満足するし、ついでに素質がある者がいれば魔王軍へ誘う手もあった。一石二鳥どころか、五鳥くらいになりそうですね。
「ベールと相談しましょう」
ここでベルゼビュートの名は出ない。彼女に相談を持ち掛けても、ほとんどの場合は解決しなかった。事後承諾で結論を伝える方が早いし、ベルゼビュートに向いている。
「これで終わりか?」
挑戦者が尽きたようで、城門前の広場には八人の魔族が転がっていた。巨大な龍のまま気絶した若者も、ルシファー様に魔力を抑えられて人型で転がる。それぞれの一族に迎えを出すよう通知した。
「どうした? 楽しそうだな」
「ええ、いい案がありまして」
にやりと笑えば、ルシファー様は顔を引き攣らせた。おや、あなたにとっても悪い話ではないのですが? 常に私が悪巧みをしているような扱いは、心外ですね。
「明日は書類を片付けるから、挑戦者は後回しにしてくれ」
「ええ、もちろんですとも。あなたが進んで書類を片付けてくれるなんて、数年に一度の珍事ですからね。挑戦者は現れないでしょう」
現れても消します。ぶるりと身を震わせたルシファー様は、そそくさと逃げ出した。見送って、ベールを捉まえる。書類を抱えた彼に、新しい娯楽としての魔王チャレンジを提案した。
「そうですか。それなら即位記念祭の出し物にするのも、いいと思います」
「いいですね。そのように通達を出しましょう」
今後は、魔王への挑戦権は即位記念祭で行使すること。それ以外は、側近である大公の権限において処理される。
長い条件を示しても忘れられるので、この二点だけ徹底させましょうか。




