60.罪に与える罰を目に見える形で残す
人族に関しては、あの集落すべてを滅ぼすことで決着した。周辺の小さな集落に住む者らは見逃された形になる。攻撃を仕掛けた大きな集落は、他にもいくつかの罪が発覚した。アルラウネを数人殺した。植物の形をした魔族である彼女らは、悲鳴を上げて息絶えたのだ。
他にもフェンリル以外の魔獣の子が被害に遭っていた。魔熊の幼子は、母親と逸れたタイミングで右前脚を切り落とされる。すぐに駆け付けた母熊の奮闘で、それ以上危害を加えられずに済んだ。角兎も襲われて仲間を喪った。
それらを総合し、失われた命の重さを人族に刻む。ルシファー様は厳しい表情ながら、最後まで反対は口にしなかった。いや、出来なかったのだろう。優しいあの人は被害者の心に寄り添ってしまうから、嘆く母熊や母狼、アルラウネの嘆きに口を噤んだ。
「では、処罰を下します」
覚悟が出来ていると頷くルシファー様の前で、つい先日彼が守った集落の残りを焼き払った。温度を高め魔力をたっぷり含ませた炎は、高温を示す黄色に染まる。じわじわと追い詰め、苦しめてやりたい気持ちはある。しかし必要以上に厳しい罰を与えれば、ルシファー様が黙っていられない。
民と王の間に確執を生んでも、我々に利はなかった。燃やし尽くした大地に残る灰を肥料に、魔の森が腕を伸ばす。私が残した炎の魔力を糧にして、一気に成長した。そこに誰もいなかったように、呑み込んで綺麗に処理してしまう。
「どんな種族であれ、他種族を一方的に攻撃することを禁じよう。身勝手な行動には相応の罰を与える、これは決定事項だ」
ルシファー様はやや擦れた声で呟いた。この人が決めた法なら、ベール達も反対しないでしょう。頷いて先に転移した。おそらく森に飲まれた土地に降り立ち、失われた命を惜しむだろう。その姿は誰も見なくていい。
私が膝を折ると決めた唯一の主君です。彼に足りない部分は、私が補いましょう。
人族を罰して数カ月後、やはり騒動が起きた。懸念していた通りだ。
「魔王の地位を渡してもらおうか」
魔王への挑戦者が増えたのだ。人族に甘い顔を見せる王なら不要、そう考える一派がいる。同時に今ならルシファー様が弱っていると、安易に判断した愚か者達も。前者に関しては理解もできる。だが後者はただの便乗だった。
「私に露払いを命じてください」
「お前にやらせると、全員滅ぼしちゃうだろ」
ダメだと首を横に振るルシファー様に迷いはない。王の座に固執はしないが、責務を放り出す人ではなかった。
「魔王への挑戦権は、魔族の権利だぞ」
下克上は認められている。だから弱肉強食が貴ばれるのだ。彼らは権利を行使し、王は応じる義務を負う。ルシファー様はそう言って笑い、長い衣の裾をひらりと捌いた。進み出ると、上空で炎を纏うドラゴンを一瞥する。
「早く来い」
「っ、その生意気さも今日までだ! 食らえ、我が渾身の……炎の息吹を!!」
こういった輩は、なぜか魔法に奇妙な名を付ける。魔王や大公は息をするように魔法を行使するため、いちいち名付けなかった。せいぜいが種類別に分類するくらいだ。しかし魔法が数種類しか使えないと、眉根を寄せるような名称を付けて叫ぶ輩が現れる。
「恥の歴史を自ら叫ぶとは……ある意味勇ましい」
にやりと笑い、常時発動の結界越しに上空を眺める。ドラゴンが放った炎は、ルシファー様がいた場所を覆い尽くしていた。完全に焼き尽くすつもりなのだろう。長く、強く、炎は注がれた。
「おや、意外と息が長いですね」
感心していると、息切れしたのか。炎が途絶えた。はあはあと荒い息を整えるドラゴンが拳を握る。爪のような指を器用に握り込み、勝鬨なのか大声で吠えた。
「うぉおおおお!」
「終わりか? では次はオレの番だな」
「え?」
がくんと顎が外れたような顔で、ルシファー様を凝視するドラゴンに攻撃が返される。吹っ飛んで遠くの山に激突する姿と音、振動を五感で受け止め、内側に結界を張り直した。外側が埃だらけになると、見えないのですよ。




