06.魔の森が最も愛する王
「即位、記念祭?」
なんだそれ。眉を寄せて尋ねる純白の少年に、丁寧に言い聞かせる。ルシファー様の即位した日は……正直、はっきり覚えていませんが。即位した年は判明しています。ベールと私は春頃と認識していますが、ベルゼビュートはまだ肌寒かったと証言した。
どちらにしろ、春先でいいだろう。その辺で適当な日を定め、魔王が即位した記念の催しをする。集まった魔族と語らい、治世の参考にします。説明に唸るルシファー様は、あと一押しだった。
「美味しい料理を並べ……ああ、種族ごとに好む料理が違うので、各地の料理が並ぶでしょうね。魔族はお祭りや賑やかな場を好む者が多いですから、喜んでくれるでしょう」
「うーん、皆が喜ぶなら……」
にこりと笑って「間違いなく喜びますよ」と締め括った。ここでルシファー様の説得は終わりだ。深掘りすると、話の隅を突いてくる人だった。さらりと切り上げ、皆を集める方法を探すよう持ちかける。
「そうか、虹蛇のように早く歩けない種族もいるからな。オレが各地を回って集めるのはどうだ?」
「それですと、政が滞ります。転移魔法を固定する方法があればいいのですが」
もしくは、全員が使える簡略化されたシステムが必要だ。魔法は、個人のセンスと魔力量に左右される。どちらも揃って、初めて自由自在に扱うことができた。魔王や大公なら問題なく行う転移も、ほとんどの種族は使えない。
魔力量だけなら、竜や神龍も使えそうだが……。魔狼なども、魔力はあるが魔法は使えない。彼らを転移させる方法はないか。いろいろ考えるも、アイディアが浮かばない。
「それは考えておく」
任せろと請け負う無責任さはないが、出来ないと言い切らないところがルシファー様らしい。
「陛下、こちらの案件ですが……妖精族の負担が大きすぎます」
書類と資料を持ち込んだベールが、室内に転移する。足元にぼんやりと魔力の痕跡が残った。強い魔法を使うと起きる現象だ。それぞれの魔力量が反映され、ぼんやりと光が残像になった。すぐに消えてしまうが。
「どれ? ああ、それはやり方次第だ。こうしたらどうか」
「承知しました。再度検討してご報告します」
さらさらの直毛である銀髪を揺らし、ベールは踵を返した。厳しい性格と誤解されがちだが、私よりよほど情に厚い。
ざわりと魔の森が揺れた。魔力が大量に放出され、森の緑が濃くなる。こういった日は、新しい種族が生まれる――魔族が増えたのだろうか。
「今のは、二つくらい増えたんじゃないか? 久々に濃い魔力だった」
「そうですね。すぐに連絡が入るでしょう」
意思の疎通ができる魔力のある種族なら、魔族として認める。もし意思疎通ができなければ魔物、魔力を持たないなら動物に分類してきた。この世界はまだ創造過程のようだ。
新しい種族が次々生み出され、森はその命を育む。緑豊かな森の木々は、それ自体が一つの生命体のようだった。魔法を使って焼き払ったところ、勝手に生えてきたのだ。焼いた翌朝には元通りになり、周囲の魔力量が激減している。
試しに私が焼き払った炭に、ルシファー様が魔力を注ぐ実験を行った。その際は、目の前で時の流れが狂ったような成長を見せられ、驚いたものだ。我々もこの森から生まれたのだろう。
「母なる魔の森に感謝と敬意を」
執務室の窓を開け、テラスでそう口にするルシファー様を、木々のさざめきが包んだ。見えないはずの魔力が、光となったルシファー様を包む。
「なあ、魔法が発動する仕組みを模様や文字にできないかな」
まるで魔の森から知恵を授けられたように、穏やかな口調のルシファー様が案を提示する。
「試す価値はありますね」
この案はきっと成功し、魔法の概念が変わるでしょう。魔の森に最も愛された王の願いを叶えるため、世界の方から歩み寄るのですから。